万華鏡のように美しくて不思議な京都の祭りの夜
『宵山万華鏡』森見登美彦
黒沢優子さん(東京・豊島岡女子学園高校2年)

私は京都が大好きです。京都の、日常と非日常が混ざり合っているような、現実と幻想が混ざっているような、その雰囲気が好きです。その京都を舞台にした作品を多く書いている森見登美彦さんの『宵山万華鏡』を紹介します。「宵山」というのは千年の歴史を持つ祇園祭の前夜祭。この1日が舞台です。特徴はとにかく描写が美しいこと。目の前に立ち現れるような細やかな描写で、宵山の露店から漂う匂いとか、人混みの人いきれとか、そういうものがすごく想像できて、実際に宵山に行ったような気分になれます。
この本は6つの短編から成り立っています。そして6つの短編は大きく3つに分けられます。まず一つ目。バレエのおけいこの帰りにふらっと宵山に立ち寄った小学生姉妹。2人はつないでいた手を離してしまい迷子になります。それぞれ別の方向へ行き、別々の人に出会い、さあ、それから2人は再会することができるのでしょうかというお話です。
それから二つ目は打って変わって本当に面白おかしい話です。宵山をよく知らない人が京都に遊びに行きます。彼を案内してくれるのは、人をだますのが大好きな友だち。その友だちに案内されて宵山をまわっているうちに、壮大なドッキリに引っ掛かってしまいます。偽の祇園祭を作り上げるという、そういう壮大なドッキリで、森見節ともいわれる作者のテンポよい文体が楽しめます。
三つ目は少しもの悲しい、宵山の1日に閉じ込められてしまった2人の男の話。朝起きると宵山、夜寝てまた朝起きると、またしても宵山…宵山の1日から出ることができなくなった2人の男の運命はいかに…という話です。
本のタイトルの『万華鏡』。なぜ『万華鏡』なのかという理由は、純粋に話の中に万華鏡が登場するという以外にいろいろ考えられると思います。小説の中に出てくる人が様々で、きらきら輝いている。万華鏡と同じように、登場人物それぞれに別々の風景が見えている。また、万華鏡は一回りして同じところに戻ってきても同じ図柄は見えませんが、それと同じで、6つの短編を一周読み終わると同じところに戻ってきているはずなのに、まったく違う風景が見えています。例えば、何でもない普通の人だと思っていた登場人物が、実はほかの話ではこの世ならざる存在として描かれていたりします。今まで信じていたものは何だったのか。私たちが信じていたこの人の本当の姿は何なのか。そこがわからなくなってしまう怖さがあるのです。

祇園祭は万華鏡のようにきらきらしたお祭りだと思いますが、お祭りだからといって浮かれ騒いでいては危険です。お祭りというのは、本来「まつるもの」といって、この世とあの世をつなぐ存在。だから油断してうきうきした気持ちで歩いていると、もしかすると、祇園祭の中にあなたやあなたの大切な人が閉じ込められてしまうかもしれません。そんな怖さがあってもこの本を読むと祇園祭にどうしても行きたくなってしまいます。でも、本当に用心してください。こんなきらきらした、かわいらしい表紙のその宵山の奥には、恐ろしい世界が広がっています。
<全国高等学校ビブリオバトル関東甲信越大会予選の発表より>
さ・ら・に・黒沢優子さん おススメの3冊

『とりかえばや物語』
田辺聖子(講談社)
平安時代に書かれた、姉弟の男女逆転ストーリーです。中1の時に初めて読み、古典とは思えないほどの面白さにひきこまれました。この本がきっかけで古典文学に興味を抱き、好きになりました。少年少女向けの本なので、本文の注釈や当時の風習・生活についての説明が充実していて、古典の初心者、苦手な人でも楽に読むことができると思います。平安文学のイメージが大きく変わる本だと思います。
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『銀河英雄伝説』
田中芳樹(創元SF文庫)
大河ドラマのような形式で未来の銀河を描いたこの作品は、SFでありながらメカよりも人物像に重点を置いています。政治や戦争について考えさせられる物語でもあります。600名を超えるとも言われる登場人物は一人一人が個性的かつ魅力的で、読んでいて飽きることがありません。対立する2つの陣営が覇権を争い戦っていくさまは本当に面白いです。文体が少し堅めで、本編10巻+外伝5巻と長編であり、わりと古い本なので敬遠されがちですが、ぜひ多くの人に読んでほしい小説です。
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『有頂天家族』
森見登美彦(幻冬舎文庫)
京都を舞台にした、狸の一家のお話。人間と天狗、狸が入り乱れる突拍子もない話だと思うかもしれませんが、読み終わった時には家族の絆やつながりを感じられる作品です。
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黒沢優子さんmini interview
好きなジャンル
気になった本は何でも読む雑食系ですが、普段は小説を読んでいます。好きな作家は、森見登美彦さん、万城目学さん、宮部みゆきさん。
幼いとき
幼稚園ぐらいから伝記絵本、児童文学を読むのが好きでした。小学生の頃から好きな児童文学は、ヒュー・ロフティング作、井伏鱒二訳『ドリトル先生シリーズ』。動物の言葉を伝えるお医者のドリトル先生が、世界中で動物たちと冒険する物語。大人が読んでも十分楽しめる作品です。中学2年生の頃、出場した市の英語発表会暗誦の部で英語版を暗誦し、入賞しました。
影響本
小学生の時、祖父に買ってもらっていた「火の鳥伝記文庫シリーズ」(講談社青い鳥文庫)。信長、秀吉、家康から始まり、歴史好きの祖父が戦国・幕末期の日本の英雄の伝記を選んでくれました。このシリーズを読んで日本史が好きになり、興味を持ちました。
私の通っている豊島岡女子学園の理事長先生は、戦国時代などの有職故実を研究していて、大河ドラマの時代考証や、大名に関する著作を手がけています。図書館には専用の本棚があり、そこの本を読むのも大好きです。おすすめは『誰かに話したくなる日本史こぼれ話200』です。大学選びも史学を視野に入れて考えています。