安全工学/原子力学

福島原発事故から学ぶ「工学としての安全研究」
~安心のための徹底した対策が事故の原因?


笠原直人先生 東京大学 大学院工学系研究科 原子力国際専攻

第2回 電源喪失で崩壊熱放出ができず、大事故に
~なぜ手動開閉バルブがなかったのか

 

みなさんには正しい知識を持っていただきたいと思います。整理すると、原子力発電所の事故を防ぐしくみに「原子炉を止める」、「崩壊熱を冷やす」、「放射性物質を炉に閉じ込める」という3つがあります。


地震発生直後、制御棒を挿入することで、原子炉は緊急停止することはできました。「止める」ことには成功したのです。ところが約1時間後、津波が海側の防波堤を越え、タービン建屋に到達、地下の配電盤が海水に浸かってしまいました。一番致命的だったのは全電源を喪失したことです。その結果、崩壊熱の冷却ポンプが使えなくなってしまった。これが福島事故の最も直接の原因です。

そのために「冷やす」ことができなくなり、さらに放射性物質を「閉じ込める」ことに失敗しました。特に、報道でも騒がれたのは、ヨウ素とセシウム。これは、水に溶けるし揮発しやすい。つまり最も外に出てきやすいのです。


しかし実は福島原子力発電所には、電気はなくても動かせる緊急用の冷却装置があったのです。1号機に設置されているものは原子炉隔離時冷却系といいます。通称、IC弁またはイソコン。NHKのニュースでも何度か言っていたので、覚えている方もおられるでしょう。

この装置はこんなしくみです。建屋の階上の高い位置にプールが備え付けられていて、原子炉から熱い蒸気の上昇してくるラインと、下へ降りるラインがつながっています。水は温まると膨張して軽くなりどんどん上の方に上がり、逆に冷たい水は重いため下がります。この原理を利用して、上昇した熱い蒸気をプールで冷やすと勝手に下がり、自然循環力でぐるぐると回るのです。このような力は馬鹿にならないもので、電源はなくても、崩壊熱を除去するくらいのことはできるんです。


では、なぜこの自然循環装置は作動しなかったのか。このラインは、普段は原子炉の中の物質を外に出さないようにバルブで閉まっています。実はこの開閉に電源が必要なのです。しかも、バルブが閉まっているかどうかは、中央制御室の点灯ランプで作業員が判断するしかない。このため、バルブが閉まっており装置が稼働してないにも関わらず、運転員はこのことに気づきませんでした。


海外の原子力発電所では、手動で開閉できるバルブを備えているところもあります。また普段からバルブを回す訓練もしています。それを考えると、福島事故は事故が起こってしまったときの備えが不十分だったと考えざるを得ないのです。

笠原先生の研究室HP

安全工学/原子力学が学べる大学・研究者

興味がわいたら Bookguide

『福島原発で何が起こったか 政府事故調技術解説』

淵上正朗、笠原直人、畑村洋太郎(日刊工業新聞社)

福島原子力発電所事故後、内閣事故調査委員会委員長・技術顧問らが事故の正確な理解を促すため、「政府事故調査委員会報告書」約2000ページの内容を、高校生にも理解できるように要点を約200ページに短くまとめたもの。政府事故調査委員会委員長で、ベストセラー『失敗学のすすめ』でおなじみの畑村洋太郎先生、東大の笠原直人先生などが書き下ろした、3・11から1週間の克明な記録。事故の真相と今後に必要な対策が体系的に理解できる。

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『原子力発電がよくわかる本』

榎本聰明(オーム社)

原子力発電の全体像を、一般向けにわかり易く解説した本。核反応のしくみから原子炉、発電システム、さらには原子燃料リサイクル、放射性廃棄物対策、経済性や安全性まで、幅広く原子力発電についてわかる。

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『最新図解 失敗学』

畑村洋太郎(ナツメ社)

失敗から学ぶことの意義を優しく解説した本。事故=失敗が完全になくなることはあり得ない。過去の失敗に蓋をして覆い隠すのではなく、失敗を正しく理解し、知識化することで、同じ失敗を繰り返すことを防ぎ、失敗を研究することによって生まれる、さらなる技術を創造すべきだ、とする失敗学の解説書。失敗学を生んだ畑村先生は、東京大学名誉教授、工学院大学教授。

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『危険学(図解雑学)』

畑村洋太郎(ナツメ社)

失敗学をさらに発展させた新しい危険に対する考え方を優しく解説した、同じく畑村先生の本。原子力に限らず、我々の身の周りにある危険から身を護るための基本的な考え方が学べる。安全を護るというは、何が危険かを知るということ。危険の察知と対処法は若い人にぜひ身につけてほしいと、笠原先生おすすめの一冊。

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『落ちない飛行機への挑戦 航空機事故ゼロの未来へ』

鈴木真二(DOJIN選書/化学同人)

ライト兄弟の初飛行から110年の歴史を持つ飛行機。航空技術発展の歴史と共に、航空安全獲得への歴史がわかる。さらに航空機事故の教訓を安全性・信頼性向上に活かすため、どのような取り組みがなされたかを検証。著者は、東京大学で航空機力学などを教える鈴木先生。自らが手がける人工知能を用いた「落ちない飛行機」をめざした研究を紹介する。

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『震災後の工学は何をめざすのか』 

東京大学大学院工学系研究科(編)(内田老鶴圃)

2011年3月11日に発生した東日本大震災により科学技術、なかでも工学に対して投げかけられた課題を検討・考察し、東京大学大学院工学系研究科として中期プラン、長期ビジョンをまとめた一冊。エネルギーや原子力、土木・建築、情報通信・交通輸送、医療などについて具体的に示している。大学がこれから進む道がみえてくる。

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