市民社会の政治学

「市民と政治」を問う政治学リーダー・杉田敦先生、高校生と対論
~政治への無関心、そして18才選挙権、公民教育とは?

杉田敦先生 法政大学法学部

第2回 高校生との対論 vol.1
原発反対7割でも選挙の争点にならないわけは

 

Q(高校生A) 若者は投票に行かないので、当選した議員はお年寄りに有利な政策をつくるという先生のお話はその通りと思いました。しかし一方、今、社会保障の財源が足らないことが問題になっています。ですので、財政負担を減らすためには、高齢者に負担していただきたいと僕は思います。いかがでしょう。


A(杉田先生) あなたのおっしゃるのは投票率の世代間格差に絡む重要な問題と思います。ただ、考えて欲しいのは、あなたもいつかは高齢者になること。今は元気でも、いつ病気になるかもしれません。また、今は自分をが子どもでも、将来、子どもができるかもしれません。このように考えてみると、自分が今どのような社会的な立場にあるかを一旦カッコに入れて、社会のあるべき姿を考えてみることも必要でしょう。こうした分野について研究しているのが、政治哲学とか政治理論という分野です。


しかし一方、手厚い福祉政策をしてきた北欧の福祉国家の政党が、財政難から弱まっているのも事実です。日本の老人が資産を手放さないのも、のっぴきならない医療費負担を恐れてのこと。福祉政策に関わるコスト負担(経済問題)は大事な問題なので、多角的に考えることが必要なんです。



Q(高校生B) 若者の政治的無関心をなくすために、学校教育の中で模擬討議を義務化すべきではないでしょうか?


A(杉田先生) 私も対立軸のある討議は、有権者教育には非常に大事と思います。私は政治に中立的ということはありえないと思う。模擬討議(ディベート)の意義はあると考えます。ただし危惧するのは、党派色を出すことが日本社会では嫌われる傾向があり、特に学校で政治的な問題について議論するということに慣れていません。これは欧米とは非常に違うところです。


その場合、討議の場で支持政党を鮮明する自由を、中高生にどう保証するかが課題になります。もう1つ重要なことは、討議の場で、自分とは対立する立場から意見を述べる機会を設けるということなんです。例えば消費税に内心反対の意見の人でも、消費税賛成の立場で意見を戦わせることは大切です。それはすごく知的な作業になります。人それぞれ考え方が違うことがわかり、まさに市民であり、将来の有権者としてのリテラシーを高めることになるわけですからね。


ディベートは、政治を主体的に選択できる権利意識に対して力をつけるための1つの手法に過ぎないということは、確かです。しかし、それでもディベートによって、各人の「偏り」や「党派性」を互いに認め合うよい機会になると思う。まさに高校教育は、高校生を市民として育てていく大きな場とも考えられますから、ディベートの場で、そういう「高校教育の懐」の深さを持つことの必要性はあるでしょう。



Q(高校生C) 僕たちは政治的に本当に無関心なのではありません。先生の言われるように有権者の意識を変える教育も大事と思いますが、政党の方にも、政策を知らせる宣伝の仕方にもっと良い工夫はないのでしょうか。


A(杉田先生) マニフェスト作りに見られるように、選挙でどんな問題に国民の関心が高いかについては、今ではかなりわかっているんです。1位が景気・雇用問題、2位が福祉、3位が教育。憲法改正、原発再稼働や環境問題への選挙民の関心は、実は意外なほど低いのです。しかしその一方で、原発再稼働問題を含め原発反対は広い意味で今や国民の7割に達しています。


選挙戦では問題にならないこのズレこそが問題なんです。つまりあなたの言う、国民に関心を惹くような争点で宣伝してしまう選挙の仕組みだけではよくないのです。それでは、大事な問題は、国会の議論に出しても、今のように絶対多数として決めていってしまうことになるだけです。今の選挙と国会の置かれている状況では、選挙で、政治のすべてを考えようとするのは良くないと思います。


私が論じたようなそのあたりのことを最近の政治家は相当研究しています。だから、自分をが憲法改正をやりたくても、それは選挙権の時には封印し、国民に支持されやすい経済問題などだけをマニフェストで強調する。そして選挙権が終わってしばらくすると、選挙権の時にはほとんど争点になっていなかったようなことを提案し、通してしまうというわけです。今話題の安保関連法案もその一つかもしれません。


そこで考えなければならないのは、選挙だけが政治のすべてではないということです。私は、選挙でなかなか争点化できない問題は別の方法で、例えば国民投票なども含めて問うしかないのではないかと思っています。もっとも国民投票も危険性がないではない。例えば沖縄の基地問題は国民投票で決めていいのかどうか。国民投票をすれば、結局、基地は沖縄に置いておけばいいという結果が見えていますからね。だから、私は手放しで国民投票に賛成しているわけではありません。しかし、例えば原発問題など、重要な問題でありながら選挙の主な争点にならない問題については、工夫が必要です。


