みんなのおススメ

恋愛小説が最後の2行でミステリー小説に変わる!?

『イニシエーション・ラブ』乾くるみ

唐澤和さん(東京都・東京学芸大学附属高校2年)


『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)
『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)

私が紹介する本は『イニシエーション・ラブ』です。「うわっ、女子」って思われた方もけっこういるかもしれません。タイトルからして恋愛物っぽいし、表紙も二人で手つないでいて、しかもカップルつなぎみたいな、少女漫画みたい…。冒頭も「望月がその晩4人目として誰を呼ぶ予定だったのか知らないが、僕はそいつに一生分の感謝をささげなければならないだろう。そいつがドタキャンしてくれたおかげで、僕は彼女と出会えたのだから」ということで、ベタな恋愛臭がプンプンすると思いきや…。本のカバーにある紹介文のいちばん最後が「『必ず二回読みたくなる』。と絶賛された傑作ミステリー」ということで、この本は実は恋愛物ではありません。

ある日、合コンでドタキャンが出たので人数合わせのために来てほしいと頼まれた、ちょっとダサめでお堅い理系の大学生。彼は初めて合コンに行き、マユちゃんという女の子に一目ぼれします。がんばって距離を縮めてラブラブになり、彼女から「たっくん」なんて呼ばれるようになります。2人は静岡にいますが、たっくんが就職して東京に行き遠距離恋愛になります。遠距離恋愛をすると交通費がかかるし、これは、ケータイのない1980年代の話なので公衆電話の電話代もかかるし、あーもうなんか面倒くさいという感じになっていきます。東京でもたっくんのこと好きになってくれる人が現れて…。要するに、前半は恋の始まりから絶頂期で、後半はその恋が、なんとなく終わっていく物語になっています。

ミステリーといえば、人が死ぬとか、物が取られるとか、犯罪が起きて探偵が出てきて解決してくれるみたいな感じですが、この本には犯罪もないし、別に謎を解くわけでもありません。『イニシエーション・ラブ』の「イニシエーション」とは、通過儀礼という意味。この物語の中でのイニシエーションは、初めて付き合った人との出会いと別れが、通過儀礼としての恋だというような意味です。


唐澤和さん
唐澤和さん

こうして読み進めていくと、最後2行で「あれっ? これ恋愛物じゃないの?」となります。それは、実は夢オチだったとか、その2行に衝撃的な意味があるというわけではありません。その2行は本当に普通の文章。すごく普通の文章ですが、「あれっ? えっ? えっ?」となって、少しずつ前を見返したくなって、見返しているうちに「あれこれ全然違う。恋愛物じゃない。えええ?」となって、もう一回読み返して、「ああ、ミステリーだ」と。そんな、だまされる快感が味わえる本だと、私は思っています。

ちなみに、1980年代が舞台なので、一つひとつの章に昔の曲などのタイトルがついていたりという伏線もあります。時代背景的なもの味わいながら読むと、面白いです。ミステリーが好きな人も嫌いな人も、ぜひ、だまされてください。


[本の出版社のサイトへ]


<2014年度全国高等学校ビブリオバトル関東甲信越大会予選の発表より>※学年は取材時