君がいる俳句のセカイ

第1回 僕は吸盤人間誰にでも吸ひつく夏(林雅樹)


俳人 佐藤文香さん

―俳句甲子園で活躍する高校生が主人公のマンガ『ぼくらの17-ON!』の中に登場する俳句を担当

俳句がつまらなかった経験、ないですか。国語の授業とか、宿題とか。どうせ古池だろ、と思っていませんか。そんなあなたには、ちょっとこの句を読んでほしいのです。

  僕は吸盤人間誰にでも吸ひつく夏 林雅樹

私 「近寄らないでください! 私、汗でべとべとなので!」
雅樹「べとべとなのがいいんじゃんか♪」
私「雅樹さんだってべとべとじゃないですか! てか吸盤人間ってなんやねん! 気持ち悪い!」
雅樹「だーからー、べとべとなのがいいんだって♪」
私 「ひーっっ!!」

誰にでも吸いつくようにべたべたする人っていますが、「僕は吸盤人間だから」と居直られてしまっては、どうすることもできません。いや、別にこういうことがあったわけではなく、俳句の中の主人公が作者というわけでもありませんが、この句を読んだだけで、こんなシーンが無駄にリアルに迫ってきます……。

上記の句、生理的に無理という方もいらっしゃる一方、ちょっと面白いと感じた方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

人を笑わせるものというのは、漫画や漫才を思い出してもらえばわかっていただけるとおり、価値のあるものです。それならこれも、「アリ」じゃないか。あ、「生理的に無理」と思わせるってのは、芸術かもしれません(芸術じゃないかもしれませんが)。

俳句にはもちろん、格調高いもの、綺麗なものがたくさんあるし、たった17音でそれが書けるというのは、俳句のよさのひとつです。でも、それと同じように、アバンギャルドなことも書けるし、先ほどの句のようにアホなことも書けます。モネがいればピカソもいる、赤塚不二夫もいる、みたいな(たぶん)。それぞれ、いいものです。

私は俳句と出会ってかれこれ17年になるのですが、いろんな俳句があって、未だに俳句に飽きそうにありません。で、自分の好きなものは人にごり押しで紹介したいタチなので、ここでご紹介させていただいているわけです(最近好きなものと言えば、トムヤムクンとサンラータンも紹介したいです)。

私の俳句友達の一人である又吉直樹さんも、俳句について、こう言っています。

――なにより、十七音という限られた字数の中で、あらゆる事象を無限に表現できる可能性を秘めている俳句を心底カッコ良いと思った。(『芸人と俳人』より)

左は又吉直樹さん、右が佐藤文香さん
左は又吉直樹さん、右が佐藤文香さん

そうなんです。かっこいいんですよ! 俳句は。

そういえば、仲いいヤツで「芭蕉」って呼ばれているのがいますが、毎日ツイッターで「俳句」と検索しては、誰かが「今日の俳句」みたいにつぶやいているのを見つけて、「この表現がいいと思う」とかポジティブに絡んでいるんですよね。タレントの有吉弘行さんがたまたまツイートした俳句に絡んでいたときは、誰もが「マジかよ…」と思いました。まるで吸盤人間。


「芭蕉」くんは、性格はふつうによくて、純粋に俳句好きな人を増やしたい、と言うんです。将来の夢は全国各地をまわって句会すること、だそうです。そりゃ、たしかに芭蕉だ。

ツイッターって誰でもつぶやけるし、140文字もあれば俳句なんて10句くらいつぶやけるし(俳句は17音だけど文字数にすると漢字が入るので13文字くらいになる)、そこで俳句って言っている人と友達になって、俳句に導くって、なんとなく無理じゃなさそう。

だから、私たち(俳句書いている人)が面白い句を書き続ける限り、今生きてる誰かにどこかで届くんじゃないかという希望があります。それを読んで面白いと思ったり、俺も書いてみるか、と思ったりする人がいていいんじゃないかと思っているのです。

ここまで読んでくださったあなたに、もう一句。

  犬は海を少年はマンゴーの森を見る 金子兜太

犬と少年が並んでいる、ここは島なのでしょう。もしかしたら1人と1匹で流れ着いたのかもしれません。はるか遠くに思いを馳せているような犬と、とにかく生きていかなきゃならないと思っている少年。その視線の先には、日本では想像もできない魅惑的な森が。なんともエキゾチックな作品。


