学問本オーサービジット(筑波大学協力)
インターネットの普及が閉じた関係を強化。視野の狭さやいじめにつながる
~『つながりを煽られる子どもたち』を読んで
アイデンティティ論・土井隆義先生+中央大学杉並高校

●オーサー 土井隆義先生
筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻
●参加者 中央大学杉並高校
●実施 2017年2月16日

『つながりを煽られる子どもたち』
土井隆義(岩波ブックレット)
現在の日本人のコミュニケーションは、インターネットの発達によって希薄になっているのではなく、むしろ濃密になっています。子どもたちのネット依存も、LINEのようなアプリの浸透によって人間関係の常時接続が可能になった結果といえます。また、今日のいじめ問題も、そのつながり依存の一形態として捉えることができるでしょう。しかし冷静に考えてみれば、所詮ネットは単なる道具にすぎません。結局はそれを使いこなす人間の問題であるはずです。
では、現代の日本人に「つながり過剰症候群」が広がってきた背景には、いったいどんな事情が潜んでいるのでしょうか。本書は、それを価値観の多様化と社会の流動化という社会現象に求めます。そして、社会学的な観点からつながり依存の心理的メカニズムを解明していきます。抽象的な議論だけではありません。高校生の皆さんや、皆さんが日々接している学校の先生や親など、いろいろな人たちの意識調査の結果を使いながら、今日の人間関係の特徴について考察を行なっています。
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期待値が低い最近の子どもたち。その原因と影響を解説

◆オーサーはどのような話をしましたか。
・最近の親子関係は変化してきている。縦の関係ではなく、フラットな関係の親子、いわゆる「友達親子」が増えてきた。ネット環境発達の他には社会の変化があまりなかったため、親子間の価値観のギャップがなくなってきているためである。
・親以外の他者と付き合うときも、自分と同じ価値観の人とばかり付き合う傾向が多くなっている。特に若者は、友達の範囲が狭くなっていき、「イツメン」から抜け出せなくなる傾向にある。
・インターネットが普及した当初は、家庭・学校・塾の閉じられた空間から抜け出すことができ、新しい世界の人とつながれる自由な装置という位置づけだった。しかし現在は、同質な情報のみを得、限られたメンバーとしか交流しないといった、閉じた関係をいっそう強化する道具として利用されている。
・閉じている世界の方が、いじめが起きやすい。SNSはすこぶる人間関係が閉じている世界。だからネットいじめは頻繁に起こりやすいのだ。
・若い世代は貧困率が上がっているが、生活満足度は上がっている。限られたメンバーとの付き合いやネットの発達によって、行動範囲や視野が狭くなり、他者と自分を比較することも減ったので、期待値が低くなったからだと考えられる。期待値が低いほど、満足度は高くなるのだ。
・現代の人々の内閉化したつながりを築こうとする振る舞いは、グローバル化と言いながらナショナリズムを強化する国家間の関係の構築方法にも当てはまっている。このように、一つの捉え方を用いて物事を見ると、様々な現象をも説明できる。
◆特に丁寧な説明があったのは、どのような内容でしたか。

現代の社会のあり方は、混乱や模索の時期を経て確立した「成熟社会」すなわち持続可能な社会、といったあり方である。つまり、社会を構成する人々は一様に「足るを知るメンタリティ」を備えている。今の生活に不満を持つ人は少ないというデータが出ているが、それは、あらゆる世代の人々(特に若者)の期待値が低く、人々の生活圏および価値観が内閉化している傾向にあるためである。
そのような傾向は他者とのつながり方にも表れている。若者は特にいつも同じ決まったメンバー、いわゆる「イツメン」とだけ付き合う傾向が近年顕著に見られる。しかし、「イツメン」とだけ付き合っていると、安定感を得られる反面、常に想定内の反応を得るのみで自分の世界は閉じていく一方だ。すなわち、‘自分の知っている自分’にしか出会えないのだ。自分の世界は、自分とは全く異質の他者と付き合うことでしか広げることができない。同質他者との安定したつながりだけで満足するのではなく、異質の他者との開かれたつながりも持とうとすることが大切である。
◆どのようなことをディスカッションしましたか。

