刑法学

死刑廃止やテロ等準備罪を考える〜社会の変化と刑法の変化

井田 良(まこと)先生

中央大学大学院法務研究科

第6回 死刑制度は残すべきか、廃止すべきか

処罰感情が、刑の重さに影響してはならない

 

現在の日本の刑法にとって最も重要な問題が、死刑制度についてでしょう。

 

死刑を残すべきだとする人が一番に考えるのは、やはり被害者遺族が犯人に対して持つ、正当な処罰を受けるべきだとする感情です。

 

もちろん、被害者遺族の感情を推し量るのは当然だと思いますが、刑法の原則から考えると、法律家の間では、具体的な事件の被害者や被害者遺族の処罰感情が考慮されて、刑の重さに影響してはならないとする見解が一般的です。

 

被害感情には個人差があり、感情を表さない人もいるでしょうし、寛大な心で許す人もいるでしょう。遺族がいない場合もあるでしょう。こうした事情によって刑の重さが変わるのは正当ではありません。また、犯罪が故意だったのか過失だったのかによって刑の重さは大きく違いますし、過失もなければ有罪にすることもできません。故意だとしても精神障害といった理由で責任を問えないこともあります。

 

賛成の人も反対の人も、同じ土俵で議論を

 

そもそも被害感情というのは私的利益であり、「刑法は公益を保護するためのもの」という原則から考えると、私益である被害感情をそのまま考慮するようには最初からできていません。刑法の歴史は、公益と私益が未分化なところから始まり、最初は被害者による犯人に対する報復という形をとっていたのですが、その後、公益と私益を分離し、被害者の私的な利益を守るのは民法または損害賠償法の役割とし、刑法と刑事裁判は公益の保護のための制度となって、現在に至っています。

 

刑法は犯罪予防という公益のためにあるものです。刑法は万能ではないが、しかしより有効な、少しでも将来の犯罪の可能性を減らすという意味での犯罪予防のためにいかにあるべきか。そのためには死刑も最後の手段として必要なのではないか。このように考えれば、死刑に賛成の人も反対の人も、同じ土俵で議論することができるのではないでしょうか。

 

今ある制度をどのように運用していくか

 

死刑について私の意見を述べると、個人的には死刑はやめるべきだと考えています。これは学者としての見解というより、私の世界観・人間観によるものです。ただそうであるとしても、死刑制度を存続すべきか、廃止すべきかという二者択一で議論を終えてしまってはならず、今ある制度をどのように運用していくかについて真剣に考えることも大切だと思っています。

 

私は、次のようなことを考えています。例えば、死刑適用基準をもっと厳格なものにして死刑の適用を制限していくというのはどうでしょうか。というのも、日本の現状では、殺人事件の発生率は諸外国と比べてきわめて低く、ますます減少する傾向にあるからです。

 

また、死刑の執行方法を、現在の日本の絞首刑から薬物注射に変えるのはどうでしょう。絞首刑よりもより恐怖と苦痛が少ないと考えられる方法があるのであれば、それを採用すべきではないでしょうか。スイス等では不治の病などに対する自殺幇助が合法とされており、その際、苦痛なく死ぬことができるといわれるペントバルビタールという薬物が用いられているということです。そこで死刑執行に際しても、ペントバルビタールのような方法を採用すべきではないでしょうか。死刑執行の際に苦痛と恐怖を与えることも刑罰の内と考える人もいるかもしれません。しかし、それこそ残虐で非人道的な行為ではないでしょうか。

 

つづく

興味がわいたら ~本と映画の紹介

『死刑 究極の罰の真実』

読売新聞社会部(中公文庫)

はじめて刑法の問題を考えるときには、死刑の問題から入るのが1つの有効なやり方だと思われます。死刑制度について論じるためには、刑罰の本質や目的に関する理論、死刑制度の現状と実際、犯罪の原因とその対策等々に知らなければなりません。何も材料を持たずにいきなり死刑の存廃を論じるというわけにはいかないのです。死刑の持ついろいろな側面について詳しく触れているという点で本書をお薦めしたい。

 

まずは本書に書かれていることをきちんと理解し頭に入れた上で、死刑についての自分の考えを決めてほしいと思います。死刑を廃止しようとする側の言い分にも、またそれを維持すべきだとする側の言い分にもそれぞれかなり理由があることを、本書から読み取ることができるでしょう。対立側の言い分を無視して自分の考えだけを述べ立てても、それは学問的な主張にはなりません。両方の言い分を踏まえて、双方が納得できるような主張こそが学問的に価値のある主張です。そのような自説を構築することは決してやさしいことではありません。そうしたことを本書から学んでください。

 

本書を注意深く読めば、犯罪と刑罰の理論、刑罰の本質と目的、刑事裁判のあり方などについて学ぶことができる点で、刑事法学入門(特に刑法学入門)として適しています。

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映画『それでもボクはやってない』

周防正行監督作品。現実に忠実な形で刑事裁判を描いた作品であり、裁判のこわさ・難しさを知るには好適の映画。高校生が最初に見る映画としてお薦めできます。

 

映画『ショーシャンクの空に』

スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督。犯罪と刑罰に関する映画の中で最高の名作でしょう。キーワードは「希望」であり、刑事政策と犯罪者処遇の本質に触れる作品です。