商法学
なんでお母さんが株式会社の会議に出るの? ~会社組織の法
三浦治先生 中央大学 法学部

『高校生からの法学入門』
中央大学法学部:編(中央大学出版部)
いじめ、SNS、ブラックバイト、そして18歳選挙権・・・。法律は、高校生の日常にも大きく関わっています。さらに、民主的で、平等な社会を作っていくための様々な工夫や知恵が、織り込まれています。本書は、高校生のうちから、日常生活の中で訪れる些細なことを「法的に考える」重要性を知ってもらいたく、中央大学法学部の憲法、民法、刑法、商法(会社法)、民事訴訟法、刑事訴訟法、労働法を専門とする9人の先生が執筆しました。商法がご専門の三浦先生は、「第7章 なんでお母さんが株式会社の会議に出るの?」を担当。
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第1回 株主って誰?
「おはよお・・」 〇〇年6月27日朝6時、いつものように眠い目をこすりながら居間にはいってきたのは、彩音(中央八王子大学附属高校2年B組、演劇部所属)。
「おはよう!」と返したのは母・優子だが、彩音が優子を見たとき「あれっ」ちょっと驚いた。
(木曜日はパートのしごとがあるから、部活で早い私よりもっと早く家を出るはずなのに、何かゆっくりコーヒー飲んでる・・・)
「母さん、今日しごとないの?」
「今日お休みもらったよ。今日は、お母さんが株主になってる大村家具の株主総会があるから出てみようと思って。」
(なに、株主? 大村家具? 株主総会? 総会って会議? お母さんが大村家具の会議に出る? お母さん、病院のパート従業員じゃないの? 株って何か怖いんじゃないの???)
「え、何それ」
「あんた、知らないの? 最近朝のニュースでよくやってるじゃないの! 大村家具の創業家で親娘対決があって、今日の株主総会で経営者が決まるのよ。親の側と娘の側が真っ二つだから、お母さんみたいな株主がどっちにつくかで決着がつくかもしれないのよ。こんな機会ないから、行ってみるの!」
(朝のニュースって、そりゃ、朝ご飯のときテレビついてるけど見てないもん。ツムツムしてるんだから。そんなことより、大村家具ってけっこう有名じゃん。お母さんが投票かなんかすんの? 経営者を決める? 何それ)
「なんでそんなとこ行くの・・(よー分からん)」
「だって、へんなことになったら、大村家具の株価がもっと下がっちゃうかもしれないじゃない。お母さんは大村家具が好きなの!」
(株価って、夜のニュースでやってる日経平均株価とかいってるやつのことじゃないの? 大村家具の株価って何なの・・だいたい、なんでお母さんが大村家具の会議に出るの???)

株式会社は人の集まり
母・優子が言っている大村家具というのは、株式会社です。だから、株主、株主総会とか株価といったことばが出てくるのです。大村家具という架空の会社を離れて、一般的な株式会社のしくみの話から始めましょう。
株式会社は人の集まり(団体)ですが、誰が集まっているのだと思いますか? 多くの人は、会社ではたらいている人たちの集まりだと答えるかもしれませんが、法学からいうとまちがいです。株式会社のしくみを定めている「会社法」という名称の法律は、会社は、会社に対して「出資」をしている人の集まりと捉えています。「出資」とはお金の出し方の1つで、「会社のビジネスに役立ててもらえるようお金を出すけど、返してもらわなくてもいいよ」というお金の出し方をいいます・・・ん? 返してもらわなくてもいいとは?? 合理的な行動としては、何の見返りもないのにお金をただ出すだけの人を考えることはできません。
株式会社に出資をすると、出資をした人は、出資をした金額に応じた数の「株式」というものを与えられます。簡単に「株」と呼ばれることも多いですね(母・優子は、大村家具の株を持っている)。いわば、出資金と株式を引き換えるわけです。株式を与えられると、出資者は「株主」と呼ばれることになります。出資をする代わりに、その会社の株主になるわけです。返さなくてもいいお金を集められるのですから、会社にとってはありがたい話です。しかしそれは会社の側の言い分。出資をする人にもうまみがなければ出資をしません。では、株主になると何かいいことがあるのでしょうか。
『高校生からの法学入門』執筆者・三浦先生よりメッセージ

◆三浦先生執筆
「第7章 なんでお母さんが株式会社の会議に出るの?」
本書の第7章では、株式会社の組織に対する私法による規制(会社法)を題材にしました。そして、私たちのまわりにはこれだけ多くの株式会社があるのに、たとえば「株式って何?」という疑問をもっている人が多いのではないかと思い、株式会社のしくみのうちもっとも根本的なところ、つまり「株主って誰?」をテーマにしました。
まず、伝統的な私法の目からみると株主が会社の実質的所有者と捉えられることを、示しています。株主が株主総会で経営者を選ぶことなどを通じて、会社を支配するのが株主であること、そのしくみがわかります。しかし株主もいろいろですから(100万人も株主がいると、様々な人がいるはずです)、株主たちが絶対的な支配者であっても困ります。株式会社は、それ自体、法人として社会において活動し、多くの人たちに影響を与える存在であるからです。社会全体で、会社の活動をチェックしていくしくみも必要です。社会が変われば、チェックのしかたも変わっていかざるをえません(たとえば、メインバンクの影響力の変化、「ある種の多数株主」(これは機関投資家を意味しています)への期待)。
株主を会社の実質的所有者と捉えつつ、株式会社の活動が、適法に、また社会全体にとっても望ましい方向で行われるようなしくみを整えていくことが大事です。そのような中で、株主を会社の実質的所有者と捉えるというもっとも根本的なところにも見直しが必要になってくるかもしれないとも書きました(それは、上記の「伝統的な私法の目」というものに修正を加えていくことでもあります)。
法は社会とともにありますし、他の学問領域とも関連します。法を勉強するということは、よりよい社会をつくっていくために、ひとりよがりの考えに陥ることなく社会に対する見方を育んでいくための、一つの重要な方法だということでしょう。
※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。
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興味がわいたら

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? -身近な疑問からはじめる会計学』
山田真哉(光文社新書)
商法・会社法も多面的であり、企業会計についての法も定めています。本書は10年以上前の新書で、当時のベストセラー。直接には会計を学ぶことを念頭に置いている入門書ですが、登場するストーリーが様々な事業経営のからくりを教えてくれる点は、商法や会社法への入門を助けてくれる書と言えます。
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『シリコンバレー・アドベンチャー ザ・起業物語』
ジェリー・カプラン、仁平和夫:訳(日経BP社)
これもずいぶん以前に刊行された書ですが、著者がITの聖地シリコンバレーで企業を立ち上げ、会社の売却に至るまでの実録物語。おもしろさはいろいろな点に見いだせますが、重厚長大産業における会社像と異なる会社のイメージを、臨場感をもって沸き立たせてくれる点も興味深いと思います。
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『人間ドラマから手形法入門』
奥島孝康・高田晴仁:編(日本評論社)
商法の一分野として、手形法・小切手法も含まれます。本書は、マンガ『ナニワ金融道』や小説『沈め屋と引揚げ屋』などを題材にした、異色の手形法入門書です。『人間ドラマから会社法入門』という続編もあります(こちらは新しい)。
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