日本文化論

学問本オーサービジット(筑波大学協力)

日本人を深く知るための「深層文化」を考える

~『日本の深層文化序説~三つの深層と宗教』を読んで

宗教学・日本文化研究 津城寛文先生+関西大倉中学校・高等学校

津城寛文先生 筑波大学 人文・文化学群 比較文化学類/人文社会科学研究科 国際日本研究専攻

第3回 どこに出しても恥ずかしくない日本の伝統文化~「頂点文化」とは

津城先生:日本の頂点文化というものについて、ここ数年、考えています。「頂点文化」という言葉も、それを英訳した「ピーク・カルチャー」も私の提案した造語です。その意味は、どこに出しても恥ずかしくないと日本人が感じる日本の伝統文化は何かを考えるために作ったのですが、もちろんどの国や地域にも、歴史的に、その土地ならではできなかった文化的達成があります。

 

私の個人的な見解としては、日本の頂点文化は、神道、和歌、能、茶道、武士道にあると思います。それについてみなさんの意見を聞きたいと思います。

 

男子生徒:頂点文化に落語は入らないのですか。

 

津城先生:たしかに落語は一人ですべてを演じ分ける見事な芸ですね。頂点の一つと言っていいかもしれません。ただ落語は大衆芸能であり、楽しむ階層が限られます。その点和歌は、万葉集を見るとわかるように、階層的に天皇から防人まで歌詠みをします。天皇が落語を論じることはないでしょうしね(笑い)。

 

男子生徒:空手、柔道、弓道などは、頂点文化にならないのですか。

 

津城先生:うん、それは武士道で一括しています。

 

女子生徒:(頂点文化に)日本の神仏習合はどうでしょう。日本が平和なのは、いろんな宗教を取り入れた神仏習合にあるって私は思うんです。世界でテロが頻発しているのを見るとそれは見習うべきことなのではないでしょうか。

 

 

津城先生:私は神道で一括しましたが、神仏習合は、非常にいい宗教の形だと思います。神仏習合とは、日本の古来の神と外来の仏教とを結びつけた信仰で、奈良時代から、寺院に神が祀られたり、神社に神宮寺が建てられたりし、平安時代以降は、神社に祀られる神は例えば阿弥陀さまと同体であるというふうに、考えられました。ある僧侶は、こんな歌を詠っています。

 

分け登るふもとの道は多けれど同じ高嶺の月を見るかな

 

宗教の入口はいろいろ違っても、最終的に到達するところは同じだというような歌ですね。同じことを宗教学では、宗教多元主義といいます。神仏習合は、異なる二つの宗教を多元的に捉えることがうまくいった例だと思います。しかも神道と仏教は時に激しく対立しながら互いの良い共通点を見出したと言えます。このように深層文化研究は、宗教の多元性を大切にしつつ、安易な同化の困難さを浮き彫りにする視点を提供します。

 

実は日本だけでなく、世界の宗教においても、多元主義を受け入れる素地はあるのです。例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった宗教は、起源は一神教信仰という原点にたどり着き、救済宗教としての構造は共通しています。根っこのところは、習合しうる共通のものがあるはずなのです。本当は真理も神も一つだったんだけど、その後派生したいろんな教えの違いが原因で憎しみあいや戦争をするようになってしまった。

 

これを解決する方法は、宗教的多元主義の考えかたにあると思います。世界には相異なる信仰や、互が受け入れられない矛盾する信仰はあるけれど、そうした信仰の違いを融合していこうということで、これをシンクレティズム(折衷主義、習合主義)といいます。今後考えるべき大切な問題なのではないでしょうか。

 

興味がわいたら Book Guide

『菊と刀』

ルース・ベネディクト 長谷川松治:訳(講談社学術文庫)

70年くらい前に、日本語もできず、日本に来たこともない文化人類学者によって書かれた、日本論の古典。欠点を含めて、作品として味わう価値のある本です。

 

この本は、誤解を含めて、他者理解とはなにか、どうあり得るかというヒントを多く含んでいます。とくに、課題設定の仕方が、うまい。これはセンスの問題であり、著者が詩人であったことが、決定的です。鈍感な研究者は、何を研究しても、理解が鈍いが、繊細な研究者は、細かい材料を見る前に、何をどう考えるか、見通しができます。そのようなセンスのよさを、視点や課題設定の仕方から、学ぶことができます。作品として、物語として、見事である。

 

冒頭部分で、本書が明らかにしたい課題が、様々に言い換えられています。「生活の営み方に関する日本人の仮定」「日本人をして日本人たらしめているところのもの」「国民に共通の人生観を与える、焦点の合わせ方、遠近の取り方のこつ」「思想・感情の習慣」「習慣がその中に流し込まれる型、パターン」など。まとめると、日本的なパターンを見つけることが、『菊と刀』の課題です。

 

『菊と刀』からは、センスのよさを培うことを、再確認させられます。ベネディクトが採った方法は、文化人類学的なもので、研究対象は「日本人、日本文化」でしたが、他の研究対象も、センスよく扱うべきことを、この作品は例示しています。具体的な知識を得ようとしてこの本を読むと、著者の間違った解釈を学ぶか、あるいはそれを批判するだけか、どちらにしても、表面的な読み方になります。自分の関心のある対象を、どんな方法を使って研究し、どのような作品に仕上げるかの「考えるヒント」にしてください。

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「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま

奥野滋子(ポプラ新書)

超高齢化を迎え、どう生きるかとともに、どう死ぬかを考えることが必要な時代になりました。死生観を考える参考になります。若い人でも、「なぜ生きるのだろう?」と悩む人には、おすすめ。

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『人類は「宗教」に勝てるか』

町田宗鳳(NHKブックス)

世界で起こる宗教的な紛争を、一神教世界の特徴とみて、それをどう超えるかを問うています。

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『「日本文化論」の変容』

青木保(中公文庫)

戦後の日本文化論が、時代ごとにどういう特徴を持っているか、わかりやすく整理したもの。

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