長年の杉原研究から、さらに明らかになった杉原千畝の姿

ソ連、ナチス・ドイツから6000人のユダヤ人を救ったヒューマニストは、情報収集に長けた優れた外交官だった!

~オーサービジット 特別企画

『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』を読む

外務省外交史料館 白石仁章さん × 東京学芸大学附属高校生

 

第2回 膨大な外交史料からコツコツたどった杉原氏の足跡が、本に、映画に!

私が書いた本『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』について、そのセールス・ポイント、出版や映画化に至った幸運についてお話したいと思います。

 

そもそも歴史研究とは、ふつう歴史上の人物やその関係者から直接話を聞くことはできないので、当時の書簡や文献などの史料から研究することになります。ところが現代史研究の場合は、関係者へのインタビューという、他の時代の研究では不可能な手段が可能です。私が杉原さんの研究を始めた頃は、杉原さんの奥様もご存命で、私も何度もお目にかかってお話を伺うことができました。今でもご長男の奥様やお孫さんたちなど、杉原さんを直接知っている人が何人もいてくださるので、興味深いエピソードを教えていただくことが可能なわけです。

杉原さんの奥様が書いた『六千人の命のビザ』が出版された直後に、ソ連崩壊、バルト三国の独立という事件が起こりましたが、当時の日本では、バルト三国といってもほとんどの人が全くイメージすらわかないという状況でした。そういう中で、バルト三国と日本を結ぶエピソードということで、杉原さんが急に脚光を浴びることになりました。それが今から約25年前で、その頃は杉原さんからビザを出してもらった元避難民の方たちがまだ大勢ご存命だったのです。中日新聞がおよそ20年前、世界各地に暮らしていた元避難民の方たちにインビューをして、すばらしい本を残してくれています(※)。

※ 『自由への逃走--杉原ビザとユダヤ人』中日新聞社会部編(東京新聞出版局)

 

 

一方で、史料研究は遅れてしまいました。本来はインタビューと史料研究の両方が車輪の両軸のように進められるのが理想なのですが、史料研究が遅れたのには大きな理由があります。外務省には膨大な戦前期の外交史料が残っているのですが、テーマ別にファイルされていて、外交官別にファイルされているわけではないのです。

 

ですから杉原さんに関する情報は、「ユダヤ人問題」とか「第二次世界大戦関係」といったいろいろなファイルの中に少しずつ残っていて、分厚いファイルの中の、ほんの1文書だけに杉原さんのことが書かれていることもあるのです。これをコツコツと探し出すなどというのは、はっきり言って気の遠くなるような作業です。これを私はしぶとくやり続けたわけです。そうして探し出した文書から、インタビューだけではわからない様々な事実をまとめて、いくつか論文なども書きました。

 

コツコツと論文を書いていたら幸運に出会った

そうした中で、ある日突然、外交ジャーナリストの手嶋龍一先生が私に会いに外交史料館にいらっしゃったのです。なんでこんな大先生が、と私はびっくりしました。

手前左が手嶋先生 (写真提供 北出明氏)
手前左が手嶋先生 (写真提供 北出明氏)

手嶋先生はNHKでワシントン支局長などを務められ、退職後に慶應義塾の大学院(システムデザイン・マネジメント研究科)の教授をされていたのですが、指導していた院生の一人が杉原千畝を修士論文のテーマに選び、私の論文を参考にしていたそうなのです。手嶋先生もそれを借りて読んでくださり、興味を覚えてわざわざ訪ねてくださったのです。「あなた以外にこういう研究をしている人はいないから本にしたらどうですか」と言ってくださったのですが、私も本にしたくて、すでにいくつかの出版社にあたったのですが、良い返事をもらえなかったことを説明しました。すると、驚いたことに大手出版社の新潮社を紹介してくださったわけです。新潮社から本を出せるなんて夢にも思いませんでしたから。これが私の人生の中で、最大の転機になりました。

 

