カオス、フラクタル、力学系、ランダム(複素)力学系
研究室では基礎重視。基礎の基礎から丁寧に理解していけば、数学がわかる
角 大輝先生インタビュー
京都大学 人間・環境学研究科 共生人間学専攻 数理科学講座(総合人間学部 認知情報学系兼担)
◆発展させようとしている研究とその方向性を教えてください。

ランダム力学系(物事がランダムに揺らいでいる規則に従って時間とともに変化するシステム)、フラクタル(カリフラワー、樹木、海岸線など細部が全体と似る面白い図形)がテーマです。
ランダム力学系ではランダム性(ノイズ)の影響により決定論的な力学系(ある一つの決まった規則に基づいて物事が時間とともに変化していくシステム)とは異なる面白い現象が多く観察されているので、その現象の詳細とメカニズムを解明したいです。特にランダム性の影響によりカオス性(ある種の予測不可能性)が弱まって秩序性が強まることがありますが、ランダム力学系におけるカオスと秩序の間のグラデーションについて深く知りたいです。
フラクタルはランダム力学系にも現れますが、もともと多くの分野で自然に出現するものです。フラクタル図形については、多くの場合で、全体像の中にそのミニチュア像、ミニチュアミニチュア像、ミニチュアミニチュアミニチュア像・・・が埋め込まれていますので、それらがどのように交わっているか、どのように絡んでいるかを知りたいです。それを位相幾何学という幾何学の一種を使って表現する新しいアプローチも考えています。自然科学、社会科学の多くの分野で力学系、フラクタルが扱われますので、究極的にはすべての科学の理論面に影響が表れていく可能性があります。
◆先生が指導されている学生の研究テーマを教えてください。
・複素力学系
・フラクタル
・ランダム力学系
・エルゴード理論
・複素解析
・位相幾何学
など
◆先生の研究室の卒業生は、どんな就職先で、どんな仕事をされていますか。
2005年から2017年3月まで大阪大学理学部数学科に私は在籍しておりましたが、当時の卒業生のことをお話ししますと、中学高校の数学教員が多く、そのほか銀行などの金融関係、保険業界も多いです。
研究室では基礎を大切にして教育を行います。研究室に配属されてきたときに「全く基礎ができてないなあ」と感じさせる学生もいますが、大学1年の最初の基礎の基礎のところからとても丁寧に一行一行教科書を読んでもらって黒板で説明をしてもらう、ということをセミナーで長く続けて、自主ゼミでもそれをずっと行ってもらうと、最初ほとんど数学を理解していない状況であった学生さんたちが見違えるようにしっかりとした考え方をするようになって、私自身がとても感動しました。
そのうちの高校教員になった方々と今でも時々会いますが、高校生の皆さんへの指導についての考え方などは私のほうがいつも大変勉強になります。保険業界で働いている卒業生はアクチュアリと呼ばれる国家資格の試験の全科目合格を目指して頑張っています。
◆研究室や授業(講義)では、どのような指導、内容の講義をされていますか。
研究室では基礎重視です。基礎の基礎からしっかりと理解をしてもらうことを目指します。そのうえで、自分の考え方、物の感じ方(感性)を大切にしてもらうことを指導します。数十人の学生さんが受講する講義で基礎から丁寧に行うということは、なかなか難しいことではありますが、それを目指しています。
◆先生は研究テーマをどのように出会ったのかを教えてください。
「算数の探検」(ほるぷ出版、現在日本図書センターから復刊されている)という10冊の絵本風の算数と数学のシリーズを読んで小学校を卒業するくらいから、数学者になりたいと考えるようになりましたが、高校生のころ、「もしかして純粋数学は実社会とかなりかけ離れていて、実社会に何も影響をおよぼさないのでは」という疑念にかられるようになりました。そのように思っている方は実際多いのですが、これは実は全くの勘違いです。しかし当時の私はそのように思い、「数学に興味があるけど本当にそれを専攻していいのかわからない」という心情になってかなり悩みました。
数理生物学という分野があることなどを知り、それならば純粋数学だけで閉じていないと思い大学で生物を学ぼうとしてみましたが実験がどうしても好きになれずに挫折。しばらくさまよっていましたが、ようやく観念して純粋数学を普通に学び始めました。
大学4年生で配属された研究室でその年に扱っていた話題が「複素力学系」で、力学系を複素数上で複素解析を用いて研究するというものでした。数理生物にも通じていること、フラクタル図形が複素力学系で扱われるがフラクタル図形が自然界に多くあることなどを知り、その分野を深く学ぼうと思いました。しかし勉強しているうち、一つの関数だけ繰り返す話をしていて、少し物足りないような気がし始めました。京都大学大学院人間・環境学研究科に進学したときに、複素力学系の専門の研究者の研究室に入りましたが、フラクタルを専門とする研究者の講義やセミナーも受講しました。