実はこれは、金子さんが戦争中にトラック島に行っていたときの俳句なんですが、それを知らなくても、生命力と愛らしさを感じることができます。


どうですか? 俳句。私も、この記事をご覧のあなたに対して吸盤人間になって吸いつきつつ(もう秋ですけど)、次回は別のタイプの俳句も紹介していきたいと思います。

佐藤文香のHAIKU BOOK CAFE 1

『芸人と俳人』

又吉直樹×堀本裕樹(集英社)
対話形式ながら正攻法の俳句入門書です。今日から本気で俳句を始めたいというあなたにもってこい。〈爪切りと消ゴム競ふ絵双六(えすごろく)〉は、双六の駒を手近な素材で。新年の一日を過不足なく切り取った句。かと思えば、〈激情や栞(しおり)の如き夜這星(よばいぼし)〉。溢れる思いが夜空に広がって、そこにひとすじ、栞のように流れ星が光る、実感とファンタジーの合わせ技。どちらも又吉さんの作品です。あなたもこんな句がつくれるかな?

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『合本 俳句歳時記』(KADOKAWA)

俳句を始めるなら、季語を知りたくなりますよね。中学校で覚えさせられた経験から、「覚えるの苦手だから俳句は無理」と思っている方、カンニングOKですよ! まず一冊歳時記買って、どこにでも持ち歩いてめくってみましょう。私はもっぱら、歳時記のアプリを使っています(俳句もスマホにメモしているので、モバイル俳人といえるかも)。

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『海藻標本』(ふらんす堂)

佐藤文香第一句集。高校3年生から大学卒業までの作品189句です。〈少女みな紺の水着を絞りけり〉〈友に友と思はれてをる端居かな〉など、今になって思えばちょっとは屈折していた青春を、できるだけ地味にまとめました。序文は〈じゃんけんで負けて蛍に生まれたの〉でおなじみの池田澄子師匠。

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『セレクション俳人プラス新撰21』(邑書林)

2009年時点で40歳以下の俳人21人の100句ずつを集めたアンソロジーで、私佐藤は若い方から4番目に収録されています。〈梨を落とすよ見たいなら見てもいいけど 外山一機〉〈蠟製のパスタ立ち昇りフォーク宙に凍つ 関悦史〉などは、この本で出会って驚きました。

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『俳コレ』(邑書林)

〈僕は吸盤人間誰にでも吸ひつく夏〉の林雅樹さんを含む22人の100句が読めるアンソロジー。「はい、これ」と手渡せるように、と2011年に編まれたもので、刊行時19歳から77歳の作家が収録されています。私佐藤は福田若之100句の選と小論を担当。平成俳句の一等星・福田若之については、また後日!

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『君に目があり見開かれ』(港の人)

佐藤文香第二句集。ポップな表紙で、薄くて軽い、手に取りやすいのが特徴です。タイトルになった〈柚子の花君に目があり見開かれ〉以外にも〈泣きやんで泣いて泣きやむまでゐてよ〉〈また美術館行かうまた蝶と蝶〉など恋愛を詠んだ作の多さから、別名を「恋愛句集」とも。
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佐藤文香(さとう・あやか)プロフィール

1985年生まれ。神戸市の郊外で育つ。小学校6年生のとき松山へ。中学校1年生のときに夏井いつき氏の俳句の授業で俳句をはじめる。松山東高時代に出場した俳句甲子園では、第4回団体優勝、第5回「夕立の一粒源氏物語」で最優秀賞。2006年、第2回芝不器男俳句新人賞対馬康子奨励賞受賞。

 

現在、俳句甲子園OGとして、各地で俳句講座・ワークショップを行っており、高校生には、国語ではなかなか教えられない、俳句作りの魅力を伝えるマドンナ先生として名をはせている。NHKラジオ第1「つぶや句575」、アキヤマ香『ぼくらの17-ON!』(双葉社/1~4巻)の俳句協力、「ダ・ヴィンチ」書評「七人のブックウォッチャー」の一人。


句集に『海藻標本』(宗左近俳句大賞受賞)、『君に目があり見開かれ』、詩集に『新しい音楽をおしえて』(電子版)、共著に『新撰21』がある。