環境・バイオの最前線
循環型社会工学/リサイクル工学/ゴミ問題
自然搾取型文明にあって、持続可能な解を模索する壮大な実験の学問

【BOOK】『沈黙の春』レイチェル・カーソン(新潮文庫)
聞こえるはずの鳥たちの美しい声が聞こえない。当時のアメリカで行われていた、殺虫剤などの化学薬品の大量生産、大量使用を警告する書。アメリカ社会を動かすことにもなった、自然保護と化学物質公害追及の先駆的な本であり名著。1960年代に出版されたが、今でもその価値は高い。高校時代に本書を読んで環境問題の道に進んだ研究者も。
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循環型社会工学ってどんな学問?
都市文明は資源を外から取り入れることのみで発展

ドイツがお手本のリサイクル。21世紀に入りアジアで本格展開
1980年代、ドイツでは、環境にやさしく廃棄物を出さない社会を作るという考え方が台頭してきた。これが3R、すなわちゴミを出さない(reduce)、出してしまっても再使用(reuse)し、リサイクル(recycle)して別の製品として再生するという方法である。これは、フランス、オランダ、オーストリアなどの周辺国へ伝わった。一方、当時の日本はバブル経済を前にした経済成長の中にあり、廃棄物の再利用への関心はまだまだ薄かった。しかし、この間にもプラスチックの再生や生ゴミをバイオマス化する技術の進歩、市民の意識の醸成は確実に進み、90年代バブル経済の崩壊とともに資源やエネルギー問題に改めて目が向けられるようになったとき、「循環型社会」という言葉が生まれてきた。
1995年の「容器包装リサイクル法」に始まるいわゆる6つのリサイクル法、そして2000年の「循環型社会形成推進基本法」を機に、日本では循環型社会に進む方向が決定づけられた。容器包装や食品、家電製品、自動車、建築物などのリサイクルが2000年前後から本格的に取り組まれ、社会に根付きつつある。これらの個別リサイクルのパフォーマンスを測り、評価し、次の一手を考えるフェーズに入ってきている。こうした取り組みを、21世紀に入って日本は「3Rイニシアティブ」と称して世界に提案し、共通の概念として受け入れられることとなってきている。日本の3Rは、世界に受け入れられた環境政策として胸を張っていい。とくにアジア諸国では、最近の経済成長に伴い、ゴミ問題は深刻化してきており、適正なゴミの管理や循環型社会づくりは重要な課題になってきているのである。

大量生産・消費の“動脈産業型社会”から、“静脈系”を含めた循環型社会への転換を模索する学問
社会における資源利用のあり方について、米のエコロジー経済学者ハーマン・ディリーの提唱した3原則がある。つまり、(1)再生可能な資源(土壌、水、森林、魚など)の消費ペースは、その再生ペースを上回ってはならない、(2)再生不可能な資源(化石燃料、良質な鉱石、化石水など)の消費ペースは、それに代わりうる持続可能な再生可能資源が開発されるペースを上回ってはならない、(3)汚染の排出量は、環境の吸収能力や浄化能力を上回ってはならない、とされている。このことは、持続可能な循環型社会を構築するためには、地球環境の恒常的なシステムを壊さないこと、すなわち環境容量を超えないことが大前提となっていることを意味している。
こうした原則にそった研究展開がなされつつあるが、現在の産業中心の社会体制は、不況克服といった場面では、大きな方向転換をはかることに消極的だ。つまり産業革命以来の大量生産・消費の動脈産業型社会から、静脈系を含んだ循環型社会への大転換である。大転換をうたっても、政策は中途半端になりがちだ。しかし、21世紀のどこかで新規資源依存型のシステムは本質的に問われなければならなくなる。それまでの間に、この学問が、どれだけ社会的合意を得られる技術を蓄積できるか、どれだけ社会システムの実験を行い、かつ方法を確立しているかに循環型社会への成否のカギがある。
この学問では、技術と社会システムの両面が進歩することがポイントだ。しかも、技術はただ新しければよいわけではない。たとえ優れていても状況によってはそれを選択すべきではないという見極めが必要である。工学的な研究では、進むべき方向を絶えず自問しなければならず、また社会科学者は、自らの理論の具体的な場面での運用が即座に問われるという、今までは経験しなかった状況に置かれる。
人類は有史以来、自然界から資源をほしいままに奪って社会を作ってきた。循環型社会工学は、この社会のあり方を変える方策を示す学問であり、また示さなければならないのだ。白地に仮説を建て、解を導くという学問ではなく、循環型社会工学は、複雑系の社会自体を“キャンパス”としてよりよい解を模索するという学問といえる。その研究手法自身を模索していかなければならないという点で、新たな知のチャレンジが必要な学問分野であるのだ。