フラクタル幾何学で扱われる「自己相似集合」という数学のモデルでは、複数の縮小コピー装置(関数)の組でできる図形を扱います。そのうち、複素力学系の話と複数の写像でできるシステムの話をくっつけたら面白い話ができるのではないかと無意識的に感じるようになって、修士1年のときにそのような話を自ら開拓し始めました。つまり、複素平面の上で、複数の多項式関数または有理関数を用意して、それらの合成全てを考えるシステムを考える理論を構築し始めました。
この理論は私が初めて考えたものではないことがすぐにわかりましたが、先行研究はほとんどなく、私と共同研究者で理論開拓を20年以上にわたって行っています。この話はランダム複素力学系と密接な関係があって、そのうちにランダム性(ノイズ)によってカオス性が軽減する現象を自ら発見してそのメカニズムをある程度解明したあと、数学以外のほかの分野や実社会でランダム性やノイズの効果で決定論的な力学系とは異なる現象が起きるということを研究している方を探し始めたところ、実際にそのような研究者が多数いることを知り、かつ(複素平面上と限らない)ランダム力学系理論がそのような現象の解明を行おうとしていて世界的にはやりつつあるということを知って、現在に至ります。
◆この分野に関心を持った高校生に、具体的なアドバイスをお願いします。
下記に挙げた本などを読んでみるといいかもしれません。もし難しすぎると思われたら、検索すればカオスとフラクタルの解説書などはたくさんあるのでそれにあたってみればいいかと思います。
フラクタル図形をある程度手で書く方法もあります。コンピュータを持っておられたら、数式処理ソフトなどでフラクタルのグラフィクスをコンピュータで描かせることもできます。インターネットで検索すればたくさんの描き方、プログラムなどが引っかかると思います。本物のシダそっくりのフラクタル図形を描く方法などが有名です。
フラクタルについてはフラクタル次元が面白い話題です。『どうして高校生が数学を学ばなければならないの?』の私が書いた章にあるように、実際にフラクタル次元を研究してみた高校生の方がおられます。その方は特にマンガの図柄やそのほかの絵画のフラクタル次元をはかられました。カオス、力学系理論については2次多項式で決まる漸化式の数列がどのような振る舞いをするか、電卓やExcelを使っても少しは体験できるでしょう。
カオスを音楽で体験したい場合はコンピュータと録音部分つきシンセサイザーを持っていれば、2次多項式で決まる漸化式がつくる数列を音符にして音楽にしてみるなんてことをすると面白いです。
◆高校時代は、どのように学んでいたか、何に熱中していたかを教えてください。
父が持っていた大学数学の教科書を眺めていましたが、理解はできませんでした。でも数学の世界にあこがれていました。高校の部活では卓球をやっていて、半分くらい卓球のことを考えていました。数学の難しい問題をゆっくり時間をかけて(何日もかけて)解くのが高校1、2年まではとても好きでした。数学は時間を無制限にかけないと面白くないような気がします。
◆角先生のホームページ
http://www.math.h.kyoto-u.ac.jp/~sumi/index-j.html
上記に下記の記事などが掲載されています。
(1)2012年大阪大学大学院理学研究科数学専攻案内の「数学へのいざない」 (研究紹介)研究の内容を一般・高校生向けに書いています。
http://www.math.h.kyoto-u.ac.jp/~sumi/Izanai2012final.pdf
(2)フラクタル図形とフラクタル次元(2012年度大阪大学生命理学コース1年生向け講義資料)
http://www.math.h.kyoto-u.ac.jp/~sumi/seimeirigaku12talknotree.pdf
興味がわいたら Book Guide

『カオスとフラクタル』
山口昌哉(ちくま学芸文庫)
カオス(力学系理論)、フラクタルについて述べられた日本語の入門書として最も有名なもの。ブルーバックスで書かれた1986年の著書の復刊。著者はカオス理論とフラクタルを日本に広めた功労者の一人で、京都大学で微分方程式、力学系理論、フラクタルなどについての研究を行い、多くの研究者を育てました。
[出版社のサイトへ]

『フラクタル幾何学(上、下)』
B. マンデルブロ著、広中平祐:監訳(ちくま学芸文庫)
フラクタル幾何学を提唱し始めた研究者によるフラクタルの紹介。数学のみならず様々な分野におけるフラクタルの取り扱いが述べられています。図柄も多く掲載されています。
[出版社のサイトへ]
『円周率を計算した男』
鳴海風(KADOKAWA)
江戸時代の日本の数学(和算といいます)に関連する短編小説集。数学+歴史小説でどれも楽しめます。表題にもなっている円周率のある公式を世界で初めて発見した建部賢弘に関する短編は、ぜひ読んでいただきたいです。数十年の格闘ののちに円周率を無限の和で表すという発想ごと発見したという話は何度読んでも感動します。
