刑法学

死刑廃止やテロ等準備罪を考える〜社会の変化と刑法の変化

井田 良(まこと)先生

中央大学大学院法務研究科

第8回 日常の行為と犯罪準備の境目はどこか ~テロ等準備罪

持っているだけで処罰されるものとは

 

早期処罰の処罰の対象となるものには、3つのグループがあると考えられます。

 

第1のグループは、犯人が取り扱うものが明らかに危険であり違法である、少なくとも違法性が強く推定されものです。例えば、爆発物、銃砲刀剣類、麻薬等の薬物、サリン等の化学物質などを対象とする処罰規定です。これは、処罰を早期化しても、反対する人はいないでしょう。

 

包丁を買っただけでも犯罪か

 

第2のグループは、取り扱うものではなく、行為の目的で適法か違法かを区別するもので、殺人予備罪や強盗予備罪のような、予備罪がその典型例です。予備罪は、犯罪を実行しようという目的と、その準備のための行動があれば成立します。

 

例えば、包丁を買った行為が殺人や強盗のためであれば、殺人予備罪、強盗予備罪が適用されるということです。

 

そうはいっても、包丁を買っただけで予備罪を適用されたら大変です。しかし、現実の法の運用を見ると、包丁を買ったというだけでなく、その包丁を持って深夜、被害者の住居に忍び込んだというような客観的行為がなければ、殺人予備罪は適用できません。

 

このように、昔からある予備罪も、「目的」によるしばりが強いため、実際に適用されるのは非常に限定的です。ここでも、「無罪推定原則」「疑わしきは被告人の利益に」の原則が重んじられています。

 

処罰されるべき行為か、日常的な行為か

 

さて問題は、第3のグループで、処罰されるべき行為と、日常的な行為・中立的な行為との区別がきわめて困難な問題について、早期処罰が正当かどうかです。

 

最近の立法を見ると、(1)犯罪のために準備するものの中に社会的には問題のないものが相当あることから、「正当な理由」の有無を問い、犯罪が起こる危険を取り除こうとしているものがあります。

 

また、(2)殺人予備罪、強盗予備罪のような、殺人や強盗といった犯罪目的の要件を不要とし、その行為自体を一定の危険性があるものとして犯罪とするものもあります。

 

さらに、(3)単純所持罪に当たるものを拡げようとする動きがあります。つまり「持っているだけ」で罪になるものを拡大しようということです。

 

テロ等準備罪は犯罪目的の立証が必要

 

処罰の早期化という観点から慎重に対応する必要があるのは第3のグループについてで、こうしたものが増えていることが、日本の刑事立法における処罰の早期化が、従来の枠を越えて新段階に入っているということの現れだと私は考えています。

 

さて、テロ等準備罪については、第2のグループにあたり、なによりも組織としての共同の犯罪目的が立証されなければ適用されませんので、一般の人に安易に適用されることはないと考えられます。私は15年以上も組織犯罪に対する処罰の早期化のあり方について研究し、世界の動向も見てきましたが、そこから見ると、この法律は、かなり丁寧にできていると思われました。

 

刑法について考える際に重要なこと

 

私の信条の1つに「普遍性の追求」があります。日本は違うとか、日本人は特別ということではなく、とりわけ刑法学は、広く普遍性を追求すべきだと考えています。

 

刑法の重罰化・厳罰化、早期化の傾向についても、日本特有のものではなく、諸外国にも基本的に共通しています。ですから、その社会的背景を明らかにするためには、日本に特有の要因を指摘するだけでは十分でなく、世界の先進文明社会に共通する、より普遍的な側面に関心を向ける必要があります。

 

 

 

ここまで、社会の変化と刑法の変化を、死刑制度や最近社会的な関心を持って議論された刑法の改正を例にとり、刑法の歴史や原則に照らしながら考えてみました。

 

私にとって、世の中のことについて学問的に考えることとは、自分の頭だけを頼りにすること、世の中の流れに迎合したり徒党を組んで声を張り上げたりせず、世の大勢に合わなくても自分なりの考え方を持つことです。

 

学問は、一人で自分の道を進む強さを与えるものです。そこに学問の持つ有り難さもあります。「知とは力」なのです。

 

おわり

興味がわいたら ~本と映画の紹介

『死刑 究極の罰の真実』

読売新聞社会部(中公文庫)

はじめて刑法の問題を考えるときには、死刑の問題から入るのが1つの有効なやり方だと思われます。死刑制度について論じるためには、刑罰の本質や目的に関する理論、死刑制度の現状と実際、犯罪の原因とその対策等々に知らなければなりません。何も材料を持たずにいきなり死刑の存廃を論じるというわけにはいかないのです。死刑の持ついろいろな側面について詳しく触れているという点で本書をお薦めしたい。

 

まずは本書に書かれていることをきちんと理解し頭に入れた上で、死刑についての自分の考えを決めてほしいと思います。死刑を廃止しようとする側の言い分にも、またそれを維持すべきだとする側の言い分にもそれぞれかなり理由があることを、本書から読み取ることができるでしょう。対立側の言い分を無視して自分の考えだけを述べ立てても、それは学問的な主張にはなりません。両方の言い分を踏まえて、双方が納得できるような主張こそが学問的に価値のある主張です。そのような自説を構築することは決してやさしいことではありません。そうしたことを本書から学んでください。

 

本書を注意深く読めば、犯罪と刑罰の理論、刑罰の本質と目的、刑事裁判のあり方などについて学ぶことができる点で、刑事法学入門(特に刑法学入門)として適しています。

[出版社のサイトへ]

映画『それでもボクはやってない』

周防正行監督作品。現実に忠実な形で刑事裁判を描いた作品であり、裁判のこわさ・難しさを知るには好適の映画。高校生が最初に見る映画としてお薦めできます。

 

映画『ショーシャンクの空に』

スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督。犯罪と刑罰に関する映画の中で最高の名作でしょう。キーワードは「希望」であり、刑事政策と犯罪者処遇の本質に触れる作品です。