ここで皆さんに強調しておきたいことは、幸運が舞い込んでくるにはそれなりの理由があるということです。手嶋先生に認めていただけたのは運がよかっただけではなく、やはりコツコツと研究を続け、論文を書いていたからだと思います。そして、幸運が舞い込んだと思ったら、それを逃がさないこともすごく大事だと思います。新潮社から「ヒューマニストとしての杉原千畝は様々な本で紹介されているので、別の側面から書いて欲しい」と言われ、一瞬躊躇しましたが、思い切って挑戦して本当に良かったと思います。そして、結果的に杉原さんが単にヒューマニストという言葉だけでは語れない人物であることを明らかにできたと思います。

 

今までの杉原像とは違う切り口の映画に

そして、この『諜報の天才 杉原千畝』(のちに増補・改訂版が新潮文庫より「杉原千畝 情報に賭けた外交官』のタイトルで出版)が映画の参考とされることになりました。映画『杉原千畝 スギハラチウネ』のパンフレットにも書いてありますが、エグゼクティブ・プロデューサーの奥田誠治さんが、以前より杉原さんのことを映画化したいという思いをお持ちでした。日本テレビは、10年前の終戦60周年の時には、反町隆史さん主演で杉原さんのドラマ『日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ』を作っています。

 

このドラマは、タイトルが示すように『六千人の命のビザ』をベースに作られたのですが、奥田さんは「『六千人の命のビザ』とは違う切り口でなければ映画にはできない」と考えていたそうです。そうしたら私の本が出版され、読んでくださった奥田さんが、これを参考にすれば映画になるということで映画製作の話が動き出したのです。

 

白石さんの著作『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』を原作とした映画 『杉原千畝 スギハラチウネ』
白石さんの著作『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』を原作とした映画 『杉原千畝 スギハラチウネ』

映画『杉原千畝 スギハラチウネ』は、「今までのドラマなどで描かれた杉原像とはずいぶん違う」という批判も受けましたが、違って当然なのです。それは、先に述べたように、インタビューや関係者の話から浮かんできた杉原像だけではなくて、史料から明らかになった、類まれな情報収集能力を発揮し、貴重な情報を集めて日本に送り続けた、凄腕の「インテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)」としての姿、言い換えればより真実の杉原千畝を描いたからです。

興味がわいたら

『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』

白石仁章(新潮文庫刊)

杉原千畝氏(1900~1986)は日本の外交官。第二次世界大戦中、リトアニアの在カウナス日本領事館領事代理として赴任していた1940年7月から8月にかけて、ポーランドなど欧州各地から逃れてきた避難民たちに、外務省からの訓令に反して大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救いました。その避難民の多くがユダヤ人でした。杉原さんについては、ヒューマニストとしての側面に注目が集まっていましたが、この作品では、著者の白石氏が膨大な外交文書から、世界情報を読み解き、綱渡りのような駆け引きに挑んだ「情報のプロフェッショナル」としての素顔を解き明かします。

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白石仁章さんの本

『戦争と諜報外交 杉原千畝たちの時代』

白石仁章(角川選書)

「杉原さん以外にも、日本外交を太平洋戦争とは違う方向に導こうとして努力した立派な外交官が何人もいた、ということを知らせたくて、この本を書きました」。日独伊三国同盟の締結を危惧する電報を送り続けた来栖三郎ほか、日本が大戦へと向かう中、外交交渉の最前線で闘った外交官たちを、外務省に眠る4万冊の記録ファイルから、白石氏が描き出します。

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『六千人の命のビザ』杉原幸子(大正出版)

杉原千畝夫人・幸子さんが、リトアニア・カウナス時代だけではなく、戦後、助けられたユダヤ人との再会や、イスラエルからの顕彰などをまとめています。

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『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』を原作とした映画

『杉原千畝 スギハラチウネ』

(2015年 東宝/DVD・Blu-ray ポニーキャニオン)

監督:チェリン・グラック

脚本:鎌田哲郎、松尾浩道

出演:唐沢寿明(杉原千畝)、小雪(杉原幸子) ほか

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