物理化学、分子シミュレーション
スーパーコンピュータによる水・氷・ハイドレートの科学
松本正和先生 岡山大学 大学院自然科学研究科/理学部化学科

【BOOK】松本先生のおススメ本
『[新版]氷の科学』
前野紀一(北海道大学出版会)
雪の結晶はなぜ六花? 氷はなぜ水に浮かぶ? 氷河が青くみえるのはなぜ? 意外と知られていない氷の素顔を、多彩な角度から紹介する氷の科学の入門書。日本の氷と雪の研究は、中谷宇吉郎を祖として長い歴史と膨大な知識の蓄積があり、この本はそれを広くカバーしています。隅々まで読めば、氷の科学者になれるでしょう。
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第1回 実は誰もまだ見たことがない、水分子の話をしよう

私は水と氷の研究をしています。今日はスーパーコンピュータによる水の科学の話をしようと思っています。みなさん、疑問に思われるでしょう。え、いまどきまだ水研究?そんなのとっくに研究され尽くしているんじゃないの、と。特に化学を専門としている人はそう思うでしょう。でも水にはまだまだわからないことがたくさんあります。そこで最初に、中学生にも理解できる水分子の話をしましょう。
分子は、みなさんよく知っている周期律表に出てくる原子の集まったものです。100個ほどある原子の組み合わせの違いで、様々に性質の違う分子ができます。人類のこれまでの歴史で、分子というものは1000万種類以上、発見されています。
分子の仲間にはものすごい大きな分子もあります。例えば二重らせん構造のDNAも分子です。DNAはほんとに大きな分子で、あんなに小さい細胞核の中に約2mの二重らせんの分子が折りたたまれています。

水はこうした分子の中で非常にシンプルな分子です。H2O=水分子よりシンプルな分子はあるのでしょうか。よく考えてみると、水より軽い分子は4つしかありません。化学を勉強する人は中学から高校、大学を進むに連れて、どんどん構造の難しい分子を学んでいくものです。水なんて、中学で習ったよと言われてもしかたないですね。
でも本当にそうでしょうか。水に限らず世の中の物質は、原子・分子でできていることを最初に理解したのは古代ギリシャ人でした。彼らは突然そう思いついたのではなくて、物質をよく観察して、その考えにたどり着いたわけです。水の場合であれば、凍って結晶になった雪を観察して、このような六角形のきれいな秩序があることを見つけ出したわけです。

けれど、すべての物質が見たままの姿をしているわけではありません。例えば液体の水を考えてごらんなさい。水分子はどんな姿をしているのでしょう。みなさんの中で液体の中の水分子の姿を実際に見た人はいるでしょうか。実は世界中を見渡しても、液体の中の水の姿を見たことのある人は誰もいません。今、現在、一番性能のいい顕微鏡で見ても、水の個々の分子がどんなふうに振舞っているのか、見ることはできません。
そこで私たちは、スーパーコンピュータ「京」を使って、水分子の動きを再現してみました。それが私たちの開発した「超」顕微鏡です。これからその話をしていくことにしましょう。
つづく
第2回 水分子の動き再現する超顕微鏡のひみつ ~スパコン京の利用法
※2014.8.23「京」未来をひらくスーパーコンピュータ 講演より
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松本先生おススメ
『[新版]氷の科学』
前野紀一(北海道大学出版会)
意外と知られていない氷の素顔を、結晶構造や物性、火星の雪や宇宙の氷など、多彩な角度から紹介する氷の科学の入門書。前野先生の語り口は柔らかく、どんどん読み進められ、いつのまにかものすごくマニアックな話にひきずりこまれている。日本の氷と雪の研究は、中谷宇吉郎を祖として長い歴史と膨大な知識の蓄積があり、この本はそれを広くカバー。隅々まで読めば、氷の科学者にもなれる。
科学者は、巧妙な実験によって、氷の様々な性質を明らかにしてきた。しかし、実験で実際に水分子が並んでいる様や動いている様がみえているわけではない。例えば、野球の試合結果が20-0と聞けば、その試合の中でホームランやヒットが乱れ飛んだことは想像できるが、試合の実況まではわからない。実験で見えるのは試合結果だけで、シミュレーションを使えば、実況中継ができる。何がきっかけで、結末が決まったかを、具体的に見せられるのだ。
ただし、氷の中で起こる様々な現象のうち、シミュレーションで再現できたものはまだわずか。これまで実験家が説明してきた氷の性質が、本当に氷の中で起こっていることを的確にとらえているのか、もっと良い説明があり、もっと面白い例外があるのかを、コンピュータシミュレーションを駆使して調べていきたいと考えている。
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『水とはなにか―ミクロに見たそのふるまい』
上平恒(講談社ブルーバックス)
地球上の生命は海の中で誕生し、今もすべての生物は体内に海を抱いている。生物は水をどのように活用しているのか、生体内での水の役割が詳しく解説。水とは何か、水の研究の現状を知りたい人に最適の一冊。
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『おもしろサイエンス 水の科学』
神崎やすし(日刊工業新聞B&Tブックス)
水分子は酸素原子1個と水素原子2個が結合した簡単な構造だが、これが多数集るといろいろ不思議な性質が現れてくる。水とは一体何か、どこから来て、どんな性質を持ち、どんなメカニズムで利用されているか、をわかりやすく絵ときで紹介した読み物。水の研究はまだまだ研究の余地があり興味深いと著者は語る。
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『海洋資源大国めざす日本プロジェクト! 海底油田探査とメタンハイドレートの実力』
石川憲二(角川SSC新書/発行 KADOKAWA)
最近ニュースで耳にするようになったメタンハイドレート。「隠れた日本の資源」と言われ、手つかずのまま日本海底に眠っているという。どんな物質なのか、どうやって資源として利用できるようになるのか。本書はエビデンスにもとづいて現状がよく分析されている。
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