筑波大学 学問本オーサービジット2016

◆どんな先生が来るの?・どんな本が読めるの?◆

※[ ]内の数字は、1回の訪問につき筑波大学から提供可能な冊数を示します。本の詳細は、リストの下をごらんください。

人文系

●青木三郎先生

『ことばのエクササイズ』

青木三郎(ひつじ書房、2002年、1,512円)[8冊]

 

●青柳悦子先生

『青の魔法』

エムナ・ベルハージ・ヤヒヤ、青柳悦子訳(彩流社、2015年、2,160円)[6冊]

 

●五十嵐沙千子先生

『他者性の時代~モダニズムの彼方へ』

河上正秀編(世界思想社、2005年、2,052円)[7冊]

※筑波大学教員の五十嵐沙千子が執筆した「「生命倫理」入門」をオーサービジットの対象とします。

 

●五十嵐沙千子先生

「コーチングにおける教師と生徒の関係―本当に楽しい授業を共に生きていくために」

五十嵐沙千子(慶応大学出版会、『教育と医学』2015年7月号、740円)[14冊]

 

●佐藤吉幸(佐藤嘉幸)先生

『脱原発の哲学』

佐藤嘉幸(人文書院、2016年、4,212円)[5冊]

 

●佐藤吉幸(佐藤嘉幸)先生

『新自由主義と権力』

佐藤嘉幸(人文書院、2009年、2,592円)[5冊]

 

●津城寛文先生

『生前に書く「死去のご挨拶状」』

津城寛文(春秋社、2005年、1,620円)[7冊]

 

●津城寛文先生

『社会的宗教と他界的宗教のあいだ―見え隠れする死者』

津城寛文(世界思想社、2011年、2,808円)[6冊]

 

●磐崎弘貞先生

『英語辞書をフル活用する7つの鉄則』

磐崎弘貞(大修館書店、2011年、1,728円)[7冊]

 

●磐崎弘貞先生

『こんなこともできる英英辞典活用マニュアル』

磐崎弘貞(大修館書店、1990年、1,404円)[8冊]

 

●山澤学先生

『破壊と再生の歴史・人類学―自然・災害・戦争の記憶から学ぶ』

伊藤純郎、山澤学編(筑波大学出版会、2016年、3,024円)[6冊]

 

社会系

●五十嵐泰正先生

『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』

五十嵐泰正・開沼博編(河出書房新社、2015年、2,160円)[7冊]

 

●五十嵐泰正先生

『みんなで決めた「安心」のかたち~ポスト3.11の地産地消をさがした柏の1年』

五十嵐泰正・安全安心の柏産柏消円卓会議(亜紀書房、2012年、1,944円)[5冊]

 

●近藤康史先生

『社会民主主義は生き残れるか:政党組織の条件』

近藤康史(勁草書房、2016年、3564円)[4冊]

 

●近藤康史先生

『個人の連帯:「第三の道」以後の社会民主主義』

近藤康史(勁草書房、2008年、3024円)[6冊]

 

●関根久雄先生

『地域的近代を生きるソロモン諸島―紛争・開発・「自律的依存」』

関根久雄(筑波大学出版会、2015年、3,672円)[5冊]

 

●竹中佳彦先生

『イデオロギー』蒲島郁夫、竹中佳彦

(東京大学出版会、2012年、3,240円)[4冊] 

 

●樽川典子先生

『喪失の生存の社会学―大震災のライフヒストリー』

樽川典子編(有信堂高文社、2007年、3,024円)[6冊]

 

●辻雄一郎先生

『現代社会と憲法学』佐々木弘通、宍戸常寿編著

(弘文堂、2015年、3,240円)[6冊]

※筑波大学教員の辻雄一郎が執筆した「インターネット」をオーサービジットの対象とします。

 

●土井隆義先生

『つながりを煽られる子どもたち―ネット依存といじめ問題を考える』

土井隆義(岩波ブックレット、2014年、670円)[15冊] 

 