・自分自身の親子関係は縦(従来の親子関係のような上下関係)か横(友達関係)のどちらと言えるだろうかということ。
・LINEはSNSに入るか。TwitterとLINEでは、どちらが「ネットいじめ」の現象が起こりやすいだろうか、また、どちらが自分のキャラを自由に出せるだろうかということ。
・LINEの既読無視について。これは「ネットいじめ」に分類されるか。男女差によるとらえ方の違いはあるかということ。
・「最近の子どもたちは期待値が低い傾向にある」ということについて。私たちは(例えば一番身近な例として、親の成功を見ているのに)なぜ希望を持てないのだろうか。現代社会では期待が持てないという情報ばかりが目に入り、身近な成功例を意識できていないのではないだろうか、ということ。
満足は期待値が低いことの裏返し。一歩上の目標を持ちたい
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◆オーサーの話では、どんな内容が印象に残っていますか。
◆私が一番印象に残っている話は、『生活圏の内閉化』です。今、LINEなど『閉じた』ツールが使われることが増え、人と出会う場所が減ってきています。スマホの有能さが上がってきているからこそ流動化から分断化・同質化へ進んでいるのだそうです。また『生活圏の内閉化』が進むことで、視野狭窄になり、期待値が下がってきているそうです。私もスマホを一日に使うことが多く、ほとんどがLINEなので、これからはLINEに依存するのではなく、人間関係を広げていきたいと思います。(阿部友子さん 1年)
◆ネットはつながりを広げていくことではなく、閉鎖的な環境を作り出しているというのは納得だった。私自身、もっと世界の人とつながりたいとは思っていないからだ。それに、Twitterも友達以外は好きなことについての情報を出している人しかフォローしていない。無意識のうちに、私も広いつながりを求めず、同じ傾向の人とだけ付き合いたいと思っているのだと思う。(中島望美さん 1年)
◆1982年に比べ、2012年は貧困率は上がっている。けれども幸福率も上がっている。これはなぜかというと、友達や恋人、家族などと上手くいっているから、課外の活動が楽しいからなどの理由からだ。不満の強さは希望の実現可能に反比例している。これを社会学では、相対的不満という。期待値を100で現状50点だと、不満度は50だが、期待値60で現状50点だと不満は10になる。現代の人々はもとからの期待値が低いのかもしれない。期待値が下がることでやる気や向上心も下がると思われるためよくない傾向にあると言える。(浅見優衣さん 1年)
◆自分と同じ立場である人しか見ず、自分と違う立場の人を見ないという話にとても共感しました。成功例ではなく失敗例しか見ていないという言葉に納得することができました。家庭環境が良いと学力が上がるということを知りとても驚きました。(村山一樹くん 1年)
◆格差の再生産についての話が印象に残っている。親の収入や家庭環境の差が子供の学力に関係してくることに驚いた。収入が少ない家庭の子供はいくら勉強しても収入が多い家族の子供に学力が及ばないという結果は衝撃的だった。(大塚美穂さん 2年)
◆「友達親子」について。私の親子関係は「友達親子」だと思う。服を共有したり、買い物に行ったり、悩み事を相談したり、と友達に近いことをしていると私も母も認識している。友達よりも母の方が、何でも打ち明けられる。深く関われる友人という人に私はまだ出会ってないのかもしれないが、私は母の方が友達に近いと思う。(本村律子さん 1年)

