過去を懐かしむ主人公に愛着。朗読すれば理解も深まる
『桜の園』チェーホフ
宮内和さん(東京・江戸川女子高校1年)

ロシアの劇作家チェーホフの『桜の園』という作品は、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』などと同じく戯曲です。戯曲とは、舞台の台本のことで、登場人物たちのせりふのみの構成になっています。登場人物の容姿や置かれている状況、風景は、すべて登場人物たちの会話の断片から、読者が想像して読み進めていくことになります。
『桜の園』は、登場人物たちが大切にしている美しい庭。主人公の女地主ラネーフスカヤたちは貧しくなり、借金を返すために、「桜の園」を売らなければならなくなりました。そんな17世紀ロシアの貴族が没落していく様子が描かれています。
ラネーフスカヤは、物語の主人公にありがちな明るくて前向きでみんなに慕われているというような人とは真逆のタイプです。とても弱い人で、見えない未来におびえ、震えてうずくまっている。決して憧れるような女性ではありません。けれども、彼女が過去を懐かしむ様子が描かれていて、私はこの人を身近に感じました。
「ああ、私の子どもの頃、清らかな時代! 私、この子ども部屋に寝て、ここから庭を眺めたものよ。庭もこの通りだった。そっくりそのまま」
これは、ラネーフスカヤが子どもの頃を過ごした桜の園の子ども部屋に戻ってきて、過去を懐かしんでいるせりふです。このせりふから、この人は弱い人だけれど、私たちと一緒だなと思い、愛着を持ちました。
最後まで読み終え、今度は、一番愛着を持った登場人物であるラネーフスカヤのせりふを朗読しながら、読み進めました。すると、初めて読んだ時は、霞がかかっていてはっきり見えなかった文章たちが、声に出して読むことで、少しずつだけれどはっきりと見えるようになりました。
初めて読んだ時にラネーフスカヤに抱いた印象は、「この人は桜の園が好きなんだ」という軽い印象でしたが、2回目に声に出して読んだ時には、机や本棚にまで声をかけるなんて、この人は狂っているのではないかと私に思わせるほど、桜の園が好きなのだと思いました。
また、最初は、ラネーフスカヤが成長できたと思いました。しかし、2回目に声に出して読むと、この人は本当に成長できたのかと疑問に思いました。そう思わせられた一文を朗読したいと思います。
「ああ、私の愛しい、懐かしい、美しい庭。私の生活、私の青春、私の幸福。さようなら」

これはラネーフスカヤが桜の園に別れを告げているシーンです。これは自分から別れを告げることができたのか、それとも状況がそうさせたのか。もっとじっくり読み込んでみようと思います。
最終的には桜の園を手放すことになります。だからバッドエンドなのかもしれません。けれど、最後の方のせりふから、新しい生活に向かって行くことが想像できます。「桜の園」は希望を見いだすことができる話だと私は思っています。
<全国高等学校ビブリオバトル関東甲信越大会予選の発表より>
さ・ら・に・宮内和さん おススメの3冊

『スノーグース』
ポール・ギャリコ 訳/矢川澄子(新潮文庫刊)
醜く孤独な絵描きと少女の交流を描いた「スノーグース」。口を閉ざして言いたいことを言わないで、最後まで大事に抱いているところとか、切なくて胸がしめつけられますが、すごくキレイで読後は心があらわれるような感覚になれます。
[出版社のサイトへ]

『ムギと王さま(ファージョンの作品集3)』
エリナー・ファージョン(岩波書店)
ファージョンは、アンデルセンにつづくファンタジーの大家と言われています。たくさんの空想がつまっていて、何度読んでも毎回ページをめくるのにとてもワクワク! 体がふわふわ雲みたいに軽くなってファージョンの想像の世界に迷い込みます。
[出版社のサイトへ]

『夏への扉』
ロバート・A・ハインライン 訳/福島正実
(ハヤカワ文庫SF)
タイムトラベルを扱ったSFの名作。軽やかな語り口で気持ちがいいほどつるつるすべりおちていって、ページをめくる手がとまらない! すっきり爽やかな気分になります。たくさんの人に読んでほしい、未来への希望にあふれる作品です。
[出版社のサイトへ]
宮内和さんmini interview
好きな 作家
好きな作家は、泉鏡花、三島由紀夫、ポール・ギャリコ。
小学生のとき
『更級日記』が大好きでした。本が好きな女の子が、読みたい!って思っているところなどが、すごく共感します。