●土井隆義先生

『人間失格?―「罪」を犯した少年と社会をつなぐ』

土井隆義(日本図書センター、2010年、1,620円)[7冊]

 

●野上元先生

『戦争社会学ブックガイド』

野上元、福間良明編(創元社、2012年、2,052円)[7冊]

 

●森直人先生

『再検討 教育機会の平等』

宮寺晃夫編(岩波書店、2011年、3,780円)[5冊]

※筑波大学教員の森直人が執筆した「個性化教育の可能性――愛知県東浦町の教育実践の系譜から」をオーサービジットの対象とします。

 

●森直人先生

『思想地図 vol.2 ジェネレーション』東浩紀、北田暁大編(NHKブックス、2008年、1,620円)[8冊]

※筑波大学教員の森直人が執筆した「「総中流の思想」とは何だったのか―「中」意識の原点をさぐる」をオーサービジットの対象とします。

 

 

 

◆本の詳細は以下をごらんください◆

人文系

●青木三郎先生

『ことばのエクササイズ』

青木三郎(ひつじ書房、2002年、1,512円)[8冊]

この本は大学で言語やコミュニケーションについて学ぼうとする高校生のみなさんに向けて書かれたものです。誰でも自分のことばとは一生つきあっていかなければなりません。一生使い続け、ともに生きることばが何を表現できるのか。反対に言い表すことのできないものは何か。ことばにはどんな力があるのか。どんな性質や仕組みをもち、どのように機能するのか。ことばについての認識を深めるために、16のエクササイズを通じて、ことばの性質を感じ取れるようにしました。人間らしく生きるための心の力、ことばの力を発見するためのきっかけになることを願っています。

●青柳悦子先生

『青の魔法』

エムナ・ベルハージ・ヤヒヤ、青柳悦子訳(彩流社、2015年、2,160円)[6冊]

チュニジアの現代に生きる若者たちを描いた青春小説です。チュニジアという国をご存知ですか? イタリアの向かいにある国で、国民のほとんどがイスラム教徒で、「アラブの春」の発端となった2011年の「ジャスミン革命」の国。そんな国って怖そう? きっとチュニジア人って私たちとは全然違う人たち? この小説を読めばそんな考えが一気に変わるはずです。主人公は、感受性が繊細すぎてもがいている薬学部卒業のモラトリアム女性と、地元では天才扱いだったのに首都の大学で落ちこぼれてしまう美青年の二人。そしてその周りの様々な世代の人々と一緒に、みなさん自身が未来に向けての希望の種を探しながら、人間の魅力とは何なのかを再発見してください。

●五十嵐沙千子先生

『他者性の時代~モダニズムの彼方へ』

河上正秀編(世界思想社、2005年、2,052円)[7冊]

※筑波大学教員の五十嵐沙千子が執筆した「「生命倫理」入門」をオーサービジットの対象とします。

 

生きるって何だろう? 死ぬって何だろう? 幸せって何だろう? …これは、みんなが悩む人生の問題や生命倫理の問題を、ふつうの言葉で、読む人と一緒に考えていく、そういう本です。哲学の本って本当はそういうもの。ふん、ふん、なるほど…と、読んで著者と一緒に対話していくうちに、生命倫理の問題も、それから現代思想の中心問題も、いつのまにかあなたの頭に入っているはず。でも、それだけじゃない。これを読んだあなたはきっと、現代を生きている、まだ会ったことのない人たちの問題や思いを、他人事でなく一緒に考えていけるはず。ただわかりやすいだけじゃなくて、これは、ここからあなたが出発していける本なのです。

●五十嵐沙千子先生

「コーチングにおける教師と生徒の関係本当に楽しい授業を共に生きていくために」

五十嵐沙千子(慶応大学出版会、『教育と医学』2015年7月号、740円)[14冊]

授業なんか楽しくない。小さい頃からずっとそう思ってきました。毎日、教室に座って退屈な授業を受けるのは本当に苦痛でした。そんな私が「先生」になっちゃった!…この本は、授業と教室が嫌いな「先生」が、「先生」から脱出していく本です。そして、どうすれば授業や教室が本当に楽しい場所になるかを考えた本です。面白い授業・楽しい教室って、きっとあなたの学校でも実現できるはず。それを著者と、それからいろんな生徒たちと、もしかするとあなたの学校の先生たちとも一緒に探していければいいなと思います。…さて、あなたは、教室って好きですか?