◆オーサーの話から、どんなこと考えましたか。
◆オーサーの話から、自分や世間を見る新しい「ものさし」を得たような気がします。心配や不安、悔しさやいらだちは確かにない方が楽しいし、充実しているような気がしますが、マイナスな気持ちは期待の裏返しなんだと思えるようになりました。その気持ちが全くなくなってしまったら、何にも期待せず、期待ができないということは、頑張れるもの、打ち込めるものもなく、なんとなく日々を過ごすようなことになってしまうかもしれません。私は部活が大好きですが、頑張りたい分、いらだちや不安もあります。しかし、この気持ちをプラスの良い方向に変えて頑張りたいです。私はまだ明確な目標はありませんが何事にもチャレンジして視野を広げ、刺激的で楽しい人生を送りたいです。(野島春花さん 1年)
◆SNSが出てきてから人々の友達との付き合い方に変化が出てきたなと思った。SNSの登場によるメリットもあるが、土井先生は社会学の視点から、デメリットに着目されていた。スマホは実際にはつながる世界を広げたものの、人々が自らその世界を狭めているから驚きだ。現状ではスマホ依存、ネット依存が進行しているから、すなわちそれは自分たちの世界を狭めている。スマホはつながり依存を過剰にさせる機械なので、使い方に気を付けたい。(滝澤銀河くん 1年)
◆期待値と不満に関しての話は僕自身にも当てはまることがかなりあった。例えば僕も好きな事には期待値を高く臨めているが、嫌いなことは期待値が低いし、勉強についても自分の今の学力、位置で満足してしまっている部分があったかもしれないし、少しでも現状を変えようと努力はできていなかったと思う。これからは様々なことについて期待値を高くして取り組みたいし、そのことに価値を思い出すことも大切だと思う。(荒井駿太くん 1年)
◆現代の人々は偏った情報ばかりを取り入れてしまい、自信が持てない傾向にあるとわかった。私自身も、自分はこの辺まででいいやと満足してしまい、悔しい思いをあまりしていない気がしている。自分には無理だと思って諦めるよりも、やってみて、どうなるのか、自分の力を試してみた方がいいのではないかと思った。これから先、目標を決めて何かに取り組むときには、一歩上の目標を持って頑張っていきたいと思った。(本村律子さん 1年)
◆この本を読んで自分と共通するところがいくつもあったので共感できるところが多かった。友達家族やネットいじめといったものが増えているとは聞いたことがあったが、「どうして増えているのか」「どうしてそう言えるのか」といった原因やそれらの問題点について知ることができた。また、家庭の経済状況によって子の勉強にも影響が出てしまうことには、解決策はないのか疑問に思った。私はこの本を読んで思ったことがいろいろあったが、他の参加者もまた1人1人意見を持っていて、共感できるところ、全く違う見方をしているところがたくさんあって自分の考えが広がった。(納谷夏美さん 1年)
◆社会の中のSNSや人間関係などを様々なデータから分析して見るという、自分はしたことのない経験をすることができました。私は親とは「友達親子」以上の関係だと思います。というのも友達には言えないことも母には話せるからです。実際、私も「キャラ」と日々闘っています。「それは私のキャラじゃない」とよく言っているなと思うからです。一度キャラを作るとそこからなかなか抜け出すことができないのです。自分が抜け出したいのかも最近はよくわかりません。私は小学校の頃に二択クイズをしました。それは「一人の親友or 100人の友達」というものです。小学生の頃は「たくさんいたら楽しい」という理由で、迷わず「100人の友達」を選んでいましたが、今は「一人の親友」をとるかもしれません。これはオーサーが言っていたように、人間関係が閉じられていることに関係しているように思えます。(松橋沙英さん 1年)
◆自分と同質な人、異質な人の両方と関わりを持ち、視野を広くすることが大切だと思った。親の収入が子供の学費や学力に影響し、さらにそれが進学に影響し、さらに学歴が失業などに影響する。経済的に貧しい人は、どんなに努力しても豊かな人には勝てないのかと思ってしまった。本などをたくさん読み、様々な角度から物事を考える必要があると思った。(中村一稀くん 1年)
中央大学杉並高校のサイトにも掲載されています
◆オーサービジット報告と感想
http://blog.livedoor.jp/chusugi54/archives/15617699.html
http://blog.livedoor.jp/chusugi54/archives/15639767.html
◆読売中高生新聞でのオーサービジットの紹介
http://blog.livedoor.jp/chusugi54/archives/17153135.html
◆「みらいぶプラス」で紹介されました
http://blog.livedoor.jp/chusugi54/archives/18696761.html

◆土井隆義先生が他校で行ったオーサービジットも読もう
アイデンティティ論・土井隆義先生+自由の森学園高校の高校生9人