カオス、フラクタル、力学系、ランダム(複素)力学系

樹木やカリフラワー、海岸線、雲の境界にみられるフラクタルとは~複雑な図形、予測不可能な複雑な動きを数学で表す

角 大輝先生

京都大学 人間・環境学研究科 共生人間学専攻 数理科学講座(総合人間学部 認知情報学系兼担)

◆先生の専門分野である、「カオス、フラクタル、力学系、ランダム(複素)力学系」について説明してください。

数学ではもともとなめらかな図形を多く研究していましたが、1970年代ころから、マンデルブロという研究者の提唱のもと、細部を拡大すると全体と似るような複雑な面白い図形が盛んに研究されるようになってきました。そのような性質は「自己相似性」と呼ばれ、その性質を持つ複雑図形はフラクタルと呼ばれるようになりました。それは「砕けた」を意味する造語です。

 

実は自然界のオブジェクトを素直に観察してみると、そのような複雑図形がたくさんあります。例えば樹木、カリフラワーなどの植物、動物の臓器(肺や小腸の構造)、海岸線、山肌、雲の境界などなどです。これらは、ある物事に従ってあるものが時間とともに変わっていく極限の姿としてとらえられることが多いようです。

 

フラクタル的な野菜・ロマネスコ
フラクタル的な野菜・ロマネスコ

 

そのような図形の数学的模型として「自己相似集合」と呼ばれるものもあります。

 

シルピンスキーガスケット
シルピンスキーガスケット
雪片集合
雪片集合

 

これらのフラクタルはとても面白くて魅力的なのですが、複雑な図形なので普通の手法だけでは解析が難しいです。どのくらい複雑なのかをはかることによってそれを理解しようという考え方があります。

 

まず、直線は1次元のもの、平面は2次元のもの、空間は3次元のものと言いますが、平面のなかの非常に複雑な図形については、1次元と2次元の中間にあると考えます。フラクタルを含む一般の図形に対してその複雑さや大きさをはかるものとして、「フラクタル次元」というものがあり、それは非整数をとりえます。フラクタル次元が1次元と2次元の間にある図形たちについては、次元が大きいほど、複雑であると言われます。

 

さて、物事が時間とともにある規則に則って変化していく様子を記述する数学の分野を「力学系」と言います。そのときの未来予測などを考えます。高校では、関数 fを用意して、実数初期値 xをとった後、漸化式 xn+1 = f (xn) で決まる数列 x1 , x2 ,…を考えたりします。f が規則、n が時間を表します。

 

もっと一般には集合 X の上の変換装置(関数のようなもの)f を一つ用意して、X の初期点 x0 をとった後、漸化式 xn+1 = f (xn) で決まる点の列 x1 , x2 ,…を考えて、それが n を増やしていくにつれどのような振る舞いをするかを考えます。

 

上の話はありとあらゆる自然科学、社会科学の数理モデルとして現れます。例えば、ある地域に住んでいる昆虫の第n年度の個体数を xn とするとき、第 n+1 年度の個体数 xn+1 が、xn+1 = xn + axn (K - xn) で表される、というような数理モデルがあります。

 

予測不可能とも思える複雑な動き「カオス(混沌)」

高校でやる漸化式の話は上の関数 f (x) が一次関数 ax + b の形をしているときを扱うことが多く、そのときには n を大きくしていくと xn がどこに向かっていくか計算でわかります。しかし f (x) が、2次多項式 ax2 + bx + c (もっと一般には2次以上の多項式)にすると、f (x) や初期値 x0 のとり方によってはx1 , x2 ,…らの振る舞いが複雑になって予測不可能と思える複雑な動きをすることさえあります。この予測不可能とも思える複雑な動きを「カオス(混沌)」と呼び、1960年代にそれが観察されるようになってから数学・物理学を中心に研究が盛んになり始め、今では大変に多くの分野で力学系、カオスを意識するようになりました。

 

カオスは初期値を少しずらすと後に大きな影響が出ることでも知られており、それは各地の天気で例えると、東京で一匹の蝶々が羽ばたいた結果一週間後のニューヨークに竜巻をもたらす可能性があるというような話でなされます。

 

カオスは予測不可能とも思える不思議な動きではありますが、もともとある規則から生まれているものであるので、何らかの特徴があるはずであり、それを統計的手法などで解析します。その手法はときに「エルゴード理論」と呼ばれるものになります。予測不可能ならば、どこに何パーセントくらい xn らが滞在するか分布をとってみてみようというようなアイデアです。

 

2次元や3次元の集合の中での力学系を観察すると、時間 n を大きくして無限大に近づけていったときに、xn らがある複雑な図形に近づいていくことがあります。また、もしくは、カオスを生じさせるような初期値の集まりを絵にすると、やはり複雑な図形になることがあります。そのような複雑図形はいずれも「細部を拡大すると全体と似る」フラクタルになります。

 

さきの2次多項式 f (x) による漸化式で決まる数列 x1 , x2 ,…を考えるときには初期値 x0 を複素数(実数のほか、さらに2乗すると-1になる数を含む、加減乗除のある数の世界)にまで広げた方が解析がしやすく、またとても面白いことがわかってきました。そのように複素数上で多項式などによる漸化式でできた数列(点列)を考えることを「複素力学系」といいます。この複素力学系でもカオスを引き起こす初期値の集まりが面白く、その集まりは「ジュリア集合」と呼ばれていて、それを絵にするとやはりフラクタルです。以上のようにして、フラクタル、カオス理論などは合わさって発展してきました。