●佐藤吉幸(佐藤嘉幸)先生

『脱原発の哲学』

佐藤嘉幸(人文書院、2016年、4,212円)[5冊]

本書は福島第一原発事故の衝撃をきっかけとして書かれたもので、原発をめぐる社会的考察、脱原発の必要性を、哲学的観点から考察しています。哲学的観点とはこの場合、社会的に共有されている「常識」を前提とせず、より根本的なレヴェルで考える、という意味です。そうした観点から明らかになるのは、1)原発という技術の持つ危険性がその技術の基礎になった核兵器の危険性と重なっている、2)原発の持つ危険性のため、原発の運転は様々な差別と切り離しがたい、3)原発事故のもたらす社会的帰結は、近代に起きてきた公害の帰結ととても近い、ということです。こうした問題に関心を持つ皆さんと議論できることを、楽しみにしています。

●佐藤吉幸(佐藤嘉幸)先生

『新自由主義と権力』

佐藤嘉幸(人文書院、2009年、2,592円)[5冊]

本書は、現代社会を広く覆っている「新自由主義(ネオリベラリズム)」という社会・経済的な原理について、その具体的なメカニズムは何か、それが私たちの生活にどのような影響を及ぼしているか、その圧力から逃れるためにどのような生き方を試みればいいのか、といった観点から考えた本です。新自由主義とは、人々を強制的に競争させ、それによって社会を活性化させる、という考え方ですが、そうした圧力を与える存在を本書では「新自由主義権力」と呼んで批判的に論じています。内容が難解に感じられる場合は、第一部だけを読んで下さい。現代社会について、社会のオルタナティヴなあり方について、皆さんと議論できればうれしいです。

●津城寛文先生

『生前に書く「死去のご挨拶状」』

津城寛文(春秋社、2005年、1,620円)[7冊]

現代の日本社会は、少子高齢化が進み、年金や介護が、社会全体として、大きな負担になってきています。「終活」は、このような状況への対応です。「終活」には、どこまで医療を受けるか、といった意思表示をしておく「リビング・ウィル」や、残された人にどうしてほしいかをまとめた「エンディング・ノート」その他、さまざまな提案があります。これに加えて、万一に備えて、家族や友人知人に思いを伝える「死去のご挨拶状」を生前に書いておくことを、この本では老若男女に提案します。これは高齢者だけの問題ではなく、それを支える壮年や若者の問題だからです。

●津城寛文先生

『社会的宗教と他界的宗教のあいだ―見え隠れする死者』

津城寛文(世界思想社、2011年、2,808円)[6冊]

現代社会には、宗教がさまざまな面で関わっています。国際的には、キリスト教世界とイスラム世界の紛争の1つの原因となっていますし、国内に宗教間の紛争を抱えた国も少なくありません。これらは宗教の社会的側面です。一方、WHOがスピリチュアルな健康について論じ始めたり、高名な実業家が瞑想を実践したり、被災地で死者の幻影が数多く目撃されたりしています。これらは宗教の他界的側面です。複雑な宗教を全体としてよりクリアに理解するには、「社会」と「他界」の両面を考える必要がある、というのが、この本で提案したいことです。

●磐崎弘貞先生

『英語辞書をフル活用する7つの鉄則』

磐崎弘貞(大修館書店、2011年、1,728円)[7冊]

英語学習のポイントは、実は英語辞書検索を通して、理解力・発信力に必須の語彙力を身につけることだということを示した本です。提示される7つの鉄則は「辞書のしくみを知れば情報のありかがわかる」「辞書は文法思考で引こう」「辞書を活かすのは検索スキル次第」「セルフチェックと発信スキルアップに活用せよ」「辞書を活用した語彙学習のコツを押さえよ」「生きた英語に接して辞書をカスタマイズせよ」「自分に合った辞書を見つけよう」で構成されます。本書を通して、語彙学習方法、そして英語学習そのものを見直して下さい。

