植物バイオテクノロジー/植物分子細胞育種学

植物でバイオテクノロジー ~クローン繁殖から、物質生産・遺伝子導入まで

佐藤文彦先生 京都大学 農学部 応用生命科学科

佐藤先生おすすめ本

『植物で未来をつくる』

松永和紀(化学同人)

日本の植物研究者が行っている最新の植物バイオ研究について、サイエンスライターの松永さんがインタビューしてまとめた本です。モデル植物を用いたゲノム研究から、ゲノム育種、そして、不毛地を緑にする植物など、新しい可能性について、紹介しています。発刊されてからしばらくたちましたが、現在の日本の研究を知る上で、参考になる一冊です。

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第1回 植物はそもそもiPS細胞以上の全能性 

~クローン苗から細胞融合まで

 

佐藤文彦先生
佐藤文彦先生

植物にはいろんな良い面があります。まず、光合成の働きによって太陽エネルギーから有機物を作ります。それが食糧源になります。香料、医薬品などいろんな有用物質を作ります。環境を浄化する能力があります。

そして植物の持つもう1つの非常に大きな能力が、再分化能と言われるものです。再分化能とは、植物細胞の持つ個体の再生能力です。植物の高い再生能力というと、例えば苗木に挿し木するとクローン苗ができることがよく知られています。

動物の世界では、再生能力を自由に制御する技術にiPS細胞があります。iPS細胞はその再生能力を得るために、山中伸弥先生が苦労して4つの遺伝子を導入し、多能性細胞のiPS細胞を作ったわけです。しかし、植物はそんなことをしなくても、もともとiPS以上の全能性を有すのです。

1個の細胞から個体を再生できるのだから、細胞レベルで植物の機能を改変したりすることも容易になります。植物の細胞培養・分子育種の歴史をひもといて、見てみましょう。
 

1930年代、トマトの分離根をフラスコの中で培養し、伸びた根を引き取り新たな培地で植えかえるという方法で、無限生長させました。この分離根は28年間1600代を経ても生長し続けたと言われます。

同じころ、オーキシンという植物ホルモンを入れた培地に植物の一部を植えると、カルスという塊が生じ、分化していた細胞が無限に増殖する細胞の状態に戻ることが見出されました。さらに、サイトカイニンという別のホルモンとの組み合わせにより、芽や根を分化させることができることがわかりました。この細胞の分化能はまさしくiPSですね。

こういった再分化能をうまく使って、ウイルスフリーの植物を作りだすこともできるようになりました。ウイルスフリーとはウイルスにかかっていない植物ということです。植物の芽の最先端部はウイルスがほとんど存在していないため、ウイルスに感染した植物からも先端の部分を取り出し、培養・再分化させた苗は、ウイルスフリーになるのです。ウイルスフリーにすることによって、生育の良い良質の作物の育成ができるようになりました。

さらにみなさんも聞いたことがあるかと思いますが、細胞融合が可能になりました。この技術を用いて、ジャガイモとトマトを融合させたポマトなどが生まれました。そして一番最近では、遺伝子導入技術の発展で、遺伝子組換え作物ができるようになりました。このように植物の再分化能は、様々な新しい作物を作りだすことに寄与しているのです。

 

興味がわいたら Bookguide

『植物で未来をつくる』

松永和紀(化学同人)

日本の植物研究者が行っている最新の植物バイオ研究について、サイエンスライターの松永さんがインタビューしてまとめた本です。何故、ゲノム研究が必要なのか、何故、未来のために、植物バイオが必要なのか、また、どこまで、出来るのかがわかる一冊。植物科学を飛躍させたゲノム科学、モデル植物シロイヌナズナが開いた植物科学の展望、遺伝子組換え・ゲノム育種によるスーパーイネの作出、植物バイオが食料問題と環境問題の解決にできる可能性、低アレルゲン米から考える新しい食材、遺伝子組換え作物の光と影などの知見が得られます。

もし、光合成に関心があるのなら、同じシリーズの『植物が地球をかえた!』(葛西奈津子)がおすすめです。

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『新大陸が生んだ食物 トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』

高野潤(中公新書)

日々の献立に書かせない食物がどこからきたのか、そして、世界には、まだまだ、我々が知らない食物素材(つまり、植物バイオのネタ)があるということを、著者が現地で撮影した豊富なカラー写真で、紹介してくれる貴重な一冊。

もっと詳しく知りたいヒトは、少し古いですが、『栽培植物と農耕の起源』(中尾佐助、岩波新書)、あるいは、『世界を制覇した植物たち 神が与えたスーパーファミリー・ソラナム』(日本農芸化学会編、学会出版センター)がおすすめです。

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『生物と無生物のあいだ』

福岡伸一(講談社現代新書)

「動的平衡」という専門用語を一躍有名にした福岡さんの「生命論」。植物バイオテクノロジーの基礎となる分子生物学、細胞生物学をわかりやすく紹介した読みもの。福岡さんの研究者としての体験が、述べられており、研究者を目指す皆さんに役に立つはずです。

ちょっと古いですが、『試験管のなかの生命 細胞研究入門』(岡田節人、岩波新書)は、細胞生物学を理解する上で、大変参考になる読み物です。

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『青いバラ』

最相葉月(岩波現代文庫)

青いバラは不可能の代名詞と言われていましたが、我が国の研究者によって、遺伝子組換え技術により作製され、2009年から市販されています。青いバラの開発にかける人々の長い歴史、そもそも青い色はどのようにしてできるのかにまつわる研究者の論争、そして、青いバラを作るための遺伝子の単離から、実際にその成功にいたるまでを記述したノンフィクション作品。品種が世に出るまで、どれだけの努力がなされてきたのか、また、遺伝子組換え作物にまつわる話題など、植物バイオ研究に携わる者にとって、一度は読んでおきたい読み物。

実際の植物バイオの研究については、上記の『植物で未来をつくる』、あるいは、『植物が未来を拓く』(駒嶺穆、共立出版)、『救え!世界の食料危機 ここまできた遺伝子組換え作物』(日本学術振興会・植物バイオ第160委員会、化学同人)などがおすすめ。

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『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』

田中修(中公新書)

アジサイやアサガオなど毒を持つ意外な植物たち、かさぶたをつくって身を守るバナナ、根も葉もないネナシカズラなど、植物の持つ様々なパワーを紹介。動物たちには真似できない植物のすごさを、植物生理学の観点から、やさしく解説。

甲南大学理工学部で教える田中先生。他の本としては、『植物のあっぱれな生き方 生を全うする驚異のしくみ』(幻冬舎)では、植物の驚きの生態を、最近出版した『植物はすごい 七不思議編』(中公新書)でも、植物のたくましい生存力、その仕組みを知ってもらうよい入門書と言えます。

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