村の龍神信仰の行方と、龍神の恋の行方が気になる
『夜叉ヶ池』泉鏡花
西野光柚さん(石川県立金沢錦丘高校2年)

「水の源(もと)はこの山奥に、夜叉ヶ池と申します。凄(すご)い大池がございます。その水底(みなそこ)には竜が棲(す)む、そこへ通うと云いまして――毒があると可恐(こわ)がります。――もう薄暗くて見えますまいけれども、その貴客(あなた)、流(ながれ)の石には、水がかかって、紫だの、緑だの、口紅ほどな小粒も交(まじ)って、それは綺麗でございますのを、お池の主の眷属(けんぞく)の鱗(うろこ)がこぼれたなんのッて、気味が悪いと申すんでございますから。……」
これは泉鏡花の『夜叉ヶ池』の一節です。その昔、龍神が棲むといわれていた夜叉ヶ池という池がありました。そしてその龍神は、池のふもとの村に住む人々に、「一日に鐘を三度突き鳴らせば池から出て暴れたりはしない」と約束をしたのです。そしてその約束は、萩原晃とその妻の百合たちによってずっと守られてきました。しかし、あることがきっかけで村の龍神信仰が崩れ、「本当に龍神なんているのか」「いるともわからない龍神との約束なんて、守る義理ないない」と、疑念が生じてしまったのです。果たして、龍神との約束は守られるのか。萩原夫妻はどうなってしまうのか。そんなお話になっています。
私がこの本をおもしろいと思った二つのポイントをご紹介します。一つは、この物語が二つの視点で描かれているという点です。一方は人間サイド、人間である萩原夫妻と村人たちです。そしてもう一方は龍神サイド、龍神である白雪姫とその従者たちによる視点です。人間が良かれと思ってやったことが、実は龍神たちにとってはいらぬお世話だったり、逆に龍神たちは人間に祀ってもらっているにもかかわらず、「人間なんてどうでもいいわ」といったりするスタンスなんです。この二つの視点を通して見る、龍神と人間とのすれ違いや空回り具合に、とても引き込まれます。
二つ目は、龍神である白雪姫がとても人間味のあるおもしろいキャラクターをしている点。白雪姫は「人間なんてどうでもいいわ」と、人間に興味がない。白雪姫がほかの神様に恋をしていて、人間どころじゃないからです。白雪姫は村なんか捨てて、その大好きな神様に会いに行きたいんです。龍神なのに普通の女の子みたいに恋をしていて、一生懸命で、とてもいじらしくてかわいらしいですね。そして、とても共感できました。ぜひ、白雪姫の恋の行方にも注目して読んでみてほしいです。

『夜叉ヶ池』は、今から130年前に書かれたとは思えないくらい、設定や登場人物が今のライトノベルに負けず劣らずコミカルです。文体は少し古く堅い印象を持ってしまう人もいるでしょうが、その堅くまっすぐな描写だからこそ、鏡花の描く美しい澄んだ世界が読者の心に届くと思います。ぜひ、この泉鏡花の世界に足を踏み入れてはみませんか。
<2014年度全国高等学校ビブリオバトル決勝大会の発表より>※学年は取材時
さ・ら・に・西野光柚さん おススメの3冊

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
桜庭一樹(角川文庫)
1人の少女の結末に気づいていたはずなのに、目がそらせなくなる。引き込まれる世界観が好きです。
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『下流の宴』
林真理子(文春文庫)
「格差」を扱ったホームドラマ。NHKでドラマ化もされました。私が勉強を頑張る根底には、やはりこの作品があります。
[出版社のサイトへ]
西野光柚さんmini interview
好きなのは
小説が好きです。作家は、西尾維新、桜庭一樹。
本好きになったきっかけは『盲導犬クイールの一生』。
小学生のとき
『いつでも会える』(菊田まりこ著)
大好きな人がいなくなってしまったイヌの話。幼いながらに何度も読んで泣きました。私は飼い犬との別れを一度経験しているので。
2014年印象本
『紙の月』(角田光代さんの小説)
これから
生物系の進路を目指しているので、関連する面白い本があれば読みたいです。