安全工学/原子力学

福島原発事故から学ぶ「工学としての安全研究」
~安心のための徹底した対策が事故の原因?

 

笠原直人先生 東京大学 大学院工学系研究科 原子力国際専攻

『福島原発で何が起こったか 政府事故調技術解説』

淵上正朗、笠原直人、畑村洋太郎(日刊工業新聞社)

福島原子力発電所事故の「政府事故調査委員会報告書」約2000ページの内容を、高校生にも理解できるように要点を約200ページに短くまとめたもの。政府事故調査委員会委員長で、ベストセラー『失敗学のすすめ』でおなじみの畑村洋太郎先生、東大の笠原直人先生などが書き下ろした、3・11から1週間の克明な記録。事故の真相と今後に必要な対策が体系的に理解できる。

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第1回 原発の原理 

~原爆はウラン235が100%に対し、原発では4%

 

笠原直人先生
笠原直人先生

福島原子力発電所事故と教訓というテーマで話しいたします。しかし、原子力発電所のしくみがわからないとなかなか理解は難しいです。ですから、東大の1年生レベルの内容で基本から考えたいと思います。

 

火力発電所と比較します。火力発電所のしくみはこうです。石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料を燃やしてできる化学エネルギーで、熱を発生させ、お湯を沸かし、蒸気の力でタービンを回し、発電機を動かして電力を作る。使い終わった水は給水ポンプでまた戻し、再び電気を作るのに使用される。この循環の繰り返しです。

 

原子力発電所も基本的に火力発電所と原理は同じです。ただ1つの違いは燃料にウランを使うこと。天然ウランは、成分の大部分がウラン238ですが、ウラン235という同位体が0.7%だけ含まれています。でも天然ウランのままではなかなか燃えにくいので、ウラン235を4%程度まで濃縮してやります。これが原子力発電の燃料になります。ちなみに原子爆弾はウラン235をほぼ100%まで濃縮します。

このウラン燃料は原子炉の中で、核分裂を起こします。それを説明しましょう。ウラン235に中性子を当てると、2つに核分裂し、中から飛び出した中性子が、近くにあったウラン235に当たりまた核分裂を起こします。このように続くのが核分裂連鎖反応といわれるもので、分裂と同時に大きな熱を発生し、電気を作るエネルギーになります。

ただし原子力発電所の場合、中性子が、燃料の大部分を占めるウラン238にぶつかった場合、核分裂を起こさないので無駄打ちになります。100%ウラン235である原子爆弾はその無駄がありません。核分裂連鎖反応はねずみ算式に増え、核爆発を起こしてしまう。ここが原子力発電と原爆との原理的な違いです。


では原子力発電所は、核爆発を起こさないから安全かと言うと、そうではありません。怖いのは核分裂で生じた破片です。分裂直後の破片は熱と放射線を出す放射性物質であり、原子炉停止後もしばらく発熱が続きます。この時に発生する熱を崩壊熱といいます。原子力発電所の事故とは、放射性物質が大量に外部に散逸し、人間に放射性障害を与え、環境を汚染することです。

崩壊熱を冷やすための方法として、原子力発電所には運転停止後に働く冷却装置を設置しています。冷却装置が働かないと、炉心の温度はどんどん上がり炉心溶融を起こし、放射性物質が外に漏れてしまいます。福島事故は、この崩壊熱を「冷やす」こと、放射性物質を原子炉に中に「閉じ込めておく」ことができませんでした。


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安全工学/原子力学が学べる大学・研究者

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『福島原発で何が起こったか 政府事故調技術解説』

淵上正朗、笠原直人、畑村洋太郎(日刊工業新聞社)

福島原子力発電所事故後、内閣事故調査委員会委員長・技術顧問らが事故の正確な理解を促すため、「政府事故調査委員会報告書」約2000ページの内容を、高校生にも理解できるように要点を約200ページに短くまとめたもの。政府事故調査委員会委員長で、ベストセラー『失敗学のすすめ』でおなじみの畑村洋太郎先生、東大の笠原直人先生などが書き下ろした、3・11から1週間の克明な記録。事故の真相と今後に必要な対策が体系的に理解できる。

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『原子力発電がよくわかる本』

榎本聰明(オーム社)

原子力発電の全体像を、一般向けにわかり易く解説した本。核反応のしくみから原子炉、発電システム、さらには原子燃料リサイクル、放射性廃棄物対策、経済性や安全性まで、幅広く原子力発電についてわかる。

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『最新図解 失敗学』

畑村洋太郎(ナツメ社)

失敗から学ぶことの意義を優しく解説した本。事故=失敗が完全になくなることはあり得ない。過去の失敗に蓋をして覆い隠すのではなく、失敗を正しく理解し、知識化することで、同じ失敗を繰り返すことを防ぎ、失敗を研究することによって生まれる、さらなる技術を創造すべきだ、とする失敗学の解説書。失敗学を生んだ畑村先生は、東京大学名誉教授、工学院大学教授。

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『危険学(図解雑学)』

畑村洋太郎(ナツメ社)

失敗学をさらに発展させた新しい危険に対する考え方を優しく解説した、同じく畑村先生の本。原子力に限らず、我々の身の周りにある危険から身を護るための基本的な考え方が学べる。安全を護るというは、何が危険かを知るということ。危険の察知と対処法は若い人にぜひ身につけてほしいと、笠原先生おすすめの一冊。

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『落ちない飛行機への挑戦 航空機事故ゼロの未来へ』

鈴木真二(DOJIN選書/化学同人)

ライト兄弟の初飛行から110年の歴史を持つ飛行機。航空技術発展の歴史と共に、航空安全獲得への歴史がわかる。さらに航空機事故の教訓を安全性・信頼性向上に活かすため、どのような取り組みがなされたかを検証。著者は、東京大学で航空機力学などを教える鈴木先生。自らが手がける人工知能を用いた「落ちない飛行機」をめざした研究を紹介する。

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『震災後の工学は何をめざすのか』 

東京大学大学院工学系研究科(編)(内田老鶴圃)

2011年3月11日に発生した東日本大震災により科学技術、なかでも工学に対して投げかけられた課題を検討・考察し、東京大学大学院工学系研究科として中期プラン、長期ビジョンをまとめた一冊。エネルギーや原子力、土木・建築、情報通信・交通輸送、医療などについて具体的に示している。大学がこれから進む道がみえてくる。

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