●磐崎弘貞先生

『こんなこともできる英英辞典活用マニュアル』

磐崎弘貞(大修館書店、1990年、1,404円)[8冊]

90年代出版ながら未だ絶版にならないロングセラー本です。「上級者向け」と思われている英英辞典が、本書の4つの活用の仕方で、英語力をグンと伸ばす強い味方に変わります。まず英英辞典の「アルファ引き」は知らない単語を引く方法で、英英初心者は手を出さないでください。「ベータ引き」は、「傘」「リンゴ」といった身近な事物をまず自分の英語で説明して、それを英英定義と比較する方法。すると、意外な世界が見えてきます。「ガンマ引き」は、「ジョークを言う」のように、実践的な語と語のつながりを英英から調べる方法です。「デルタ引き」は、英英辞典の定義自体から、ちょっとむずかしい表現を検索する方法です。これによって「タコの足」や「血糖値が高い」といった表現でも、英英定義から検索できます。

●山澤学先生

『破壊と再生の歴史・人類学―自然・災害・戦争の記憶から学ぶ』伊藤純郎、山澤学編(筑波大学出版会、2016年、3,024円)[6冊]

私たちは、グローバルな現代文明を生きるなかで、自然災害、地球規模の環境破壊、あるいは革命・戦争・テロリズムなどの社会的暴力など、さまざまな「破壊」に直面し、「再生」への道を求めています。しかし、このような状況は、変革期と称する過去の時代にもたびたび出現していました。本書は、歴史学・人類学の視点から、古墳時代から現代までに起こった自然災害・環境介入、および戦争に注目し、「破壊」の状況と形態を確認するとともに、人びとが「再生」に向け、その方途をどのようにして見出してきたのか、多様な事例を検証し、現代を生きる私たちに課されている諸問題を問いかけます。

社会系

●五十嵐泰正先生

『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』

五十嵐泰正・開沼博編(河出書房新社、2015年、2,160円)[7冊]

延長距離の長さや利用客の多さに反して、地味で語られることの少ない常磐線。しかしその沿線は近代以降、農産物、工業製品、石炭、そして電気といった「当たり前に日常にあるもの」を提供し続ける「寡黙で優秀な東京の下半身」だったと言えるでしょう。当事者性の高い執筆陣が、常磐線沿線の6つの駅(上野、柏、水戸、泉(小名浜)、内郷、富岡)の現在を象徴するトピックを選び、原発事故以降の地方のあり方と、そこに影を落とす東京の重力を捉えなおした地域社会学の論集です。

●五十嵐泰正先生

『みんなで決めた「安心」のかたち~ポスト3.11の地産地消をさがした柏の1年』

五十嵐泰正・安全安心の柏産柏消円卓会議(亜紀書房、2012年、1,944円)[5冊]

ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でもある柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。

●近藤康史先生

『社会民主主義は生き残れるか:政党組織の条件』

近藤康史(勁草書房、2016年、3564円)[4冊]

最近の選挙結果を見ると、民意の受け皿として日本から社会民主主義政党は消失したように見えます。しかしヨーロッパでは、社民主義政党は今も一定の支持を受けています。この「差」はなぜ生じたのでしょうか? 本書はイギリス労働党、ドイツ社会民主党、そして日本社会党を、制度としての政党組織に焦点を当てて比較し、分岐の要因を明らかにします。

●近藤康史先生

『個人の連帯:「第三の道」以後の社会民主主義』

近藤康史(勁草書房、2008年、3024円)[6冊]

「第三の道」とはなんだったのでしょうか。それは世紀転換期における一過性のブームだったのでしょうか。「新しい社会民主主義」への期待と、左派の「ネオ・リベラル化」への憂慮の中で、ブレア労働党のかかげた政策とアイディアの力を測定します。

