環境・バイオの最前線

発酵学・有用微生物学

環境にやさしく有用物質を作り出す微生物工場。その知恵で遺伝子工学に基づく 「バイオ」を知の舞台に引きずり出した学問

【BOOK】『ひらく、ひらく「バイオの世界」14歳からの生物工学入門』

日本生物工学会(化学同人)

豊富なイラストと写真を交えたQ&A形式で、最先端のバイオテクノロジーを中高生向けに平易に解説。これを読めば、DNA・ゲノム・バイオエタノール・iPS細胞・遺伝子組み換え作物などなど、ちょっと難しいバイオの言葉が、ぐんと身近に感じられる。日本生物工学会設立90周年を記念して出版。親子で読めるバイオテクノロジーの本。
 

発酵学・有用微生物学ってどんな学問?

下等生物 ! ? 微生物での酵素の操作が産業界に奇跡を

発酵学が生んだ味の素。その誕生がバイオ産業の夜明けに!

コウジカビ属菌類には、古くから清酒・味噌・醤油の醸造等に、近年は遺伝子導入により本来は生み出さない酵素の生産にも用いられるものがある
コウジカビ属菌類には、古くから清酒・味噌・醤油の醸造等に、近年は遺伝子導入により本来は生み出さない酵素の生産にも用いられるものがある

人間は古来から酒、酢、味噌、醤油、チーズ、パンなど、カビ、イースト、乳酸菌や酢酸菌といった微生物が行う、様々な化学反応による物質生産を利用して食品を作ってきた。その生産の始まりは、たまたま放置しておいたら腐ってしまい(発酵)、だが食べてみたらおいしかったというものがほとんどだ。しかしそれが多くの人に好まれ、食品産業を育てることになり、何とかもっと良い発酵のさせ方=醸造方法はないものかと考えたところで、発酵学が始まった。明治時代当時のそれは、発酵槽の中の温度や水の量をどうするかというような、職人の技術を一般化した程度のものだった。

 

ところが、欧米を中心に育った細菌学や微生物学が進歩する中で、微生物(細菌)がシャーレ内で培養できるようになり、やがて微生物が様々な物質を作っていることがわかってきた。そして微生物が1個1個の生物体として、人間などが体内で行っている複雑な化学反応や物質生産と同じことを、単純なシステムとして行っていることもわかってきた。その結果、微生物の代謝をとらえうまく制御することで、従来の醸造の生産性を高めたり、さらにはそれまで動植物から抽出し精製するしかなかったアミノ酸などを、微生物に作らせることができるようになった。そしてこの微生物による物質生産は、実に大きな広がりを見せることになった。アミノ酸などを利用して、味の素を筆頭とする調味料、タンパク質や脂肪を溶かす洗剤用酵素、さらには人のホルモンを代替するホルモン剤などが作られるようになり、現在につながるバイオテクノロジーを利用した一大産業を育てていくことになった。

 

微生物だからこそ扱えた酵素!遺伝子!

その時点になって、それまで醸造の技術を中心に研究していた研究者たちが、微生物を「物質を生産する1つの装置」としてとらえるようになった。つまり微生物のことを、栄養分となる糖を与えるとその体内の酵素を触媒として様々な物質を作り出す「システム」と考え始めた。そしてそれまで、分子量が1万以上もあるゆえ積極的には研究されなかったタンパク質である酵素と、それによる反応を、化学の知識と方法で研究するようになった。それが、今まさに大学で行われている発酵学・有用微生物学なのだ。そして、より有用な物質を作り出す微生物を様々な場所で探したり、微生物がどう生きているか(体内の調節システム)、あるいは微生物の作る物質が人間にとってどんな役割を持つのか調べたり、さらにどんな酵素がどの代謝段階で働いているのかを解明しその代謝を改変したりするようになった。このことは、学問としては、生体をめぐる化学である生化学、農業に貢献する化学である農芸化学を発展させる原動力にもなった。

 

