ももクロ主演映画&舞台『幕が上がる』原作者

平田オリザさん 伝えること、表現することを語る

~演劇とコミュニケーション


第2回 演劇『ソウル市民』の誕生はまさにイノベーション ~韓国留学、戦争ものへの違和感、文学の素養

「板垣死すとも自由は死せず」は芝居の台詞

小坂くん:平田さんの作品には、テーマというか伝えたいメッセージがない、と本に書かれていたのがすごく不思議でした。僕が持っているイメージでは、普通、芸術というのは作者が何か伝えたいと思って、その手段として芸術があるという感じなのですが、平田さんのような演劇をやる目的というのは何なのでしょうか。

平田さん:テーマは、厳密に言えばないわけではないのだけど、伝えたい道徳とか価値観があって、それを観客に納得してもらいたいわけではなく、観客自身に考えてもらいたいんですね。


例えば一家皆殺しのような凶悪犯罪が起こったとします。するとジャーナリズムは『一家皆殺し、これでも人間か』みたいな見出しを付けます。でも私たち劇作家は『一家皆殺し、これでも人間だ』と書く。あるいは『これこそ人間だ』と書く。人間はそういう凶悪犯罪を起こしてしまう可能性のある存在だということを書くのが、私たち作家の仕事であり、たぶん芸術の役割だと思います。道徳で断罪するのは私たちの仕事ではない。

小坂くん:ということは、それまでの演劇は道徳を押し付ける感じがあったのですか。

平田さん:特に演劇はそうですね。演劇というのは、文字が読めない人でもわかるでしょ。それから、人を熱狂させやすいから、どこの国でもプロパガンダに使われてきた歴史があります。

堀さん:照明や音声でドラマチックな効果をつけて…。

平田さん:そうです。例えば、日本史で「板垣死すとも自由は死せず」と習ったでしょ。でも板垣本人はそんなことは言っていない。あれは、当時の壮士劇、民権劇という芝居の台詞なんです。自由民権運動で、演説でいくら自由と言われても、一般大衆には何のことか全然わからない。それを「板垣死すとも自由は死せず~!」と言えば、「何か自由ってものは大事なんだな」と思わせられる。そういうことに演劇は使われたのです。

 

新しいリアリズムを模索して

堀さん:私も時代ものの舞台を見に行くと、わからないことがあってもそれが全てだと思ってしまうので、帰ってから本当はどんな事件だったのかな、と調べてみたりします。そういう意味でも、今のお話はおもしろいですよね。

平田さん:先ほど話した『ソウル市民』という作品は1909年、日本が朝鮮半島を完全に植民地化する前の年に、ソウルで暮らしていた日本人の文房具屋さんの家族の平穏な一日を書いているんですね。そこでは、「植民地支配は悪い」というイデオロギーを伝えたいのではなく、植民地支配は悪いに決まっているんだけど、それがどういう構造で、人間をどういうふうにゆがめていくか、ということを描いています。

 

それまでの植民地ものとか戦争もののお芝居は、悪い軍人や悪い商人が出てきて、彼らが結託して庶民はいつも虐げられている。朝鮮人が一番かわいそうで、次にかわいそうなのが日本の貧乏人で、軍部とか商人はいつも悪代官のように威張っているというものばかりでした。でも、植民地支配の本当に怖いところは、一般市民が差別に加担していくということなのです。しかも、植民地というのはずっとそこに住んでいるから、自分たちの子どもが生まれます。そうすると、その子を守らなければならなくなるから、ますます抜き差しならなくなってしまうのです。そういう構造を描くために、当時のごく一般の人が植民地というものをどういうふうに考えていたかを調べました。

僕はもともと大学で近代日本社会思想史を勉強していました。これは、政治史や経済史ではなく、当時の庶民がどのように考えていたかということを、当時の新聞や雑誌とか、インテリたちの評論から投書や求人広告にいたるまで、様々な角度から調べていく学問です。それで見ていくと、そもそも日本の政治家たちは、日本の国力から言って朝鮮一国を支配するのはとても手に負えないから、香港みたいにいくつかの港を租借するか、あるいは1905年にはすでに朝鮮を保護国化していたのだから、その程度でいいのではないかと思っていた。ところが庶民は日露戦争に勝って浮かれているから、「日本は一等国になったのだから、植民地の1つや2つ持とうよ」という雰囲気が蔓延していて、それに政治家や官僚が押し切られてしまうのです。そういう庶民の方が怖い、そういう話を書くためには、新しいリアリズムが必要だったんですよ。顕微鏡で現実を見るようなリアリズムです。

小坂くん:平田さんがまさにその時代を書こうと思われたのはどうしてですか。

平田さん:いろんなことがありますね。一つには、僕は韓国に留学していたので、かつて日本で書かれてきた植民地ものや戦争ものに対して、こういう問題ではないだろう、本質がずれているという違和感がすごくあったことですね。ではそれをどうすればいいのか、という時に、僕はトーマス・マンが好きで、『ブッデンブローク家の人々』という長編小説がありますが、こういうものをお芝居にできないかなと思っていたのです。一方で、タイトルの『ソウル市民』というのは、ジェームズ・ジョイスの『ダブリン市民』から採っていますが、そこには「意識の流れ」みたいなものを克明に描いていく新しい文学的手法というものがあって、そういうものを演劇でもできないかと。そういった文学的な素養との組み合わせの中で、『ソウル市民』ができました。

