ライトノベルのソムリエ@おススメの1冊

滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』

永田 大輔 (筑波大学大学院人文社会科学研究科院生)

ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ

『NHKにようこそ』などの作品でも知られる滝本竜彦の『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』。タイトルからして奇抜ですが、その内容も一見すると荒唐無稽な作品であるといえます。しかし、同時に若者・思春期に共通する重苦しい感覚を描いた好著でもあります。ますは簡単にあらすじを確認することにしましょう。

 

漫然と寮生活を送っていた高校二年生の山本陽介は、生まれて初めて万引きをし、その戦利品である2キロの肉を家に持って帰る途中で、女子高生雪崎絵里と出会う。絵里は正体不明のチェンソー男と交戦中であり、「世界のために戦っている」という。ただ、絵里が「世界のための戦い」と表現する戦いは陽介からしてみるとひどく個人的な戦いのように見えていた。チェンソー男を撃退した後、絵里に陽介は共にチェンソー男と戦うことを申し出る。そして二人のチェンソー男との放課後の戦いの日々が始まる。

 

このように内容の要約だけ見ても意味がつかみ辛い作品だと思います。基本的には思春期のまとわりつくような無力感を表した作品という点で、以前紹介した『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』と共通したモチーフであるといえます。そうした観点からもう少し内容を紹介していきたいと思います。

 

『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』著者:滝本竜彦/イラスト:安部吉俊(角川書店)
『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』著者:滝本竜彦/イラスト:安部吉俊(角川書店)

続く漠然とした日常とわずかな変化

 

この作品のポイントとなるのは、陽介と絵里が会うのが放課後だということです。つまり、チェンソー男と戦うという荒唐無稽な点を除けば、多少友達との付き合いが以前より薄くなった点はあるものの、基本的には陽介の日常生活はそのまま続いていたということです。ただ男女が普通のデートをするかわりに二人でチェンソー男と戦っていたにすぎません。

 

だから、そんな状況になっても、陽介が漠然と感じていた重苦しさが直接取り除かれたわけではありません。バイク事故で自殺同然に死んでいった能登という友人に対する感慨がみられたり、友人である渡辺が音楽という目標に目覚めていく中で、友人が先に進んでしまうことへの焦りをはっきりとさせていったりします。

 

本作は日常世界とそうでない世界がくっきりと分かれたまま進行していきます。日常での漠然とした“先に行かれた感”が継続したまま、非日常での戦いは「何となく」続いていきます。命をかけたその戦いを何となく陽介は楽しく感じるようになりますが、絵里が実際にどう思っているのかが気になっています。そうした二人の関係性が変化する一方で、チェンソー男の弱体化が始まります。

 

危うい戦いを生き抜くこと

 

しかし、ひょんなことから陽介の転校が決まってしまいます。そのことをきっかけとして、もう少しで倒せるところだったチェンソー男が突然力を増します。そして、チェンソー男というのは、世界の命運などではなく、もっと個人的な戦いであるということが明らかになります。もっと漠然とした絶望感に近い何かであるといえます。

 

それは、思春期の日常に何となくまとわりつく、戦わなければならない何かにすぎません。本作ではそのどうしようもない戦い、つかの間楽しいと思った瞬間に突き放されるような戦いを描いています。確かに陽介と絵里の間にはチェンソー男と戦うことに対する温度差の違いはあるのですが、その戦いは勝てると思った瞬間に、理不尽な形でひっくり返されるかもしれないような戦いです。実際に当ったら一撃で殺されるかもしれないチェンソー男を相手にした戦いを、陽介は絵里と一緒だからという理由で楽しめるようになっています。そしてその楽しめることがチェンソー男との戦いを有利に進めていくにしても、その水際の戦いは“転校”という「大人の事情」によって、あっという間に覆されうる危ういものにすぎないということです。「リア充」になることによって一見終わったかもしれない戦いも、あっさりとひっくり返される危ういものにすぎません。

 

だからといってこうした戦いから逃げるべきだとは私は思いません。この戦いがどんなものかのニュアンスは本文を読んで確かめていただければと思いますが、実際にその戦いは、何となく潜り抜けた気もするし、戦わないすべを覚えた気もするし、もしかしたらまだ戦っているかもしれない。具体的にどう役に立つかなどといったことは言えませんが、意味のある戦いだと思います。チェンソー男に殺されることなくごく“個人的な戦い”を戦っていってください。


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