みらいぶ春休み特別企画トークライブ

笑い飯・哲夫が語る テツガクとの出会い

~高校時代の読書がもたらしてくれたもの~

vol.2 ソクラテスの「産婆術」でお笑いの企画を作った話

哲学っぽい話もせなあかんですね。

哲学ってどういう学問かというと、つまり「何のために生きているか」という大きなテーマがあって、人間はこれを考えるために、哲学という学問を発達させおったわけなんですよ。親孝行のためかなとか、子ども作るためかなとか、世の中の平和のためかなとか…いろいろあるんですが、これキリないんですよね。でも、この答えをいろんな人が出してきているというのが哲学やないかと、僕は思うんです。

 

実は、昨日散髪に行ったからすごい白髪なんですよね。散髪したての時は白髪染めを普段ならするんですが、白髪染めをしなくて。今日、パッと鏡を見たら横がすごい白髪なんですわ。でも今、白髪ないでしょ。黒く塗るやつがあるんですよ。シャンプーしたら落ちるんですけどね。で、それをパッパッとさっき便所で塗っていたんですよ。ところが塗ってる最中に地肌に黒いのが付いてしまって。それを水でこすって。で、さっき、司会の人に、「大丈夫ですかね、ばれますかね」と言ったら、「大丈夫ちゃいます」と。でも、この話、結局今、しゃべっちゃっているんですね。白髪を隠すためにそれだけいろいろやっていたにもかかわらず、結局、今、みんなの前で「白髪だよ」と言ってしまった。白髪を隠しきったら白髪ということを言う必要がなかったのに、それを今、自分で言うてしまった。すごいパラドックスなわけなんです。哲学というのはそういうところの壁にぶち当たるわけ。

 

「落書きするな」のパラドックス

例えばよく家の周りにりっぱな壁がありますよね。そういう壁のところに、誰が書いたか分からないのですが、「落書きするな」と書いてある。いや、これが落書きやんか、となりますよね。これがすごいパラドックス、逆説というやつです。

だから、哲学というのは「何のために生きているか」みたいなことを考え出すと、こういうところに行き着いちゃうことがあったりするんです。

 

だったら、いちいちそんなこと考えずにやりましょか、と。けど、やっぱり人間は考えるのがすごく好きで、結局、とことん考えたいというふうになるわけですよ。 

 

哲学には、西洋哲学とか東洋哲学とかがあるんですが、僕の行っていた関西学院大学では、わりと西洋哲学を専攻させるのですね。ソクラテスとか、プラトン、アリストテレスとか。

 

ソクラテスって知っていますか?紀元前600年代くらいの人ですかね。哲学の創始者のような人です。でも、同時期に東洋のインドで哲学っぽいことをやっていたのがブッダつまりお釈迦(しゃか)さん、仏教の開祖なんですね。2人とも、哲学の原点で、わかりやすくて面白かったりするんですよ。

 

ソクラテスは何に気づいたかと言えば、『無知の知』というやつですね。「無知」、自分が知らないということを知っているということなんですね。ソクラテスが偉いさんとみんなでしゃべっているときに言うたんですね。

 

偉い人)「ソクラテス、それ言うてみ」

ソクラテス)「うーん、知りませんわぁ」

偉)「おおー、すごいなぁ。知らへんと言うたね」

ソ)「だって僕、知りませんもん」

偉)「すごいすごい。知らん知らんと言うてる。じゃあ、あれは?あの哲学っぽく言うてるの、どういうこと」

ソ)「それも僕、知らないんですよ」

偉)「ソクラテスは、知らないことを知らないと正直に言うね」

ソ)「いやあ、ほんまに知らんから。知らんという事を知っているんですよ」

偉)「うあぁ、こいつ天才や」

 

となったんがソクラテスなんですよ。それまでの奴はできんかったけど、ソクラテスが初めてこれができたから「ソクラテスすごいね」となったらしいですわ。すごい単純なことでしょ。これを大学の先生が、いかにもすごいことを教えています、みたいな顔で教えおって、僕は「あほちゃうか」と思うてたんですよ。まあ、19や20歳くらいの時はそう思っていたわけですが、ところが、年々これはほんまに大事なことだとわかってくるのですよ。大人になってくると、「そんなの当たり前じゃないか」と思ったことを何回も頭の中で反芻してかみ砕いていくから、「ほんまや、無知の知はすごいな」となる。「だから、知ったかぶりはあんまりしたらあかんねんな」となる。無知の知によって教えてもらったりするわけなんですよ。

