みんなのおススメ

怖い話に自ら入りこんでしまう著者の世界観につかる

『怪談―不思議なことの物語と研究』ラフカディオ・ハーン

浦山草くん(東京・渋谷教育学園渋谷高校2年)

『怪談―不思議なことの物語と研究』(岩波文庫)
『怪談―不思議なことの物語と研究』(岩波文庫)

小泉八雲という名前でも知られるラフカディオ・ハーンの、長いものは10ページくらい、短いものは2ページくらいの短篇集です。日本で長い歴史に培われた「怪談」という文化が海外へと伝わったという意味で、文化的にも価値ある一冊です。

僕は怪談が好きでよく読んだり観たりしますが、ある日、B級のホラー映画を観ながら、怖いけれども、物足りないと思ったことがありました。その帰りに、書店で、口直しに、この『怪談』という本を手に取りました。するとこれが面白くて、帰り道、けっこう電車で時間がかかるのですが、車中で読んでいて、気が付いたら僕の降りる駅になっていました。時間がたっていることが全くわからなかったのです。あんなに引き込まれる本はなかなかありませんでした。

 

怪談というのは、引き込まれる方が面白いと思います。頭までどっぷりつかりたくなるような世界観と、どっぷりつかった後にうわっと襲いかかってくるような迫力のある怖い人たち、怖いものたち。それが両方あれば本当に面白いし、両方を備えているのが、この本です。

 

著者の面白い逸話があります。彼は、怖い話を話すのが上手だからという理由で結婚相手を選んだとして知られています。妻に対して彼は、毎晩、ロウソクだけをつけて電気をすべて消して「怪談を話してください」と言ったそうです。彼は、彼女が話している最中に、「どんな夜でしたか? 風はどんなふうに吹いていました?」などと説明を求めます。僕は最初この話を聞いた時に面倒くさい人だなと思ったことをここで告白します。でも、後で、考えが変わりました。

 

『耳なし芳一のはなし』を書いている最中のこと。妻が、ラフカディオ・ハーンにちょっと声をかけました、「芳一?」と。『耳なし芳一のはなし』はタイトルからもわかるように芳一が主人公です。「芳一?」と話しかけられたラフカディオ・ハーンは、「はい、私は芳一でございます」と返事をしたそうです。こんなに集中する人の世界観だから、入り込めないはずがありません。そして入り込めば、入り込んだだけの怖さがまた戻ってくるのです。

 

怪談が好きじゃない方も、この本は面白く読めると思います。怖い話ではないものも含まれていますが、それはそれで、彼の怪談と同じ世界観で語られるからこそ、面白い。それがこのラフカディオ・ハーンの『怪談』です。

 

浦山草くん
浦山草くん

ちなみに、「かけひき」という話が僕は好きです。たった2ページの話ですが、オチが秀逸です。ある日、役人の前に引っ張られてきた罪人が、役人に向かってこう言い始めます。「私は確かにこの場に捕まっていますが、これは私が悪かったからじゃありませんよ。私がばかだから、こんなふうに捕まっちまったんです」。そして、「あんた、これはたたられますよ」と。役人は全然臆さず「たたられるもんならたたってみろ。お前が本当に恨んでいる証拠として、お前の首が斬られた後に、そこに置いてある石にかみついてみせろ」と。罪人は「かむよ!」と言い返す。処刑後、首がぽんと落ちて、ころころ、ころころ、石に近づき、 「がぶっ!」と、本当にかんでしまう、そして…。ここからがオチにつながっていく秀逸な場面なので、この先は絶対に話しません。ぜひ買って読んでください。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル関東甲信越大会予選の発表より>

さ・ら・に・浦山草くん おススメの3冊

『重力ピエロ』

伊坂幸太郎(新潮文庫)

物語文では、ストーリーの爽やかさや明快さ、「伝えたい事」の内容が重要だと思います。この本では、少年犯罪、望まれない子供、親子の死別や不治の病など扱われているテーマは目を覆いたくなる程重いのですが、ラストまで軽々と読めました。この本の体裁がミステリーであり、最後まで「読ませる」工夫がなされているうえ、何よりもキャラクターの飄々とした「味」、一人一人にある魅力が、絶妙にこの本の重さを取り払ってくれるのです。ちなみに私のイチオシのセリフは、「本当に大切な事ほど軽快に伝えるべき」です。

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『魍魎の匣』

京極夏彦(講談社文庫)

この本はまず外観から語るべきです。この本は、文庫版でもまるでレンガのようにぶ厚く、夜通し読んでも2日ほどかかる代物です。しかし内容の質はその量的ハンデをものともなくカバーし、ラストの頁で明らかになる事実に、鳥肌と「もう1度読もう」という気持ちを引き起こします。さて肝心の内容ですが、タイトルが暗示するようにこの本は「魍魎」という日本の「怪談」をモチーフにしています。そのため興味のない人は「長すぎる」と考える向きもあるかもしれませんが、読書に慣れのある人や興味のある人には、ぜひおススメです。自らの心に劣等感を感じる刑事、「憑き物落し」の古本屋、売れない小説家らが様々な事件に関わっていくミステリーです。 

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『進化した猿たち』1~3 

星新一(新潮文庫)
全3冊のエッセイ集です。テーマは「一コマ漫画」。日本では風刺絵を除いてあまり目にしない形式の「一コマ漫画」について、氏が収集した実例ものせて、軽妙に語っているユニークな本です。『死別を楽し』(死刑)、『水晶球の周辺』(占い)などジャンルごとに分類されているのも特色となっています。星新一氏はショート・ショートの大家として有名ですが、彼の人生観のようなものが垣間見られるのも魅力です。

浦山草くんmini interview

好きなジャンル

ジャンルは問わず読みますが、ホラーもの、ミステリーものが特に好きです。伊坂幸太郎、平山夢明、畠中恵さんの本を最近は読みます。


小学生のとき

『デルトラ・クエスト』を好んでいました。ある少年が自分の国を支配する魔王を退けるべく冒険を繰り広げる正統派ファンタジーです。


影響本

『江戸の妖怪革命』(香川雅信/角川ソフィア文庫)、『妖怪文化入門』(小松和彦/角川ソフィア文庫)、『遠野物語』(柳田國男)など怪談にまつわる本を読むうち、民俗学・人文科学に大きな興味を持つようになりました。


今年のBest

『影の現象学』(河合隼雄/講談社学術文庫)です。人間の悪や無意識など普段目立たない、目立っても不可解な部分(=影)を心理学、物語論など多角的にアプローチしているのが関心をそそりました。思想色、啓蒙的傾向が少なめなのも信憑性が高いと感じました。

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これから

「怪談」本は読んでいきたいと思っています。もっと現代の都市部を舞台にした怪談が読みたいです。