●関根久雄先生

『地域的近代を生きるソロモン諸島紛争・開発・「自律的依存」』

関根久雄(筑波大学出版会、2015年、3,672円)[5冊]

世界地図を広げて太平洋を眺めると、そこに小さな島々が点在し、ところどころに国名が記されていることに気づくと思います。何もないように見えるその海に、14の独立国が存在しています。独立後それらの国々は、経済開発によって国家を強化し、経済的・社会的に自立した状態を自明の目標として求められてきました。しかし、いずれの国家も自然的・地理的・社会的諸条件による制約を受け、貿易収支の慢性的赤字とそれを埋めるための資金を外国からの援助等に大幅に依存しています。いわば近代化や自立とは程遠い状態にあります。本書は南太平洋の島国ソロモン諸島を取りあげ、資本主義を拒否するわけでもなく、西洋的な価値観や暮らしのあり方を嫌悪するわけでもない、反近代でも前近代でも脱近代でもない「ソロモンの近代」の姿を文化の視野から描き出し、現代社会のあり方について問いかけます。

●竹中佳彦先生

『イデオロギー』蒲島郁夫、竹中佳彦

(東京大学出版会、2012年、3,240円)[4冊] 

2012年12月の第2次安倍内閣登場以来、国内外に「日本は“右傾化”している」と論じる人がいます。しかし1990年代以降、「イデオロギー対立の時代は終わった」と言われてきました。いったい、どちらが正しいのでしょうか? 右~左、保守~革新など、イデオロギーとはいったい何なのでしょうか? 本書は、くまモンの上司と一緒に、政治学の基本概念のひとつであるイデオロギーについて概説し、現代日本人のイデオロギーの様相を、多角的かつ長期的に、国際比較を交え、計量分析したものです。本の内容はちょっと難しいかもしれませんし、また2012年11月の刊行なので安倍内閣については触れていませんが、この本を読んで先の問いについて考えてみませんか?

●樽川典子先生

『喪失の生存の社会学大震災のライフヒストリー』

樽川典子編(有信堂高文社、2007年、3,024円)[6冊]

地震災害の多い日本社会は、そのたびに被災地は立ち直り復興してきました。しかし、阪神・淡路大震災の被災者たちは、<街の復興>と<心の復興>を区別し、震災5年目の追悼式では、兵庫県知事が「復興宣言はしない」宣言をおこなっています。大震災前とその後の人生を、一貫したものとして感じるようになるための課題が共有されていたのです。本書は、大震災で家族を喪った遺族たちの課題つまり家族の死と生き残った意味を自問しつづけた10年の生活史を、多数の事例にもとづいて解明しました。男性、女性、子どものそれぞれで異なる課題と克服のしかたは、寄りそうサポートのありかたを示唆しています。

●辻雄一郎先生

『現代社会と憲法学』佐々木弘通、宍戸常寿編著

(弘文堂、2015年、3,240円)[6冊]

※筑波大学教員の辻雄一郎が執筆した「インターネット」をオーサービジットの対象とします。

 

「ヘイトスピーチ」「復興問題」「財政赤字」「立憲主義」「ネットいじめ」、そして「安保法制」等々、現代の社会問題を解決するには、さまざまなアプローチがあります。憲法的アプローチから研究者が考察を論じていきます。社会生活で、人の行動を特定の方向に向けるにはどのようにすればよいでしょうか。ルールを守らない人に刑罰を科せばよいでしょうか。ルールを守っている人に報酬を与えるべきでしょうか。または公開するすべきでしょうか。社会の中にある様々なツールのひとつが法律です。

●土井隆義先生

『つながりを煽られる子どもたちネット依存といじめ問題を考える』

土井隆義(岩波ブックレット、2014年、670円)[15冊] 

