現代資本主義論、金融危機、制度の経済学

ブラックスワンと金融危機~リーマンショックはなぜ起きたか

柴田徳太郎先生 東京大学 経済学部

第2回 なぜ想定外の金融危機は発生するのか? 

~人間は楽観的

大きな金融危機が発生してしまうのには、2つの理由が考えられます。第1の理由は人間の理性には、根源的な限界があるということが挙げられます。言い換えると、人間の行動にはどうしても間違いがある。人間は神ではないのです。もう一つ重要なことは、自然の非斉一性です。つまり、経済的な事象は必ずしも秩序立って起こるのでなく、可変性を持っていること。例えば今日までに1000回同じことを経験しても明日、大地震が起きるかもしれない。事象の中にあるそういうたくさんの経験からは、たぶんこうなるんじゃないかという不確かなことしかわからない。経済現象は、短い時間で変化するので、将来を正確に予測することは困難なのです。

 

この問題を経済学に引き寄せて考えてみましょう。現代経済学の祖、ケインズは「投資を行う経済主体は、不確実性に直面している」と言っています。例えば、借入金利とか設備の製造コストなどは現時点で既知のことがらですが、設備投資が将来どれくらいの利益を上げられるかということは、まったく未知の事柄なのです。

想定外の経済事象が起こってしまう2つ目の理由としては、「想定」にはどうしても楽観的なバイアスがかかってしまうということがあります。人間は理性でなく、慣習に依存して行動します。慣習は過去に類似を求め、しかも人間はそれを共有しがちです。例えば、有名な格付け会社が発表した情報だからその証券は安全だと鵜呑みしてしまい、リーマンショックを引き起こしてしまったように…。

 

つまり情報というのは、モールス信号のように送受信が1対1でやりとりされるのでなく、集合的思考習慣によって解釈されるということができます。

 

投資活動に関して面白い例え話をしてみましょう。1930年代のイギリスの新聞で一風変わった美人投票というのが行われました。それは自分が最も美しいと思った女性に投票するのでなく、他の投票者がこの女性が最も美しいだろう思うであろう女性を選んだ人に、賞金を与えるというものでした。なんだか株式の投資に似ています。株式も特に投機性の強い証券は、自分自身が業績が良いと思ったから選んだわけでなく、みんなの期待が増幅しあって株価が急騰するということが起こります。要するに株価への期待も人々の慣習に依存する。結論として、習慣的な思考に縛られた経済主体の行動が、楽観的な想定を増幅し、想定外の危機を招くということが起こりえるのです。

 

興味がわいたら  Book Guide

『資本主義の暴走をいかに抑えるか』

柴田徳太郎(ちくま新書)

資本主義の不安定性を解説した本。2008年秋に発生した金融危機が示したように、資本主義は不安定で不公正な取引を生み出す要素を抱え込んでいる。未来の予測は不完全にしかできないという点が、資本主義や金融取引の本質である。本書は、現在の世界的経済危機にいたるまでの市場と制度の進化を丹念にたどりなおし、どのような制度改革が望ましいのかを提言する。

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『世界経済危機とその後の世界』

柴田徳太郎:編著(日本経済評論社)

柴田先生の近著。リーマン・ショックに端を発した世界経済危機の背後には、どのような資本主義の様態があったのか。危機の要因とその後の世界を探る。

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『ブラック・スワン〈上〉不確実性とリスクの本質』

ナシーム・ニコラス・タレブ、望月衛:訳(ダイヤモンド社)

「ブラック・スワン」とは黒いハクチョウ、つまり、ほとんどありえない事象を意味する。リーマンショック前に発刊され、予言の書として全米でベストセラーとなった。人間の思考プロセスに潜む根本的な欠陥を、不確実性やリスクとの関係から明らかにして、経済・金融関係者の話題をさらった本だ。

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『フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く』

ラグラム・ラジャン、伏見威蕃・月沢李歌子:訳(新潮社刊)

世界金融危機をその3年も前に正確に予見し、世界中のメディアから大きな注目を浴び続ける経済学者の書。

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『リスク〈上〉神々への反逆』

ピーター・バーンスタイン、青山護:訳(日経ビジネス人文庫)

古代ギリシャの人々の思考様式、ルネッサンス・宗教改革による思考の自由化、保険の仕組みの考案などなど、「リスク」の謎に挑み、未来を変えようとした歴史上の天才たちのリスク探求を紹介。

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