無線通信、ソフトウエア無線

携帯電話の基礎知識 ~決して誤らない通信の実現へ

村口正弘先生 東京理科大学 工学部 電気工学科

携帯電話の基本がわかる一冊

『携帯電話はなぜつながるのか』

中嶋信生、有田武美、樋口健一(日経BP社)

携帯電話は、なぜ、居場所のわからない相手を瞬時に見つけ出し、電話をつないだり、メールを送ったりできるのか。携帯電話のしくみを解説。

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第1回 携帯電話の開発で誰もが予期しなかったこと

 

携帯電話の小型化の挑戦で世界をリードした筈だったが・・

私が理科大に来てちょうど11年になります。その前は、大学の博士課程を卒業してから22年間、NTTの研究所にいました。


電電公社(現NTT)入社時はまだNTTドコモが分離される前で、後にドコモのR&D部門に移ることになった人たちが同じ研究所内で日々研究を行っていました。私は無線高周波部の専門家として固定無線用回路の研究を行っていましたが、「Movaプロジェクト」のメンバーに指名されて、小型携帯電話のパワーアンプの開発に参加した経緯から、暫くの間、移動体通信の歴史に参加することになりました。


1979年に世界最初の移動体通信のサービスを始めたNTTは、独占状態で競争相手がいませんでした。そのため、技術開発もゆっくりしたペースでした。当初は電話機本体が7kgもある自動車電話でしたが、1987年にようやく「携帯電話」と呼べるものを開発しました。ただし、電話機本体は900gもあり、形は家庭で使っているコードレスホンに似ていましたが、大きくて重くて、人気は出ませんでした。


ところが、1989年にアメリカのモトローラという会社が、今の携帯電話に非常に近い「マイクロタック」という300gの小型携帯電話機を発表しました。マイクロタックは世界中で売れ、日本でも後発のIDOという会社が導入することになりました。


そこでNTTも負けるわけにはいかないと「movaプロジェクト」を立ち上げました。NTT研究所内の専門家チームと富士通、松下、三菱、NECなどの企業が集まったオールジャパンの事業計画です。目標は、250g以下の携帯電話を作ることでした。私は送信用のパワーアンプの専門家として、このプロジェクトに参加しました。


2年後の1991年、当時世界最小・最軽量の230gの「ムーバ」が完成しました。この「ムーバ」の完成を契機に、日本での携帯電話の普及が一気に加速しました。そして、それから10年間ぐらいは携帯電話本体だけではなく、水晶発振器、コンデンサー、フィルタなど電話機に組み込まれている多くの日本製部品が世界一の技術を誇りました。今もコンデンサーやフィルタは日本製が世界を独占しています。一方、携帯電話本体は皆さんご存知の通り残念な状態です。

第3世代から第4世代へ。移行へのハードル

 

移動体通信の歴史は世代で分けて語られています。荒っぽく言うと、10年ごとに分けて、1980年代が「アナログ」の第1世代、1990年代が「デジタル」の第2世代、2000年代が「CDMA」の第3世代、2010年代が「LTE」の第4世代となります。この流れからすると、順調ならば2020年代は第5世代ということになる筈です。


さて、現在は「LTE」の第4世代になるわけですが、「LTE」とは何と聞かれそうです。「LTE(ロング・ターム・エボリューション)」は第3世代の発展形で当初は第3.9世代と呼ばれていました。ところが計画していた第4世代が難しくて、なし崩し的に第4世代と呼ぶことにしてしまいました。当初計画していた第4世代は第5世代へと先延ばしした形です。では、第4世代への移行がなぜ難しかったかというと、携帯から基地局への「上り回線」を高速にできなかったからです。無線通信で1Gbpsの通信速度をサポートするには、OFDMという方式を使う必要があるのですが、それが「上り回線」では使えないというのが理由です。


OFDM方式は送信パワーアンプの消費電力が非常に大きく、効率も10%程度しかありません。皆さんが使っている携帯は1W近くの出力を出しますが、もし10%の電力効率だと9Wは熱になり、1Wが信号として出ていくことになります。電池の消耗が激しいのはもちろん、9Wが熱に変わるので、通話している間に熱くて持てなくなってしまいます。


それではとても使えないので、LTEでは、携帯側が送信機となる「上り回線」はSC-FDMAという方式を使っています。一方、基地局の方は少々電力効率が悪くても、商用電源を供給できるし、放熱も考えなくていいので、基地局が送信側となる「下り回線」ではOFDMを使っています。第5世代では、上り・下りともOFDMにするために、いろいろ研究していますが、「いいな」と思うとどこかに欠点があったりして、なかなか「これは」というアイデアが出てこないという状況です。このままでは第5世代も苦戦しそうですね。

技術者では予想できなかった社会の変化


1990年代に移動体通信に関係した技術者がとても予想できなかった社会の変化があります。それが、次の3つです。


(1)携帯電話加入者数が日本の総人口を超えたこと(図1参照)


2000年に固定電話の加入者数(約6000万)を超え、さらに、2013年には1億5000万加入となり、普及率117%(日本の人口1億2800万)と、信じがたい数字になりました。1990年ごろは固定電話加入者数が携帯電話加入者数の上限だと誰もが思っていました。

図1 携帯電話加入数の推移(PHSを含む)
図1 携帯電話加入数の推移(PHSを含む)

(2)携帯電話の通話料が定額制になったこと


通話を定額にしたら事業が成り立たないと誰もが思っていました。ところが、携帯がスマートフォンになり、メールやインターネット接続などのデータ通信がメインで、通話はサブなのだという事実が明確になったのです。


(3)日本の移動体通信技術が負けていると言われたこと


私を含め日本の通信技術者は負けていると自覚していませんでした。ドコモの技術者は、憤慨して反論すると思います。しかし、スマホはiPhoneやGALAXYなどの外国製ばかりになり、日本のメーカーは凋落の一途なので一般の人から見るとそう思うのも当然なのかもしれないですね。

 

興味がわいたら

『携帯電話はなぜつながるのか』

中嶋信生、有田武美、樋口健一(日経BP社)

携帯電話は、なぜ、居場所のわからない相手を瞬時に見つけ出し、電話をつないだり、メールを送ったりできるのか。それは、通信していない時も、携帯電話端末や交換機など数多くの装置が周到に準備しているから。W-CDMA方式とLTE方式を中心にしくみを解説。携帯電話の基本がわかる。

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『カラー図解でわかる通信のしくみ あなたはインターネット&モバイル通信をどこまで理解していますか? 』

井上伸雄(サイエンス・アイ新書) 

インターネットが電話と異なるどのような技術で実現しているか、また携帯電話やスマートフォンの電波の使い方や、高速化される無線LAN技術についても、最新の情報を図解で解説。

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『スッキリ!がってん! 無線通信の本』

阪田史郎(電気書院) 

無線通信には、様々な種類があり、それぞれに特徴がある。専門書を読み解くための体系的な基礎知識を、わかりやすく解説した入門書。

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