自然言語処理

言葉を理解し、知識を増やし始めたコンピュータたち

黒橋禎夫先生 京都大学 大学院情報学研究科 知能情報学専攻 (工学部 電気電子工学科兼担)

第9回 コンピュータに人間のふりができるか

大学入試レベルの問題が解けるようになれば、コンピュータはかなり世界がわかっていて、知識を持っていることになります。でも、本当にコンピュータがわかっているのかということは、どうやって評価するのでしょうか。これについては「チューリングテスト」という少しおもしろい考え方があります。コンピュータの生みの親の一人とされるアラン・チューリングという人が、コンピュータが知的な思考をしているかどうかを判定するテストを提案しています。

 

その方法は、人間の質問者が他の部屋にいる回答者に質問します。質問者は相手がコンピュータか人間かわからないものと会話をするのです。当時は文章を介して会話をしていたはずですが、今だったら音声でもできるかもしれません。

 

人間が何分間か会話をして、相手がコンピュータか人間かの区別がつかない場合は、コンピュータが知的な思考をしていると判断しましょうと提案したのです。これがチューリングテストです。つまり、人間をだませるくらいにまで人間のふりができたら、それは十分に賢いというわけです。チューリングテストは1950年に提案され、それ以来、たくさんのコンピュータがこのテストに挑戦してきましたが、これまで合格者はいませんでした。それが、2014年6月9日に、史上初の合格者がでたのです。合格したのはウクライナ在住のユージン・グーツマンという13歳の少年という設定の人工知能です。

 

イギリスのレディング大学がチューリング没後60周年を記念して開催した「Turing Test 2014」で5分間、人間の審査員と会話をしました。チューリングは5分間のテストで審査員の30%をだませたら、その人工知能は思考しているという基準を設けていました。

 

その基準に沿ってテストした結果、審査員の33%がユージン・グーツマンくんを人間だと判断したのです。5分間話し続けても、3分の1の人が、相手が人間かプログラムか区別かつかないというレベルにまで人工知能が到達したのです。

 

コンピュータに言葉を理解させ、知識を持たせることがだんだんとできるようになってきました。それを可能にしたのが、インターネット上にある大規模な文と、数百台、数千台のコンピュータをつなげる並列処理の技術です。それによって、クイズチャンピオンとも戦えるようになり、入試にも挑戦できるようになりました。そして、ついにチューリングテストにも合格するまでになりました。

 

一方、人工知能だけでなく、機械で体をつくっているロボットの研究も進んでいて、二足方向をするロボットも登場しています。近い将来、ロボットに賢い人工知能を搭載した人工知能ロボットがどんどん社会に登場してくると思います。その予測のもと、人工知能ロボットと人間が共存するためにはどうしたらいいかを真剣に話し合っていく必要が出てくるかもしれません。

 

◆高校生からの質問に答える

高校生:コンピュータが非言語情報を理解するための手段は研究されているのですか。

黒橋先生:これはいろんな研究が行われています。有名なものの1つが、自動運転です。アメリカのカリフォルニア州では、Googleの自動運転車が街の中を走っています。自動運転車は、道路、建物、歩行者、ほかの車などを認識しながら走っています。ここで使われている技術は「画像認識(コンピュータービジョン)」というものです。入試問題にてできたような抽象化や誇張などにどのくらい対応できるのかは、まだわかりませんが、現実世界に即して画像認識する技術はどんどん進んでいます。


高校生:人間は、一生懸命覚えた知識をもとにして問題を解いていますが、コンピュータの場合は、インターネット上にあるものを使っていますし、たくさんのコンピュータをつないで並列処理をしています。これは人間の感覚でいうとカンニングをしているように思えますが、その点はどのように考えていますか。

黒橋先生:まず、カンニングには2つの意味があります。1つは教科書をすべて覚えることです。コンピュータにとっては、教科書だけでなく、世界中の百科事典やいろいろな言語の様々な知識を持つことが苦もなくできます。これはカンニングといえばカンニングかも知れませんが、コンピュータはたくさんの知識を備えることで、たくさんの人の役に立つようになります。もう、世界中のコンピュータが1つにつながっているので、インターネット全体が1つの頭の中のようなイメージを持ってもらえたらいいと思います。

 

そして、もう1つは並列処理の問題です。1つのCPUが独立して計算するのではなく、数千個のCPUを同時に動かすので、他のコンピュータにやらせているという点ではカンニングという印象を持つ人もいるでしょう。現在のコンピュータ技術は複数のコンピュータをつなぎあわせてネットワークをつくって問題を解くことを前提にしています。個別のコンピュータの能力というよりは、複数のコンピュータがつくっているネットワーク全体を1つのシステムとして能力を測っているのです。

 

おわり

 

興味がわいたら  Book Guide

『「わかる」とは何か』

長尾真(岩波新書)

IT、クローンなど、生活の中につぎつぎと押し寄せてくる科学技術を題材に、科学的理解とは、人間的理解とは何かを考える。長尾先生は、元京都大学総長で、専門は、自然言語処理・画像処理・パターン認識。パターン認識の分野では、手書き文字の認識方式を提案した。弟子も多く、黒橋禎夫先生のその一人だ。

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『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』

松尾豊(角川EPUB選書)

人工知能は人類を滅ぼすのか。日本トップクラスの人工知能の研究者の著者が、「いま人工知能ができること、できないこと、これからできるようになること」をわかりやすく解説する。

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『あなたの声で操作できる iPhone Siri かんたんガイド』

橋本佳幸(秀和システム)

iPhoneの音声認識パーソナルアシスタント機能「Siri」を解説。「Siri」は自然言語処理を用いて、質問に答えている。基本操作やカスタマイズ方法、Siriの仕組み、日常での利用方法などがわかる。著者は株式会社NewtonJapan代表取締役。iPad/iPhoneを使った様々なサービスを企画・開発している。

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『スマホは「声」で動かせ』

鈴木清幸(ダイヤモンド社)

著しい音声認識技術の発展で、議事録作成作業が5分の1に減った。今まで1日30件しかできなかった医療検査結果の読み取りが、150件できるようになり、残業がゼロになったという。著者は音声認識システムの株式会社アドバンスト・メディアの会長。

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『IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる』

スティーヴン・ベイカー 土屋政雄:訳(早川書房)

IBMが開発した、自然言語を理解する驚異のスーパーコンピュータ「ワトソン」。2011年、ワトソンは世界屈指の難易度をほこるアメリカのクイズ番組「ジョパディ!」に出場し、みごと人間チャンピオンをやぶり優勝したのだ。開発から優勝するまでの、技術者の激闘1500日を描く。

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『翻訳夜話』

村上春樹、柴田元幸(文春新書)

東大教授(現在は名誉教授)で翻訳家の柴田元幸先生と、小説家であり翻訳家の村上春樹の肩の凝らない翻訳談義。翻訳が楽しくてしかたがないという2人。2人の翻訳を比べてみる試みも。翻訳アプリの発展を考える上でも、興味深い。

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