自分の人生と愛する息子のために笑って生きる
『どこ行くの、パパ?』ジャン=ルイ・フルニエ
阿部愛利咲さん(東京・関東第一高校2年)

ジャン=ルイ・フルニエは、2人の息子への思いを率直に書きつづりました。2人の息子は、背骨は曲がり、1歳から身長は伸びず、目も耳も使えない重度のダウン症児でした。
それは、ジャンにとって、食事をしているときも寝ているときも仕事をしているときも、ずっと付きまとってくる事実です。私はそれにとても共感しました。というのも、私の祖父が認知症だからです。15年前に発症し、今は重度の症状です。中度になると、自分の子どものことも忘れます。でも体は元気です。だから、祖父はしばしば父のことを、知らない男が来たと思って、殴ったりしていました。また、深夜あられもない格好で近所を徘徊し、私たちがそれを捕まえに行くといったこともありました。重度になるとどうなるか。もう歩くことはできず、筋肉が衰えて鶏がらみたいに脚はなっています。
ハンデを持った子どもたちの親が、自分の子どもを天使だと言うことがあります。私はそれをとても不自然だと思っていました。もし本当に天使だとしたら、どうして施設なんかに預けるのでしょうか。どうしてそのことで思い悩まなくてはならないのでしょうか。それは、天使ではないからです。ではどうして天使だと言うのか。それは笑って話すためです。ではどうして笑わなくてはならないのか。親子というのはセットのように扱われるし、確かに二人三脚で歩むこともあるでしょう。けれども、ハンデを持つ子どもの親も、それとは別に自分の人生も両立させなくてはなりません。両立させるために、自分の息子にハンデがあることだけを考えてはいられません。
筆者のジャン=ルイ・フルニエは、フランスでは有名なプロデューサーであり、コメディアンであり、数十年間人々を笑わせ続けてきました。けれどもその間、彼は妻と離婚し、最初の息子は空が見えるようになった2日後にこの世を去り、次の息子は30歳になってもよだれを流すしかない、大きな赤ちゃんでした。5年たっても10年たっても改善されることはありませんが、それでもジャン=ルイ・フルニエは笑って生きなくてはなりません。なぜか。それは自分の息子のことを愛するためです。
この本は、ドキュメンタリーでノンフィクション、詩集でエッセイでもありますが、一番の特徴はなんと、ユーモア集であるということ。ハンデを持った息子たちとの話を、笑いに変えています。ブラックジョークも利いています。私たちは思わず笑ってしまいますが、そのあとにどうしてこんなことを彼が言ったのかを考えると、悲しいような寂しいような…そういう彼の思いが詰まっています。
皆さんにもあるでしょう。深夜思い出して涙を流すような出来事が。でも前向きに生きなくてはならない。それが、この本の中に描かれていることなのです。

ハンデを持った子どもたちに向けられる顔というのは、ほとんどが憐れみだったり嘲笑だったりします。だから自然に笑顔で接することが大事なことだと、彼は子どもたちに寄り添って生きるうちに気づきます。私の祖父はもうあまり話もしませんが、私はこの本を読んでから、学校であったことを話せるようになりました。それまでは反応がないので怖くてできなかったことです。
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<全国高等学校ビブリオバトル関東甲信越大会予選の発表より>
さ・ら・に・阿部愛利咲さん おススメの3冊

『刺青・秘密』
谷崎潤一郎(新潮文庫)
私が本格的に読書をはじめたきっかけの本です。谷崎自身の処女作でもありますから、マゾヒズム文化の流入と日本式の耽美を世に知らしめただけあって魅せられます。
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『パン屋再襲撃』
村上春樹(文春文庫)
内容はコメディなのですが、文章は実存主義風味。そのミスマッチさが逆に味を深くさせています。マクドナルドに行きたくなる一冊。“神もジョン・レノンもみんな死んだ”という一文が印象的。
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『悪童日記』
アゴタ・クリストフ 訳/ 堀 茂樹 (ハヤカワepi文庫)
戦時下の貧困の中で起きる様々な情景を、子どもの手記という設定で端的に描いています。しかしシンプルであるからこそグロテスクに浮かび上がる飢餓・性愛・暴力・悲哀が伝わってきます。
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阿部愛利咲さんmini interview
好きなジャンル
実存主義・耽美派の作家さんたち。現代ならマッチョな社会への怒りを描いた女流作家たち。
きっかけ
月に40冊読むことがあるくらいに本が好きです。好きなブロガーが谷崎を紹介していて、「刺青」に読書の素晴らしさを教えてもらいました。
2014、印象に残った本

デヴィッド・マドセンの『グノーシスの薔薇』(KADOKAWA)。異端とされるキリスト教グノーシス派と中世の貧困を描きながら、キリスト教の「本音と建前」を教えてくれました。
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