発酵学・有用微生物学は、様々な微生物とそれが持つ様々な酵素反応によって、アミノ酸のような我々にとって有用な物質を数多く生み出してきたのだが、現在新たな段階に入っている。それは1970年代後半に生まれた遺伝子工学と呼ばれる技術、大腸菌の遺伝子に、例えばインスリンの遺伝子を入れ込みインスリンを発現させる、といった技術による。これによって大腸菌に、それが本来は生産しない別の物質を作らせることが可能になった。この手法なら、原理的には、人間が体内で作っているすべての物質を大腸菌に作らせることができる。ということは、欲しい物質がある場合、わざわざそれを作る微生物を自然界から探さなくても、人工的にそれを作る道が開かれたということだ。さらに、遺伝子導入できる微生物の探索も盛んになり、新たに納豆のわらに含まれている枯草菌や酵母などを、遺伝子導入のための「微生物工場」に仕立て上げた。

 

現在、多くの細菌のゲノムが解析され、ゲノムに含まれる個々の遺伝子の発現によってできる酵素の研究もしやすくなった。さらに1歩進んで、複雑でとらえられないとされていた酵素の立体構造も、X線を当ててその反射を見ることでとらえられるようになった。その結果、酵素のより細かい働きがわかり、その働きをする部分を操作して生産物を変えたり、あるいは酵素を電極にくっつけて、酵素と反応する基質(例えばグルコース)の濃度を感知する機器(例えば血糖値センサー)にしたりということもできるようになっている。高齢化社会を迎え新薬作りの市場が拡大している中、この微生物と酵素の技術の発展に寄せる期待はますます大きくなっている。

 

この学問は古典的な食品生産を対象として農学を中心に育ってきたものの、新しい化学工業のあり方として工学、あるいは新薬作りとして薬学など、多くの学問領域を巻き込みながら発展している。そして今ゲノム時代を迎え、バイオ産業になくてはならない技術の中核を担っているのだ。

 

【展望】

学問的活性度 ★★★★☆

社会的要請度 ★★★★☆

まだまだ広がる学問の世界

興味がわいたら!BookGuide

ひらく、ひらく「バイオの世界」14歳からの生物工学入門

日本生物工学会(化学同人)

豊富なイラストと写真を交えたQ&A形式で、最先端のバイオテクノロジーを中高生向けに平易に解説。これを読めば、DNA・ゲノム・バイオエタノール・iPS細胞・遺伝子組み換え作物などなど、ちょっと難しいバイオの言葉が、ぐんと身近に感じられる。日本生物工学会設立90周年を記念して出版。親子で読めるバイオテクノロジーの本。

もやしもん

石川雅之(イブニングKC)

カビや酵母などの身近な微生物をキャラクター化し、それぞれの能力や、彼らを用いてできる食品や酒類について、ストーリーの中で面白おかしく解説している漫画。DVDも出ている。楽しく理解しやすく描かれているのでお勧めしたい。この本は、「応用微生物学」そのものと言っても過言ではないだろう。

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人に役立つ微生物のはなし

日本農芸化学会(学会出版センター)

木の成分のセルロースはグルコース(ブドウ糖)単位の重合したものでありなかなか分解されない。セルロースを分解できればエネルギー源としての栄養を独占できる。これを分解できるのはシロアリだけで生物の中で一人占めに成功した。なぜって?シロアリの腸の中で生息する微生物がセルロースを分解して酢酸に変えるからだ、という森林におけるシロアリの繁栄とその秘密ほか、微生物の重要な役割や、眼に見えない微生物を我々がいかに上手に利用してきたかについて、長い年月の間に培われた科学と技術の積み重ねの成果をやさしく解説する。

発酵食品の魔法の力

小泉武夫/石毛直道 「編著」(PHP新書)

第1章は「発酵は人類の知恵」、第2章は「国民の盛衰は食べ方にあり」、第3章は「魚介類から多様な発酵食品をつくった日本の伝統、」第4章「発酵の世界地図」。4人の発酵研究の第一人者が、発酵食品のメリットから、世界の発酵文化まで存分に語った本だ。

味噌・醤油入門 改訂5版

山本泰、田中秀夫(日本食糧新聞社)

味噌と醤油という代表的な発酵食品について、それぞれの歴史、特徴、流通、品質特性、関連法規まで幅広く解説されている。2人の著者はともに古典的な発酵・醸造学では随一の東京農業大学の醸造学科出身。醸造学の専門家だ。

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発酵学・有用微生物学の研究者

発酵学・有用微生物学が学べる大学