 

それから、ソクラテスが言うた『産婆術』。これはあまり有名じゃないですが、すごいなと思うのですよ。今は病院で赤ちゃんを産みますが、昔やったら産婆さんという、お産の時に赤ちゃんを取り上げる女の人がおったんですけど、その産婆さんの「術」と言うのを、ソクラテスがずっとやっていたらしいです。

 

それは何かといえば、自分一人で、何かしようと哲学なんかを編み出すわけではなくて、ある程度賢い人たちとみんなでしゃべるんですって。ないしは気の合う人たちとでもいいです。まあ、中にはあほな人もおったかもしれませんがね。そういうふうにみんなでしゃべると、意見がみんなバババッーとただ広がるのではなく、積み重なっていくんですって。積み重なっていって、「ほんまや、ほんまや、できてきた、できてきた。そんならよっしゃ、これにしよう」となるんですって。それを産婆術というらしいですよ。

 

だから学校の学級会とかでも、一人だけ、「はい、はい、はい」とめちゃ発表する奴おるでしょ。でも、一人だけ言うんじゃなくて、みんながバッバッバッーと意見を出して、「それ、いいなあ」とか「ほんならこうした方がええんとちゃう」とか、そういう感じで積み重ねる、そういうことが産婆術と言うらしいです。

 

僕もお笑いやっていて、お笑いの企画を作る会議がよくあるんですよ。スタッフさんや芸人さん、作家さんとかもいてるんですが、そういう人らとしゃべっていると、この産婆術をほんまに活かしているなと思う時があるんですよね。  

 

例えば、サンテレビ(神戸のテレビ局)で『笑い飯のおもしろテレビ』という番組があるんですが、みなさん、ギャロップ林って芸人、知っていますか。すごくハゲている奴がおるんですよ。そのハゲている奴の頭に、あえてかつらを被せるんです。そこに輪っかが付いているんです。そして後ろに台がありまして、その台に人が乗っていて、この人は釣り竿を持っています。釣糸の先にはフックみたいなのがついていて、フックとかつらは2,3m離れているんですが、ここから釣り糸を垂らしてこの輪っかにうまいことフックをかけて糸をグーッと巻いて、このかつらを飛ばすという企画があるんですよ。とんでもなく人をおちょくった企画なのですが。

 

これを考えた時、最初はギャロップ林を使って企画をしたいという話だったのですね。

 

「林はハゲてるなあ」

「でもあいつ、自分でハゲてるってあまり言わへんなあ」

「もっと自分からハゲてるってことをやった方がええかもしれんな」

「じゃあ、俺がかつらを被せようか」

となったんですよね。そうしたら他の人が

「じゃあ俺がかつらを取りましょうか」と言い出しました。

「どうやって取りましょか」

「じゃあ、釣り竿で取りましょか」

で、この企画が生まれたんですよ。みんながワァワァワァアと意見を言って、一つの面白いもんが出来上がるというのは、まさに産婆術なんです。だから今後、みなさんも何か思い悩んだり、考えがちょっと立ち止まったりしたときは、友達とかとちょっとおしゃべりしてみたら、アイデアがすごい膨らむことになるんです。一気にいいこと言うでしょ(会場 笑)。おしゃべりをしてみると、何か意見がだんだん積み重なって、いいアイデアが生まれていくものなんですね。

 

笑い飯 哲夫さんの本

『ブッダも笑う仏教のはなし』

(サンマーク出版)

こんなにおもしろかったら、ブッダも笑って許してくれる!? 人気お笑い芸人がおくる、笑って学べる「脱線しまくり」な仏の教えとは?

[出版社のサイトへ]

『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』

(ヨシモトブックス)

大学の哲学科で、古今東西のあらゆる哲学を学んだ哲夫が書いた「般若心経」の本。真面目なようでボケ倒す!ボケているようで真理を突く!新たな般若心経の形を浮き彫りにします!

[出版社のサイトへ]