みんなのおススメ

一日分の寿命とかけがえのない宝物、どちらを選ぶ?

『世界から猫が消えたなら』川村元気

安部蒼馬くん(兵庫県・滝川第二高校2年)

『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)
『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)

もし自分の寿命が残りわずかだと知らされ、あなたの宝物と引き替えに明日一日だけ寿命を延ばしてあげましょうと持ちかけられたとしたら、皆さんは取引に応じますか。こんな突拍子もない「もし」を描いた本を紹介します。

この本は一人の青年の七日間の物語。主人公は、映画鑑賞が趣味で、家には一匹の猫がいて、普段は郵便局に勤めている、そんなごく一般的な人物です。ある日、彼は、医師に「あなたの余命は残りわずかです」と宣告されます。悲観に暮れ自宅に戻ると、そこには「はじめまして、私、悪魔ッス」と名乗る、アロハ服を着た男がいました。主人公は混乱します。自分では絶対に着ないようなアロハ服、そして自分と真反対の性格。しかし、その悪魔は、自分とそっくりの容姿をしていたのですから。

悪魔は言います。「あなたの身のまわりにあふれるものから、私が何かを一つ選びます。もし、それをあなたが『消せる』と言えるのならば、あなたの寿命を一日だけ延ばしてあげましょう」。この「悪魔の傷」という行為は、本当にものを消滅させるのではなく、世界中の人からそれが認識されなくなってしまうということでした。

主人公は悪魔の提案に乗ります。主人公にとって悪魔が示したものは、命のためなら惜しくないものばかりでした。チョコレート、携帯電話、映画、時計…一つ、また一つと消して、新しい一日を得ていくのです。

しかし、本来ならなかったはずの一日の中で、彼は自分の消してきたものが、実は彼にとって本物の宝物だったということを思い出すのです。そして、悪魔に「あなたの隣にいる猫を消してしまいましょう」と持ちかけられたとき、主人公は亡くなった母親を思い出します。主人公の母は、よく「何かを得るためには、何かを失わなくてはね」と言っていました。母のパートナーであり、家族をつないでいた猫を消すことに耐えられなくなってしまった主人公。それでも、悪魔は残酷に、残りの時間が短いことを告げます。主人公は最後に判断を下します。猫を取るのか、自分の命を取るのか、ぜひ、本を読んでお確かめください。

安部蒼馬くん
安部蒼馬くん

「たとえ、つまらない人生であろうと、かけがえのないものたちに囲まれたこの世界は美しい」…これは、主人公が悪魔との対話で言った言葉です。いま身のまわりにあふれるものたち、それらは誰かの過去を作ってきたもので、そして、誰かの未来をこれから作っていくものばかりです。私もこの本を読み終えて、身のまわりにある世界を見直したいという気持ちにかられました。私たちは、この本の主人公ほど苛酷な選択を迫られることは少ないでしょうが、別れを避けることはできません。大切な人、大切な思い出、いつかは失いたくないもの全てにさよならを言わなければなりません。そうなった時に、別れを受け止め、そして、失うことの痛みに耐えることが「生きる」ということなのだと、この本に教えられました。そして、かけがえのないものが、いま存在していることこそが奇跡なのだと、悪魔はこの本を通じて言っていたのです。


[本の出版社のサイトへ]


<全国高等学校ビブリオバトル決勝大会の発表より>※学年は取材時

さ・ら・に・安部蒼馬くん おススメの3冊

『ノルウェイの森』
村上春樹(講談社文庫)
他者と繋がることでしか自分を確立できないにも関わらず、他人との距離を上手く保つことが出来ない主人公に共感しました。

[出版社のサイトへ]

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』
七月隆文(宝島社文庫)
余計なことは書き込まず、それでいて伏線や胸を打つ表現が散りばめられている所が好きです。表紙も心惹かれます。

[出版社のサイトへ]

『猫物語(白)』(物語シリーズ)
西尾維新  絵:VOFAN(講談社)
シリーズを通して登場するヒロインに焦点を当てた作品で、主人公に対する思いや秘めていることなど普段の姿には見れない内面が暴露されていて好きになりました。

[出版社のサイトへ]

安部蒼馬くんmini interview

好きなのは

ジャンル:SF
作家:村上春樹、西尾維新、夏目漱石


小学生のころ

小学3年生頃から意識して本を読むようになりました。最初のおっかけは村上春樹、『ノルウェイの森』でした。


2014年印象本

漫画:『寄生獣』(岩明均/講談社)、『東京喰種』(石田スイ/集英社)
甲乙付けられません。どちらも主人公が、人間と敵対する存在に深く関わるようになる作品なのですが、それぞれの歩む道が正反対で二人のどちらが正しい、間違っていると言い切ることが出来ずに、手に汗握って読んでいます。

[出版社のサイトへ]