イノベーションというものは、そういうふうに過去の鮮烈な記憶や体験、そこから来る教養の組み合わせによって生まれてくるものなんですね。スティーブ・ジョブズが大学を中退してぶらぶらしていた時に、カリグラフィー(西洋書道)の授業を全くの興味本位で受けたのだけど、数年後に最初のMacintoshを創った時、美しいフォントを載せるということにつながったんですよね。だから若いうちはできるだけ興味のおもむくままにいろいろ学んだ方がいい。全然関係ないものが、後々になって自分の中で結びついてイノベーションが起こるのです。体系的に習っていると、知識の教えもれがないから、早く大量に覚えられるんだけど、それは全く新しい発想を生み出さない。その発想は、それを体系づけた人の発想だからです。

 

小坂くん:平田さんの著書『対話のレッスン』に、演劇について、「リアルを追及しているけれど現実世界のリアルとは違う」というようなことが書いてあったと思うのですが、これは言葉で説明するならどういうことなのでしょうか。

平田さん:僕はパラレルワールドみたいなもの、現実から5センチくらいずれているような世界を描きたいと思っています。あるいは一つひとつのパーツは全部リアルに作っているけど、全体を見ると明らかにゆがんでいる「だまし絵」のような、そういうものを作りたいと思っているんですね。


現実だけならば、ドキュメンタリーの方がずっとおもしろいけれど、芸術というのはそこにちょっとゆがみとか、特殊なレンズを通して見るみたいなことなのです。そのことによって、リアルだけでは見えなかったものが見えてくる。顕微鏡のようなレンズで見るとか、広角レンズで見るとかのように、人間の視野以上のものが見えるようにすることが、たぶん芸術の役割ではないかと思います。

 

つづく

 

平田オリザさんの著書

『幕が上がる』(講談社文庫)
地区大会すら勝ったことのない弱小高校演劇部が、学生演劇の女王だった新任の先生の「行こうよ、全国」という言葉に引っ張られ、全国大会出場を目指す1年間の物語。演劇強豪校からの転校生、進路への迷い、大事な人との突然の別れ・・・。彼女たちの舞台はどんな幕を上げるのか?!

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現在出版社品切れ中
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『十六歳のオリザの冒険をしるす本』(講談社文庫)
何故、理由なく旅に出てはいけないのですか?――世界一周自転車旅行を計画した少年オリザは、1979年5月、2年間の休学届を高校に提出し、世界へ向かって旅立った。
原題は『十六歳のオリザの末だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本』(1981年、晩聲社刊)。

『わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)
近頃の若者に「コミュニケーション能力がない」というのは本当か。企業の求める狭い、従来型のコミュニケーション能力観に振り回されている若者たちへ。

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『演劇入門』(講談社現代新書)
平田さんが公開する「芝居作りの技術」。リアルな台詞とは何か? 戯曲とは? 演出家と俳優の関係とは? 戯曲の構造、演技・演出の方法を平易に解説する画期的演劇入門書!
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『対話のレッスン 日本人のためのコミュニケーション術(講談社学術文庫)
同じ価値観の仲間とだけ集まり、スマホなどの新しいツールも登場し、文化や世代の違う相手との「対話能力」は極端に貧弱になっていく高校生たち。日本人にいま必要とされているのはまさに「対話」の能力。どうしたら対話は生まれるか。<2015年6月発売>

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プロフィール

平田 オリザさん
1962年生まれ。日本の現代演劇界で最も注目を集める劇作家、演出家。劇団「青年団」主宰、こまばアゴラ劇場芸術監督。代表作に『ソウル市民』、『東京ノート』、『S高原から』など。自然な会話とやりとりで進行する「静かな演劇」の作劇術を「現代口語演劇理論」として理論体系化し、1990年代以降の演劇界に強い影響を与えた。1995年、『東京ノート』で演劇界の芥川賞と呼ばれる第39回岸田國士戯曲賞を受賞。著書に『わかりあえないことから─コミュニケーション能力とは何か 』『演劇入門』(講談社現代新書)、『新しい広場をつくる─市民芸術概論綱要』(白水社)、『対話のレッスン』(小学館)など。


現在、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐、京都文教大学臨床心理学部客員教授、兵庫県城崎国際アートセンター芸術監督、日本劇作家協会副会長などを務める。合同プロジェクトやワークショップを通じて、フランスをはじめ韓国、北米、オーストラリア、東南アジア、中国など海外との交流も幅広い。

高校2年生の時に休学して、自転車による世界一周旅行を決行。その後高校を退学し、大学入学資格検定試験を経て1982年国際基督教大学に入学、1983年に劇団「青年団」を旗揚げ。1984年から1年間韓国の延世大学に留学した。1986年国際基督教大学教養学部人文科学科卒業。その後父親が自宅を改装してつくったこまばアゴラ劇場の経営者となる。『幕が上がる』(2012年)は平田氏の初の小説。同作は2015年にももいろクローバーZ主演により映画化(2月28日公開)・舞台化(5月1日公開)された。

「オリザ」は本名。ラテン語で「稲」を意味する。

公演情報

16歳で世界一周旅行を敢行した実体験に基づいて書かれた作品『冒険王』と、2002年日韓ワールドカップベスト16の試合の日の両国のバックパッカーを描いた新作『新・冒険王』は、6/5〜7城崎アートセンター・6/12〜29吉祥寺シアターにて公演予定。
http://www.seinendan.org