現在の日本人のコミュニケーションは、インターネットの発達によって希薄になっているのではなく、むしろ濃密になっています。子どもたちのネット依存も、LINEのようなアプリの浸透によって人間関係の常時接続が可能になった結果ですし、そのつながり依存の一形態として今日のいじめ問題を捉えることもできます。しかし、所詮ネットは道具にすぎません。では、こうした「つながり過剰症候群」に至る社会背景には何があるのでしょうか。その心理的メカニズムとはどのようなものでしょうか。学校の先生や親など大人たちのありかたも視野に入れて、今日の人間関係の変容を考えます。

●土井隆義先生

『人間失格?「罪」を犯した少年と社会をつなぐ』

土井隆義(日本図書センター、2010年、1,620円)[7冊]

犯罪は「社会を映す鏡」であるといわれます。社会の病理的な部分が表われたものだからでしょう。しかし、病気と犯罪のあいだには決定的な違いがあります。一般に病気は私たちの見方や考え方とは無関係に発症します。しかし犯罪は、私たちがそれを犯罪と認定しなければ犯罪になりません。「社会を映す鏡」であるという言葉には、ときどきの社会がどんな行為を嫌悪し、自分たちの世界から排除したがっているかが、犯罪の定義を通して見えてくるという意味もあるのです。そんな観点から現在の少年犯罪を眺めると、日本社会の何が見えてくるのでしょうか? 皆さんと一緒に考えてみましょう。

●野上元先生

『戦争社会学ブックガイド』

野上元、福間良明編(創元社、2012年、2,052円)[7冊]

人間の集合的な闘争の一種である戦争は、相当古くから存在しています。近代になって戦争は、国家を単位として国民全員が関わるものとなり、社会全体を巻き込む巨大なものとなりました。この様々な側面を持つ悲惨な社会現象である「戦争」について、社会学を中心に、歴史学や文学、政治学、メディア学などの分野から書物を132冊選んでブックガイドを作りました。この書物は初学者にもわかるように作られていますが、実は「戦争社会学」とはまだまだ構築途中の学問です。むしろ皆さんと議論を交わすことによって、さらに様々な視点を獲得してゆきたいと思います。

●森直人先生

『再検討 教育機会の平等』

宮寺晃夫編(岩波書店、2011年、3,780円)[5冊]

※筑波大学教員の森直人が執筆した「個性化教育の可能性――愛知県東浦町の教育実践の系譜から」をオーサービジットの対象とします。

 

「生まれによらず、教育を受ける機会が平等に開かれている」というのは現代社会の重要な原則(タテマエ)ですが、社会学の実証研究は一貫して、教育機会の格差・不平等の厳然たる存在を示してきました。とくに日本では2000年以降、子どもの個性、自主性・主体性、興味関心にもとづく自由な選択を強調する「ゆとり教育」への改革が「意図せざる格差拡大」をもたらしたとする研究成果が注目を浴び、教育政策も転換を余儀なくされました。ですが「教育の自由化・個性化」と「教育機会の格差拡大」はいつ・いかなる条件のもとでも結びつくものでしょうか? こうした問いに答えるため、実際に「個別化・個性化」を徹底した小学校での授業風景を分析した論文です。

●森直人先生

『思想地図 vol.2 ジェネレーション』東浩紀、北田暁大編(NHKブックス、2008年、1,620円)[8冊]

※筑波大学教員の森直人が執筆した「「総中流の思想」とは何だったのか――「中」意識の原点をさぐる」をオーサービジットの対象とします。

 

昨今の日本は「格差社会」といわれます。また、世界経済における地位低下ともあいまって「下流社会」化が進んでいるともいわれますが、この裏側には「かつては豊かで平等な社会だったのに…」という認識がじつは強固に貼りついます。現代の「格差」が強調されるたび、この暗黙の認識――かつての日本は「総中流社会」だった――もいっそう強化されているように思えます。ですが、「総中流」な社会などというものが実在しえるでしょうか? それ以前に、いったい何をもって「総中流」だといわれていたのでしょう? この論文は、こうした問いに答えることを通じて、現代日本を「格差社会」ととらえることの妥当性を問い直そうとするものです。