 

f (z) = z2 - 1のジュリア集合 (2乗して1引く操作を複素数上で繰り返すときの、カオス的な初期値の集合)


f (z) = z2 + 1/4 のジュリア集合 (2乗して1/4足す操作を複素数上で繰り返すときの、カオス的な初期値の集合)。複素力学系の業界でカリフラワーと呼ばれる。


現実社会にあるランダム性やノイズを反映した「ランダム力学系」

さて、力学系のところの話で、法則にあたる変換装置(関数)f は時間によらずいつも決まっていましたが、現実社会では時間とともに法則にあたる f が変化したり、変換装置(関数)が一つではなく複数個あって、毎回、サイコロを振って出た目に応じてそれらの変換装置のうちの一つを確率的に選び、xn に選ばれた変換装置をかますと xn+1 ができる、なんてこともありそうですよね。そのようなときの xn らを考えることを「ランダム力学系」といいます。

 

ランダム力学系では確率的に選択されるランダム性やノイズの入れ方の効果により、変換装置が一つのときの決定論的力学系とは異なる現象が起きることがわかってきました。例えば、ランダム性やノイズの大きさにより、カオス性が弱まったり、逆にカオス性が強まったりします。このようなランダム力学系における、決定論的力学系には起こらない特有の現象を「ランダム性誘起現象」とか「雑音誘起現象」と呼び、近年、大変盛んに研究されるようになりました。これはやはり数学に限らず、物理学、化学、生物学、など様々な分野において強く意識されつつあります。

 

(A)悪魔の階段
(A)悪魔の階段

(A)悪魔の階段:毎回、サイコロを振って目の偶数、奇数に応じて2つの関数 f (x) = 3x, g (x) = 3x - 2のどちらかを選択して、実数上の点を動かしていくとき、n回後の位置がnを大きくしていくと正の無限大に飛んでいく確率を各初期値ごとに考えたとき、それを初期値の関数と思ったもののグラフ

(B)悪魔のコロシアム
(B)悪魔のコロシアム

(B)悪魔のコロシアム:悪魔の階段のようなことを複素数上で考えた時に出てくる関数(複素数全体のなす平面上の関数)のグラフ。平面上で連続(グラフがつながっている)で、かつ以下の図(D)のフラクタル集合のところだけで変化する。

(C)フラクタルウエディングケーキ
(C)フラクタルウエディングケーキ

(C)フラクタルウエディングケーキ:悪魔のコロシアムを上下さかさまにしたもの。

(D)多項式半群のジュリア集合
(D)多項式半群のジュリア集合

(D)多項式半群のジュリア集合:複素数上で2つの多項式操作をどんどんかましていくときの、カオス的な初期値の集合。

 

※上記(A)~(D)は、角大輝HP http://www.math.h.kyoto-u.ac.jp/~sumi/index-j.htmlより

 

 

多項式漸化式を複素数上で考えたように、ランダム多項式漸化式を複素数上で考えることができます。それを「ランダム複素力学系」といいます。ランダム(複素)力学系においてランダム性の影響によってカオス性が弱まることがあるわけですが、それでもまだシステムには何らかの複雑さが残ります。この複雑さをどうはかるかが、現在の興味の対象です。ランダム力学系は、カオスと秩序の間において様々な状況になりうるので、ランダム力学系の世界では「カオスと秩序の間のグラデーション」があるわけです。そこを調べたいと考えています。例えば、ランダム(複素)力学系では、各初期値ごとに、ある場所に近づいていく確率を考えることがありますが、その確率は初期値の関数になります。その関数が、細いフラクタル集合の上だけで変化するが、全体では連続的に変化しているという様子になります。そのような関数のある種の滑らかさをはかることが、カオスと秩序の間のグラデーションの一つの尺度になっていると考えています。

 

興味がわいたら Book Guide

『カオスとフラクタル』

山口昌哉(ちくま学芸文庫)

カオス(力学系理論)、フラクタルについて述べられた日本語の入門書として最も有名なもの。ブルーバックスで書かれた1986年の著書の復刊。著者はカオス理論とフラクタルを日本に広めた功労者の一人で、京都大学で微分方程式、力学系理論、フラクタルなどについての研究を行い、多くの研究者を育てました。

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『フラクタル幾何学(上、下)』

B. マンデルブロ著、広中平祐:監訳(ちくま学芸文庫)

フラクタル幾何学を提唱し始めた研究者によるフラクタルの紹介。数学のみならず様々な分野におけるフラクタルの取り扱いが述べられています。図柄も多く掲載されています。

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『円周率を計算した男』

鳴海風(KADOKAWA)

江戸時代の日本の数学(和算といいます)に関連する短編小説集。数学+歴史小説でどれも楽しめます。表題にもなっている円周率のある公式を世界で初めて発見した建部賢弘に関する短編は、ぜひ読んでいただきたいです。数十年の格闘ののちに円周率を無限の和で表すという発想ごと発見したという話は何度読んでも感動します。

『どうして高校生が数学を学ばなければならないの?』

(大阪大学出版会)

この本では、数学を職業としている人、そうでない人、様々な立場の先生が、数学とのかかわりを語ります。

[出版社のサイトへ

 

著書の一人、角先生は「第8章 あなたは何を描いてもいいのです―論理と感性を紡いでいきましょう」を担当。専門は、物事がある規則に従って変わりゆく様子(力学系)と、海岸線やカリフラワーのような細部が全体と似る面白い図形(フラクタル)を数学的に調べることです。角先生に本書について伺いました。⇒こちらから 

角先生インタビュー

カオス、フラクタル、力学系、ランダム(複素)力学系でリードする大学・研究者