【展望】
学問的活性度 ★★★★☆
社会的要請度 ★★★★★
まだまだ広がる学問の世界
◆トピックス1
20世紀の成長を支えた炉の技術は、21世紀の課題、再資源化への答を出せるか?
◆トピックス2
循環型社会学のニューウェーブ:レアメタル、バイオマス、そして災害廃棄物
◆学問ことば解説
循環型社会形成推進基本法|市民運動、合意形成/行政|有害廃棄物の処理・管理|LCA
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『沈黙の春』レイチェル・カーソン(新潮文庫)
聞こえるはずの鳥たちの美しい声が聞こえない。当時のアメリカで行われていた、殺虫剤などの化学薬品の大量生産、大量使用を警告する書。アメリカ社会を動かすことにもなった、自然保護と化学物質公害追及の先駆的な本であり名著。1960年代に出版されたが、今でもその価値は高い。高校時代に本書を読んで環境問題の道に進んだ研究者も。
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『循環型社会―持続可能な未来への経済学』
吉田文和(中公新書)
一般向けにわかりやすく環境問題を解くことで定評のある、環境経済学者の本。容器包装、家電、自動車などのリサイクル制度を再検討し、環境への負荷を下げながら豊かな生活を実現するという困難な課題の解決策を考える。循環型社会はどうあるべきか、現実を見据え地に足のついた一冊だ。
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『入門 環境経済学―環境問題解決へのアプローチ』
日引聡・有村俊秀(中公新書)
経済学の基本から、ごみ有料制、排出量取引まで、環境経済学のすべてをやさしく解説。早稲田大学で有村先生から環境経済学が学べる。
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『ごみは宝の山』
田中勝(環境新聞社)
廃棄物処理・リサイクル分野の第一人者である鳥取環境大学の田中先生の本。「宝の山」としてのごみの可能性を訴える意欲作。国内外のごみ処理や利活用方法の最新動向も紹介し、ごみがいかに「宝の山」に変わるのか説明している。
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『循環型社会 科学と政策』
酒井伸一・森千里・植田和弘・大塚直(有斐閣アルマ)
第一線のダイオキシン問題、環境経済学、環境法の専門家が執筆。ダイオキシン、環境ホルモンをはじめとする化学物質や廃棄物の問題を、医学・工学・経済学・法学の立場から解説する。

『大江戸リサイクル事情』
石川英輔(講談社文庫)
人口100万を数え、近世では世界最大の都市だった江戸は、循環型社会だった!石油・石炭もなく、完全に太陽エネルギーで作った植物でシステムを成り立たせていた。SF作家による「大江戸事情」シリーズ。気軽に循環型社会を考えるには最適。

『地球にやさしく暮らすための絵本 絵コロジー』
高月紘著・中部リサイクル運動市民の会集(合同出版)
廃棄物問題、エネルギー問題、食の安全問題、生態系の危機などを取り上げた、元京都大学で、循環型社会学の研究者、高月紘先生が執筆したイラスト漫画による環境本。