確率論、金融工学

「期待値」ってどうよ?


中島匠一先生 学習院大学 理学部数学科

第3回 世の中で起きることはすべて確率。宝くじも、金融商品も

 

身近な期待値


「期待値」は、実生活の場面でも重要な考え方です。例えば保険。保険の料金というのはいくらが適正なのでしょう。生命保険を例に挙げれば、死亡時に保険金が支払われるわけですから、自分が死ぬ確率を考えないと、掛け金が高いか否かはわからない。火災保険や旅行保険もそうですね。


事故に遭う確率と、遭わなくて無事である確率があって、普段は無事な確率のほうが大きいのです。しかし、確率は小さいけれど、損害が甚大、となれば期待値は上がり、保険料はそれに対応します。

宝くじも同様です。宝くじが得か、損か。これも期待値の問題に関係しているのです。宝くじ1枚を300円で買ったときに、もらえる期待値はどれくらいなのか、ご存知でしょうか?


宝くじの期待値は、まず宝くじが全部売れた場合を考えます。売れた分の収入があって、当選者には賞金を胴元が払います。全部の当選金額を合計して、それを発行本数で割れば、それが期待値です。公式な数字は確認していないのですが、宝くじでの「胴元の取り分」は、ほぼ2分の1のようです。

つまり300円の宝くじを1枚買うと、その期待値は約150円。みんなが買った宝くじを全部返金するのであれば、期待値は300円になりますが、みんなが買った宝くじから胴元がガバッと経費を引いて、その残りを分配している。そして、胴元が(ほぼ)半分取ってしまっているので、宝くじの当選金の期待値は300円の半分の150円になるのです。

宝くじを買うときは、夢を買っているのかもしれません。しかし、宝くじの期待値は150円だということは、人間の意思や希望とは別の、客観的事実です。宝くじを買うのも買わないのもみなさんの自由ですが、判断の前に期待値について考えてみることをお勧めします。高校の数学の知識があれば、期待値をめぐる「理屈」は完全に理解できるし、すぐに計算できるのですから。

 

病気の治療もそうです。例えば手術を受ける場合、手術を受けて完治したら、自分はこれだけの幸福感を得られる。しかし、手術に失敗したら……そのどちらを選択すべきか。プラスの効果の確率とマイナスの確率を天秤にかけて、どちらが大きいのかを考えて判断するのが基本です。プラスだけに気を取られてマイナスのことを見逃してしまうと、あとで後悔することにもなりかねません。すべての可能性を考慮した上で妥当な結論を導き出すために、期待値は有益な道具の一つとなります。

金融の世界の確率

 

金融派生商品=デリバティブというものがあります。リーマンショックを起こした元凶とも言われていますが、基本的な考えは保険と同じです。デリバティブというのは、「1カ月後に、あるものを買う権利を買う」という商取引で、非常に数学的なものです。先の問題Aの「あるゲームをやります。その妥当な値段はいくらですか」というような問題には数学を使わないと答えが出ません。確率論の中に確率過程の理論というものがあるのですが、確率過程についての新しい理論を金融商品に応用してでき上がったのが金融工学です。確率過程は純粋に数学理論として考察されてきたもので、それが現実の世界で大活躍している、というのはとても面白いことです。
(ちなみに、確率過程の理論に大きく貢献された伊藤清先生は世界的に有名です。伊藤先生は私の勤務している学習院大学の教授をなさっていたこともあります。)

数学科を出て、金融工学へ進んだ人は何人もいます。「金融工学がリーマンショックを起こしたじゃないか」という言い方もできるし、「そのおかげで現代の社会がうまく動いている」という考え方もできます。ちなみに、金融デリバティブは、高校で学ぶ程度の確率論では不可能です。もっと複雑な確率論が必要です。

自分の生活には数学は関係ない、と思っている人も多いかもしれません。しかし、実際には、世の中で起きる事象はほとんどすべて確率に関わっています。また、それらの事象を捉えるには統計が重要です。そして、確率や統計を使って考えを進めるときに重要な役割を果たすのが期待値だ、というわけです。最後に、何かを判断するときには期待値の考え方を応用してみるとよい、というアドバイスをしておきましょう。期待値を考える習慣がつくと、いままでとは違う風景が見えてくると思いますよ。

 

おわり

興味がわいたら

『数学的決断の技術  やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』

小島寛之(朝日新書) 

著者は、経済学博士、数学エッセイストとして、入門書の執筆も多い帝京大学の先生。ギャンブル、自らの進路を決めるとき、重要なプロジェクトを進めるとき、投資するとき…。あまたある決断を、数学的手法をもとに合理的に判断していこうというのが本書。数式が苦手な文系でも大丈夫。「学校では教わらない、“使える"確率――期待値基準」にも触れている。

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『マンガでわかる微分積分』

石山たいら、大上丈彦:著、メダカカレッジ:監修(サイエンス・アイ新書)

微分積分の入門書だが、教科書のおさらいはせず、微分積分の意味を考えることで、この学問領域が表したいことを解説。意味が理解できれば暗記は不要で、知識の一部として公式が頭に入るという。「わかりやすい入門書を作る」がモットーの会社・メダカカレッジの本。

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『やわらかく考える金融工学 ~ツキと後悔のリスク分析』

土方薫(PHP研究所)

株式投資からギャンブル、恋愛まで、日常の取引には、リスクがいっぱい。しかし、リスクは軽視しても、過剰な警戒心を持ってもいけない。投資のリスクを研究する「金融工学」という学問は、将来のリスク(不確実性)を分析するのに有効。そのエッセンスを使って、リスクとは何か考える。

[出版社のサイトへ] ※出版元に在庫無し

『確率論の基礎概念』

A. N. コルモゴロフ、訳:坂本實(ちくま学芸文庫)

コルモゴロフとは、現代確率論の基礎を築いたロシアの数学者。1933年に初版が刊行されて以来、今日もなお確率論研究において絶大な意義と影響力を持ち続けている本の新訳。

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