学問本オーサービジット(筑波大学協力)
ネット依存が幸福度のアップに? 狭い高校生の人間関係
~『つながりを煽られる子どもたち』を読んで
アイデンティティ論・土井隆義先生+千葉県立東葛飾高校9人

●オーサー 土井隆義先生
筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻
●参加者 千葉県立東葛飾高校 9人
●実施 2018年2月22日
『つながりを煽られる子どもたち』
土井隆義(岩波ブックレット)
現在の日本人のコミュニケーションは、インターネットの発達によって希薄になっているのではなく、むしろ濃密になっています。子どもたちのネット依存も、LINEのようなアプリの浸透によって人間関係の常時接続が可能になった結果といえます。また、今日のいじめ問題も、そのつながり依存の一形態として捉えることができるでしょう。しかし冷静に考えてみれば、所詮ネットは単なる道具にすぎません。結局はそれを使いこなす人間の問題であるはずです。
では、現代の日本人に「つながり過剰症候群」が広がってきた背景には、いったいどんな事情が潜んでいるのでしょうか。本書は、それを価値観の多様化と社会の流動化という社会現象に求めます。そして、社会学的な観点からつながり依存の心理的メカニズムを解明していきます。抽象的な議論だけではありません。高校生の皆さんや、皆さんが日々接している学校の先生や親など、いろいろな人たちの意識調査の結果を使いながら、今日の人間関係の特徴について考察を行なっています。
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◆先生の研究分野である、アイデンティティ論について簡単にご説明ください。
通常、アイデンティティの問題は心理学のトピックと考えられています。この用語を一般に広めたのも心理学者のエリクソンです。しかし、社会学においても、アイデンティティの問題は重要なトピックとなっています。人間が社会的存在である以上、アイデンティティもその観点からとらえる必要があります。それは、個人の変数であると同時に、社会の変数でもあるのです。
民族紛争や戦争といった国家をまたぐ大きな問題から、犯罪や非行、自傷や自殺といったごく個人的な問題まで、現代社会を生きる人々のアイデンティティをめぐる問題として理解することができます。
◆オーサービジットで取り上げる本から、先生の分野について、何を知ることができますか。
現代人のアイデンティティの特徴がどのようなものであり、それが過去のものとどのように異なっているのかを知ることができます。またその変容がどのような社会背景から生じた現象なのかを知ることもできます。
現代の日本では、社会的な格差が進行し、経済的な生きづらさを抱えた人びとが増えています。そのため、自傷や自殺を企図する者も、過去より高い人数を示しています。しかし同時に、現代の日本では、一般的に幸福度が上昇しており、したがって犯罪や非行は激減しています。このように、表面的には相反しているように見える現象も、その社会背景をよく眺めれば、じつは同根の現象であることが見えてくるのです。
現代社会は、複数の意味の層から成り立っています。その層を一枚一枚めくっていく作業が、いわば社会学の醍醐味といえます。ぜひその作業の知的興奮を皆さんにも味わっていただきたいと思います。
「イツメン」は、学校という狭い空間でのセイフティーネット
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◆オーサーの話でどのようなことが印象に残っていますか。
社会はタテの関係(上司、部下など)、共通の目的がある関係なのに対し、学校とはヨコの関係(同級生、部活仲間など)、毛づくろいの関係である、ということです。学校の場合、この保険である「毛づくろいの関係」よりも、文化祭などの「共通の目的がある関係」の方が強いと聞き、納得しました。クラスなどで、文化祭などの行事で団結力が強まるのは、そういった根拠があったんだなと知りました(工藤凜さん)。
貧困と幸福度の関係について考えさせられました。今の日本の社会では、貧困層と富裕層の断絶が進んでいます。本来、お金のない人は、生活に不満を持ち、またお金のある人を羨み、現状を改善しようとするはずです。しかし、統計によると貧困層においても、今の生活が幸せだと感じる人が多いのです。これは、幸せのレベルが下がってしまっているといえます。また、反対に富裕層は貧困層のことを知ることがありません。この「断絶」に起因する問題として、こどもの貧困、所得による貧困格差などが挙げられます。これらの問題を改善していくために、つながりを広く持つことが必要だと考えられます(山川菜緒さん)。
期待値の話の例えが面白かったです。キツネが2匹いて、上からぶら下がるブドウを取ろうとしますが、届きません。この時、不満が大きいのは、もう少しで手に入れられるくらい高く飛んだキツネの方。一方、もともとあまり飛べないキツネは不満は少ないのです。(中村澪さん)。
資料にある「昔よりも貧困率が上がった現代で、なぜ幸福率は上がったのか」という疑問に対して、その分、期待値が下がったからだ、期待しなくなったことで現状に満足し幸福率が上がったのだ、という結論となりました。これは、現代の若者のネット依存が大きく関係しており、ネットでの閉鎖的な空間を1つの例として、関係が狭まることで視野も狭くなり、周りと自己を比べなくなったことが原因ではないかと言われています(上野詩織さん)。
◆オーサービジットで取り上げられた本について、とりわけ面白いと感じたところはどこですか。
65ページの、「イツメン」に関する内容です。「『イツメン』というものは、いわば『セイフティーネット』で、必ずしも心許し合えるような関係ではない」という内容は、今日の学校空間において、本当にその通りだなと思いました。最近の学生は「イツメン」に縛られすぎている気がするし、本人たちはなぜあれほどにも常に一緒にいるのだろうか、と思っていましたが、あくまで学校という狭い空間でのインフラとしてセイフティーネットを張っていたのだと納得することができました(工藤凜さん)。

◆オーサービジットを振り返って、読書やオーサーの話、ディスカッションから、どんなことを考えましたか。
自分は誰かとの関係やつながりを、必死につなぎとめておきたくてネットをいじっているわけではないと思っていますが、それでも知らず知らずのうちに、それが自分の人間関係を狭くする原因になりうる、という見解を知りました。現実での人付き合い、ネット内での人間関係、どちらも上手に付き合っていく必要があると感じました(上野詩織さん)。
テーマとなった本を読んで、「承認欲求」が人間関係の鍵を握っていることがわかりました。それを受け、承認欲求が私たちの人間関係や営みに、どれだけ深く関わっているのかというのをもっと知りたいと思いました(工藤凜さん)。
日本は少子高齢化が進み、実質的な力と言う意味では、アジア諸国に劣ってしまうのだと思います。ですから、今の生活や狭いつながりに安住せず、スマホを広く活用してより多くの環境を持つ視野が必要です。このような視野をどのようにしたら持てるのか、持っている人に対していじめが起きない環境はどのように作るのかを考えていきたいと思いました(山川菜緒さん)。
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