神経化学・神経薬理学

記憶を担うタンパク質の動きが見えてきた!
~アルツハイマー病の原因、そして心に迫る

白尾智明先生 群馬大学 医学部 神経薬理学分野

第3回 記憶には、大きくなったものに蓋が必要
~アルツハイマー病の原因物質と、除去する酵素を発見

アルツハイマー病は、シナプスのタンパク質アクチンがない

受け手側のニューロンに、ものを覚える刺激が入ってきます。そうするとスパインが大きくなります。スパインが大きくなると、覚えたということになります。ものを覚えるために安定なアクチンで蓋をしておく必要があります。刺激が入ってきて、大きくなって、また蓋をしておけば、形が安定化するというのが記憶のメカニズムだと思います。これはまだ研究段階ですが、私は、有力な仮説として考えております。

アルツハイマー病では、ものを覚える力がなくなったシナプスを持っています。これも群馬大学で1996年に、神経内科と私たちの教室と共同で発表しました。そして、60~70歳の正常な人とアルツハイマー病の人のシナプスを比べてみました。そうしたら、受け手側のニューロンの先端に安定なアクチンが、覚えられる人にはたくさんありますが、アルツハイマー病の人では、なくなっていました。
さらに最近の研究では、アミロイドβ(Aβ)オリゴマーという物質を正常なシナプスにかけると、蓋となる安定したアクチンに必要なドレブリンがなくなり、HDACという酵素を阻害するとドレブリンがなくなるのを防げることがわかりました。

記憶を司るのは細胞の森で、その細胞の森のネットワークのつながり口であるシナプスに、心があると思って、今後も研究を重ねていきたいと思っています。

 


生徒たちから白尾先生に素朴なギモン
~「1時間後には、キミたちの脳内タンパク質も入れ替わっています」

 Q:記憶を良くするために、どのようにシナプスを活性化させたらいいのでしょうか。

 

白尾先生:それがわかったら一番大発見ですね。シナプスは、安定化したアクチンが抜けると、変化が起きるという能力を持っているので、常にものを覚えることをしておけば、抜けた時に大きくなる能力が保たれはずです。ですので、まずは、それが重要かと思います。授業を聞いても1時間ぐらい経つと、スパインの所にある実際のタンパク質は半分ぐらいが入れ替わります。タンパク質はものすごくダイナミックに動いています。ものを覚えたりすることを日頃からやっていれば、ダイナミックなタンパク質の動きが保たれるのではないでしょうか。

Q:シナプスのスパインは、受け手側ですが、送る側のニューロンの太さは記憶に影響しますか。


白尾先生:あまり関係しないのではないでしょうか。記憶そのものは、1個のシナプスではなく、たくさんのシナプスがネットワークを作ることによると考えられています。一番の小さいユニットがシナプスだと思いますが、それだけでは決して覚えることもできないし、心も作れない。小さいユニットがいっぱい集まることによって、ものを覚えたり何かを感じたりすることができると理解しています。

Q:シナプスの研究で、実験に使うネズミやチンパンジーなどはヒトとどれくらい差があるのでしょうか。


白尾先生:研究者によって答え方が違うと思うのですが、私は動物の種類によってできることはだいぶ違うと思います。それはやっぱりネットワークの複雑さにあると思います。けれども、私たちが行っているシナプスの実験では、今のところ、動物とヒトiPSから分化した神経細胞と比べても、あまり変わりません。ただ、ヒトiPS細胞から分化した神経細胞で成熟したシナプスまで作れるようになれば、何か違うことがわかるかもしれません。

Q:シナプスによって心が作られると言われましたが、主に記憶についてのお話をされていました。心と記憶は、微妙に違うようにも思いますが…。


白尾先生:「心はシナプスが作る」と言いながら、どうやって作るのかには、答えがない。今まで、ネットワークでいろんな研究を行ってきて、物を感じたり、体を動かしたりするのはできました。このシナプスの記憶のしかたを見ていると、アナログ的に変わってくるんですよね。前のことを実際に覚えている。ここから研究していくと、心を解明できるんじゃないかなと思って研究しています。


おわり

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こころに関する臓器としての脳を解説。第3章では、言語を、第4章では、感情と情動を取り上げている。脳を調べる手段である脳画像法の原理なども紹介。文系なら、上記の「神経編」よりこちらから読んではいかが。

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『アルツハイマー病の早期診断と治療:脳を知る・創る・守る・育む15』

金澤一郎、伊藤正男、武田雅俊、柚通介、田中沙織、黒田公美、津本忠治:著 NPO法人脳の世紀推進会議:編 (クバプロ) 

シナプスとアルツハイマーの関連がわかる一冊。21世紀は脳の世紀と言われる。脳科学にかける期待と展望に始まり、アルツハイマー病の治療薬開発、記憶を支える構造「シナプス」はどのように形成され失われるのかなど、第一線の脳科学者が解説する。

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