あらゆる女の子をメロメロにする恋文を書くための文通修行
『恋文の技術』森見登美彦
北尾奈央子さん(愛媛県・新田青雲中等教育学校5年)

最近誰かに手紙を書いたことがありますか? 私たちの世代は、メールやLINEが中心で、ちゃんとした手紙を書いたことがある人は少ないと思います。ましてや、恋文なんていう言葉、最近ではほとんど聞きません。
この本のタイトルには、しっかり「恋文」という言葉が入っていますが、恋愛小説ではありません。主人公の守田一郎は、京都に住む、ふまじめ、かつ変わり者な大学院の1年生。彼はあまりのふまじめさゆえに、「駅以外は何もない」ような地方の大学の研究所へと飛ばされます。友人もいない、恋人もいない、慰めてくれるのは水族館のイルカだけ。そんな孤独を紛らわすために、思いついたのが文通。彼は、ゆくゆくは手紙一通であらゆる女の子をメロメロにする、そんな恋文の技術を身に付けるという壮大な野望を抱いて、京都の友人たちと文通武者修行という手紙のやり取りを始めたのです。
というわけで、この本には、守田君が文通武者修行に使った手紙がすべて収められています。手紙の内容は他愛のない日常の話がほとんどですが、手紙独特の語り口もあいまって、すごく笑わせてくれます。
また、守田君には好きな人がいて、文通武者修行のかたわら、その人に恋文を書こうとします。ですが、恋文は一通もポストに投函されることなく終わってしまいます。なぜかと言うと、それらがとっても気持ち悪かったから…。
例えば、彼は「誇り高く節度ある男」をテーマに恋文を書きました。「惚れて惚れて惚れて、今も君の暮らす方角を見て暮らしおり候。いずれ拝顔の上、御返事賜りたく存じ候」。これでは時代錯誤のよくわからない人だということで、守田君はボツにしました。もっと明るくて親しみやすい手紙を書こう、そう思って書いた次の恋文は、「やぷー。こんちは。守田一郎だよ。毎日暑いね。そりゃそうだよね、夏だもの」。さすがの守田君も、「知性が足りなかった」とボツにしてしまいます。
こうして試行錯誤を繰り返し、彼は最終手段である、相手を褒めたたえるという作戦に出ました。が守田君、そこもひと味違っていました。彼がほめたのは、彼女の耳たぶなんです。あなたの耳たぶの形はすばらしい、と。「そのうぶ毛の一本一本は完璧な調和をもってならび」「それは夢に出てくる不思議な果実のようなで」。もはや恋文じゃなくて、恐怖の文章になっています。

この本の魅力は、なんといっても中身がすべて手紙でできているところです。手紙を書いたり読んだりしている時って、ずっと相手のことを考えていますよね。そうすることで、相手をより身近に感じることができる、それが手紙の魅力だと思います。この本も同じで、中身はすべて手紙ですが、読み進めていくにしたがって、その文通相手の表情とか性格とか、そういったものがより生き生きと見えてくるのです。守田君が5人の人たちとずっと文通を続けることができたのも、ひとえに、手紙に込められた守田君の熱い思いがあったからなのではないかと、私は思います。
また、手紙を読み進めていくにしたがって、話がどんどんつながっていく、そういったストーリーの面白さもあります。果たして守田君、この恋文の技術を身に付けて、伊吹さんに告白することができるのでしょうか。この本には笑える箇所もたくさんあるし、読むと誰かに手紙を書きたくなる、そんな一冊です。
<2014年度全国高等学校ビブリオバトル決勝大会の発表より>※学年は取材時
さ・ら・に・北尾奈央子さん おススメの3冊

『夜は短し歩けば乙女』
森見登美彦(角川文庫)
おススメしたいのは、好きな作者の本だから。キャラの一人ひとりにくせがあるけれど、全員好きになれます。笑えて元気になれる楽しい話です。
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『星の王子様』
サン=テグジュペリ(岩波書店)
シンプルな文体の中にも、とても大切なメッセージがこめられています。絵もあいまってとても綺麗な本です。
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『銀河英雄伝説』シリーズ
田中芳樹(創元SF文庫)
登場人物やセリフの1つ1つがかっこいいい。予想外のストーリーに驚きます。
[出版社のサイトへ]
北尾奈央子さんmini interview
好きなのは
ミステリーやファンタジーが好きですが、面白そうなら何でも読みます。好きな作家は、森見登美彦、赤川次郎、桜庭一樹、アガサ=クリスティー、米澤穂信、北村薫、加納朋子など。
小学生のころ
小学校低学年のときに読んだ『シャーロットのおくりもの』にとても感動して少し長めの話を読むようになりました。中学年の頃は青い鳥文庫をよく読んでいました(特に、はやみねかおるさん)。高学年になると、担任の先生に薦められた本(オーエン・コルファーの「アルテミス・ファウル」シリーズ)をきっかけに海外ファンタジーをよく読みました。「崖の国物語」シリーズやラルフ・イーザウの本が好きでした。