※この企画は、桐光学園中学校・高等学校のご協力のもと、杉田敦先生の訪問授業後の生徒との対話を記事としてまとめさせていただきました。


興味がわいたら Bookguide

『これが憲法だ!』
長谷部恭男、杉田敦(朝日新書)
気鋭の憲法学者と政治学者が、9条、集団的自衛権、日米安保、人権など主要争点を徹底的に議論した。「憲法は国家という法人の定款である」「護憲派も改憲派も条文にこだわりすぎ」「絶対平和主義は立憲主義に反する」「アメリカもフランスも押しつけ憲法」「憲法解釈は芸である」「国の安全に関わる重要な問題を、内閣法制局や憲法学者だけに任せていていいのか?」「憲法で縛るより、国会でその都度議論すべきではないのか?」などなど。日本人として生きてきたならば、本来誰もが考えておくべきにも関わらず、ほとんど考えられてこなかった視点を示してくれる、スリリングで最先端の憲法対論。

[出版社のサイトへ]

『学力幻想』
小玉重夫(ちくま新書)
学力の低下や格差を招いたと多くの批判を受けた「ゆとり教育」と、そこからの揺り戻し。この対立図式の背景にあるのが、私たちの学力への過剰なとらわれであり、「子ども中心主義」と「『みんなやればできる』という幻想」という二つの罠であるという。学力をめぐる誤った思い込みをえぐり出し、教育再生への道筋を示す。著者の専門は教育哲学。18歳選挙権について、教育現場で高校生が政治的な教養を養う公民教育に力を入れるべきとしている。

[出版社のサイトへ]

『デモクラシーの論じ方 ─論争の政治』
杉田敦(ちくま新書)
民主主義、民主的な政治とは何か。いろいろな意見の対立や争点が生まれてくる中、物事を「民主的」に決めるとは、どういうことか。古くて新しいこの難問について、対話形式を用いて考える試み。

[出版社のサイトへ]

『政治的思考』
杉田敦(岩波新書)
「速やかに決めることが政治の仕事」「政権は選挙時の約束どおりに実行すべき」「自分たちの選んだ政治家が力をもつことこそが民主主義」「権力を制限することで自由を確保できる」……もっともに見える、こうした主張とは、異なる政治の考え方を示す本書。決定・代表・討議・権力・自由・社会・限界・距離という8つのテーマで、政治的に考えるとはどういうことなのかを明らかにする。

[出版社のサイトへ]

『社会の喪失』
市村弘正、杉田敦(中公新書)
社会問題に関するドキュメンタリー映画を素材に、原発、公害など、現代日本のいくつかの断面から、時代や社会のあり様について、根底から考える対談。戦争をどう考えるか。いま私たちの社会から何が失われつつあるのか。危機のありかとその根深さを探る。

『高校生と考える日本の問題点―桐光学園大学訪問授業』
伊東豊雄・内田樹・宇野重規・金森修・金子勝・姜尚中・小林富雄・斎藤環・椹木野衣・白井聡・田中優子・長谷部恭男・蜂飼耳・平田竹男・福嶋亮大・藤嶋昭・美馬達哉・森山大道・吉田直紀・湯浅誠(左右社)
桐光学園の2014年度「大学訪問授業」が一冊になった。「指導者の大人で君たちの幸福を考えている人はほとんどいない」という内田樹、「どうしたら人を信頼できるか。漱石はそのことを考えた人です」と姜尚中。斎藤環、藤嶋昭をはじめとする講師陣が、中高生に向き合っているからこその本音で、日本の問題点を語った。経済のこれから、憲法の考え方、日本史の真実、宇宙の仕組み、そしてコミュ力まで、これ一冊でいまの常識(の限界)と現実が見えてくる。2015年実施の「大学訪問授業」も来年、本になる予定だ。

[出版社のサイトへ]

『何のために「学ぶ」のか 中学生からの大学講義1』
外山滋比古、前田英樹、今福龍太、茂木健一郎、本川達雄、小林康夫、鷲田清一(ちくまプリマー新書)
毎年1冊にまとめられてきた桐光学園「大学訪問授業」の08~13年の6冊から抜粋、再編集した新書判シリーズの1冊め。大事なのは知識じゃない。正解のない問いに直面したときに、考え続けるための知恵である。「100点満点は人間の目ざすことじゃない」という外山滋比古、「脳の上手な使い方」の茂木健一郎、「学問は『脳みそのパン』である」という本川達雄、「じぐざぐに考える知的体力」の鷲田清一等々…変化の激しい時代を生きる若い人たちへ、学びの達人たちが語る、心に響くメッセージ。他に、『2.考える方法』『3.科学は未来をひらく』『4.揺らぐ世界』『5.生き抜く力を身につける』がある。

[出版社のサイトへ]