出演 綾瀬はるか、広瀬すず
映画『海街diary』にみる“新しい家族の形” (監督 是枝裕和)
~シェアハウスのように、コミュニティのように、家族になっていく“四人姉妹”の物語

是枝裕和という監督を知っていますか。2013年の『そして父になる』(主演:福山雅治)は、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞して、とても話題になりましたが、2組の家族の、それぞれの赤ちゃんが取り違えられる実話を題材にした作品でした。それ以前にも、母親に捨てられた4人きょうだいが自分たちだけの力で生きていく『誰も知らない』(04)という映画を製作しています。
これら2作品の内容からもうかがえるように、家族を題材にした映画を多く撮っている監督です。それも、いわゆる“普通”とは、少々異なる家族の姿を。
彼の最新映画『海街diary』もまた、現在の日本における家族とは何か、という問いを含んだ物語です。
両親が離婚した三人姉妹と、彼女たちの腹違いの妹となる少女が出会い、一緒に暮らし始めるという内容。人と人はどのようにして関係を築き、家族とはどのようにして形成されていくのかを、ゆっくりと、誠実に、冷静かつ温かいまなざしで見つめています。
家族とシェアハウス
そもそも、家族とは一体、なんでしょう。
血がつながっている者同士を指すのでしょうか。それとも、一緒に暮らしている者同士でしょうか。家族の定義は様々で、これ!という正しい答えはありません。それは言い換えれば、なにをもってして家族とするのかは、その人たち自身の考え方や、心次第、ということでもあるのかもしれません。
かつての日本の家族の姿というものは、もう少しシンプルというか、ある一定の形を持っていました。
父親がいて母親がいて、子どもたちがいて、祖父母がいる。三世代がひとつ屋根の下に住む、いわば『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』で描かれているような家族像。それが典型的な家族の形というものでした。
現在はどうでしょう。みなさんの中で、おじいさんやおばあさんと一緒に暮らしている人は、少ないのではないでしょうか。きょうだいのいない、ひとりっ子の人も多いでしょう。父親あるいは母親とふたり暮らしの人、寮生活や、ひとり暮らしをしている人もいるかもしれません。
シェアハウスという言葉を聞いたことはありませんか。書いて字のごとく、家をシェア、つまり、複数の人間で1つのマンションなどを借りて共同で暮らすことです。ここ数年、都市部の若者層を中心に広がり始め、現在では女性専用シェアハウスや、母子家庭や高齢者を対象としたシェアハウスなど、様々な層に向けて展開されています。
入居者同士の交流や助け合い、家族ではないけれど他人でもない、という適度な距離感を保ちつつ成り立っていく共同生活。これもまさに現代社会ならではのコミュニティ空間でしょう。
異母兄弟との生活
『海街diary』で描かれている家族構成も風変わりです。
主人公は、父親を病気で亡くしたばかりの中学生の女の子、すず(広瀬すず)。母親もすでに病気で他界しており、亡き父の再婚相手の家庭には、彼女の居場所がありません。そんなすずは、父の葬式に現れた、母違いの姉たち3人と出会います。
実は、すずの父は最初の結婚相手である元妻と娘たちを捨てて、すずの母となる女性と再婚したのでした。一方、姉たちの母親も同じく再婚し、現在は遠いところで新しい家庭をつくっていて、かなり複雑というか、ややこしい人間関係です。姉たちはすずを引き取り、舞台となる鎌倉の古い木造一軒家で、新たに四人姉妹、四人家族としての生活を始めます。


それはさながらシェアハウスのようです。それぞれに家事を分担し、必要以上に干渉はしないけれど、必要なときには助け合い、互いに支え合っています。劇中で、すずが「女子寮みたい」と言う場面がありますが、まさにそんな感じです。長女の幸(綾瀬はるか)が寮長的な役割を担って、妹たちをしっかり監督しています。
興味深いのは、街の人びとがみんなですずを見守り、彼女を気にかけているところです。定食屋さんの店主さんや、行きつけのカフェのマスター、スポーツ用品店の店長さん、サッカーチームの監督など、いわば他人の、家族でもなんでもない人たちが、自分たちの子どもでもないすずのことを、みんなで気にかけています。
それはまるで、街全体がひとつの家のような、家族のような空間で、物語が進むにつれ、最初は硬かったすずの表情が、だんだんと柔らかく、明るいものになっていきます。笑顔も増えていきます。
すずには親がいません。周囲の大人たちは他人です。姉たちですら、母親が違います。それでも、この家で、この街で、彼女は自分の居場所を見つけていきます。
ここに、家族とはなにか、という問いに対するひとつの答えが読み取れるように感じられます。
大人が子どもを見守り、子どもは見守られながら成長する。そうして、自分の居場所を確立していく。そういうことが営まれる人間関係、それこそが、家族なのだと。

この映画の原作は、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞と、マンガ大賞2013を受賞した、吉田秋生の同名マンガです。80年代から活躍する少女マンガ界の大御所的作家で、みなさんの親世代の人たちなら、きっと誰もが知っているはず。映画を観て、原作にも興味が湧いたら、ぜひ手にとってみてください。
映画やマンガはたしかにフィクション(虚構)ですが、フィクションは“ウソ”ではありません。私たちの生きている社会の写し鏡です。映画を通して社会を見る、社会を知る。それはきっと、学ぶことにもつながっていくのだと思います。
(c)2015吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ
皆川ちか
映画雑誌『キネマ旬報』を経てフリーに。雑誌『韓流旋風』『ダ・ヴィンチ』などで執筆。新人映画監督の登竜門として日本随一の映画祭PFF(ぴあフィルムフェスティバル)の審査にも関わる。