宗教学
連載「釈先生、宗教ってなんですか?」

【BOOK】『現代霊性論』
内田樹・釈徹宗(講談社文庫)
私たちの普段の生活には、「霊」という「わけのわからないもの」がいっぱい。「霊」って何? 占いやスピリチュアルブーム、村上春樹や靖国問題などいろいろな話題で「霊」を解きほぐす。神戸女学院大学で行われた釈先生と内田先生の楽しい掛け合いによる半年間の講義をまとめた一冊。
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第1回 あるドレッドヘアのにいちゃんと生きるための自分のフォーム
釈徹宗先生 相愛大学人文学部
専門は宗教思想・人間学。浄土真宗本願寺派如来寺住職でもある。
中高生のキミたちは来世を信じますか? 最近の統計を見ると、20代で「あの世を信じる」と回答した人が、1958年で13%だったのが、2008年で46%に急増しています。このデータには少し驚きました。若い世代を中心として、宗教的感性や生命のとらえ方が変化しているようです。
もう25年も大学の宗教学の教員をしていますが、確かにこのところ10代の人たちの感性が大きく変化していることを感じています。かつての「バブル世代」の貪欲さとはずいぶん違う。また、「ゆとり世代」と呼ばれたマイペース型とも、ちょっと違う。
とにかく、「自分というもの」はそんなに濃くない。むしろ薄いくらいに見受けられます。ギラギラ、ガツガツしていない。そして、「自分の気持ち」を一番大切にしている。そんな若者が増えている気がするのです。
新しい世代の人たちは小さなコミュニティーをつくるのがうまい。所有欲もそんなに強くなく、あるものを使って満足している。そして、この世代を「さとり世代」と呼ぶそうです。
「さとり世代」を見て、40~60代の大人たちは「今の子は覇気がない」などと評しています。でも、私は「これから本格的に始まる成熟社会への適応ではないか」と考えています。
なにしろ、私たちと同様に社会も加齢を重ねていきます。すでに日本はアクティブな青年期を過ぎて、成熟期に入っています。そして、その成熟期の社会における思考や態度を、「さとり世代」に見ることができるのではないかと思うのです。このことは、東日本大震災以降、特に強く感じるようになりました。
さて、そうであるならば、これからの社会を生きぬく姿勢(フォーム)ついて、仏教には多くのヒントがあるはずです。そのことについては、次回以降でお話しますね。
大切なことは「自分なりのフォーム」を形作っていくことです。もう少し具体的に言うと、自分なりの「ものを考える順序」「言葉を使う順序」です。これは、生活の様々な場面で頼りになります。「自分なりのフォーム」を持っている人は、失敗した時に立ち上がる力も強い。だって、自分の順序でやり直せばいいのですから。軸がしっかりします。そして「自分なりのフォーム」って、あまり学力と関係ないんですよ。生きる力そのものなんです。
以前、こんなことがありました。実は、ぼくは、わりと学生の授業態度に厳しい教員なんです。受講態度が良くないと、すごく怒ります。もうずいぶん前ですが、教室の後ろのほうで男子学生3人がずっとしゃべっているんで、「講義を聞かないのなら出ていきなさい!もう二度と来なくてもいい!」と怒ったことがありました。それで、三人とも教室から追い出したんです。
次回の講義から、そのうちの二人は来なくなりました。でも、そのなかの一人のドレッドヘアのにいちゃんだけが、次回以降もやって来るんです。彼だけ、一番前の席に座るようになったんです。なんだかちょっとふてくされて座っていましたね。おもしろい子でした。
何度か講義が進むうちに、このドレッドヘアの学生が、質問に来るようになったんです(笑)。そして、その質問が悪くないんですね。彼は宗教学のことはなんにも知らないのに、けっこう鋭いところをつくんです。不思議に思って、ぼくは「キミ、どうしてそんなふうに考えたの?」と聞きました。すると彼は、「ぼくは考えるときいつも音楽を通して考えるんです」って言う。よく聞くと、彼は毎晩ライブハウスでステージに立つアルバイトをしているらしいのです。「ぼくは音楽についてはこれまでものすごく考えてきました。だから、その手順で考えると宗教のこの部分がわからないので質問した」というわけです。
これを聞いて、非常に感心しました。つまり彼は音楽を通して「自分なりのフォーム」を形成していたわけです。
そうなんです。音楽でもファッションでも、なんでもいいですよ。政治でも経済でも、そして宗教でもいいのです。とにかく「ひとつのことがらの専門性を高める」と、同時に「幅広く興味を持って、自分なりに考えてみる」の二方向で進めていけば、次第に自分なりのフォームができていきます。これがみなさんの人生を支えてくれます。
その意味において、大学は「自分なりのフォーム」を作るためには、もっとも適した場所です。大学での学びは「自分の専門性を深く掘り進んでいく」と「様々な領域について考える」との両面が求められますから。
ぜひ「自分なりのフォーム作り」を、大学生活のテーマのひとつにしてください。
<つづく>
興味がわいたら!

