神経化学・神経薬理学

記憶を担うタンパク質の動きが見えてきた!
~アルツハイマー病の原因、そして心に迫る

白尾智明先生 群馬大学 医学部 神経薬理学分野

第2回 受け手シナプスを、iPS細胞から作れるか

ゴルジ博士vsカハール博士 ~ネットワーク論争


神経細胞と神経細胞の接点をシナプスといいます。今から50年くらい前から「シナプスは記憶に大切だ」とわかってきています。でも簡単にわかったわけではありません。19世紀、脳の中は何かゴチャゴチャとした所と細胞みたいなのがあるとわかってきました。19世紀の後半になると、イタリアの科学者カミッロ・ゴルジによってゴルジ染色という方法が開発されました。細胞を観察しても透明なので、細胞の境がわかりませんが、ゴルジ染色を使うと神経の細胞の周囲の突起部分を黒く染めることができます。そのため、網目状になっていることがわかったのです。
ゴルジ博士は、ゴルジ染色を発明して、神経はネットワークになっていることを見つけましたが、それに続いてカハール博士は、ネットワークになっているが本当は間が少し空いていて、そこにいまシナプスと呼ばれている物があることを見つけました。

電子顕微鏡の写真をよく見ると、少し隙間があり、つながっていないことがわかります。この隙間全体の構造をシナプスと言います。ここで一つのポイントですが、ネットワークがつながっていないで、隙間があることは、シナプスの記憶の機能にも、とても大切なことです。


そこに、情報を受け取る側と送る側があるからです。そして今、受け手側のシナプスには、神経細胞の樹状突起という所にスパインというものが付いていて、この形が異常だと、物事を考えたり、覚えたりすることが、あまり得意ではなくなることがわかってきたのです。

 

シナプスのでき方 ~群馬大発見のタンパク質「ドレブリン」がきっかけに

神経細胞は、最初は丸い細胞で、目に見えないくらい細い小さい突起を作っています。この突起が、だんだんと長い突起を伸ばすようになり、先端部分に、シナプス構造を作ります。ところで、神経細胞には、筋肉を構成するアクチンというタンパク質がシナプスと同じくらいいっぱいあります。シナプス構造を作るためには、脳の神経細胞に特徴的に見られる安定なアクチンが、受け手側の樹状突起に形成されます。この小さな突起がスパインになるのです。


アクチンは、螺旋状になっていて、その螺旋のひねりが、36nm(ナノメーター)です。それに、1984年に群馬大が発見した、タンパク質であるドレブリンがくっつくと、40ナノメーターの大きさの安定化アクチンになります。3週間ぐらいで、受け手側のシナプスの構造にいっぱいツブツブが出てくるのです。安定なアクチンができると、そこにいろんな物が集まってきて、スパインができ、シナプスになるのです。


現在、iPS細胞から神経細胞を分化して、きちんと成熟したシナプスを作れるかどうかという実験を行っています。神経細胞から突起を伸ばして、送り手側を作るのは、まあできるのですが、受け手側をちゃんと作るのは、難しいです。

 

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