学問本オーサービジット(筑波大学協力)
様々な立場の人たちの利害や思いを「調整」する
~『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』を読んで
都市社会学・地域社会学 五十嵐泰正先生+長野清泉女学院高校8人

●オーサー 五十嵐泰正先生 筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻
●参加者 長野清泉女学院高校 1年暁の星組の有志 8人
●実施日 平成29年2月18日(土)
●都市社会学、地域社会学でリードする研究者/社会学でリードする大学

『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』
五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議(亜紀書房)
ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でも柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。
この本は、私の専門である都市社会学・地域社会学の中心的なテーマを直接扱っているわけではありませんが、社会学を学ぶことで、様々な立場の人たちに耳を傾けて、その利害や思いを「調整」するというセンスを身につけることができ、また、こうした「調整」を市民サイドが担っていくことがますます必要になってきている、ということを伝えたいとも思います。
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◆先生の専門分野である、都市社会学・地域社会学を簡単に説明ください。

都市(や地域)をめぐる学問には、都市社会学のほかにも、都市計画、都市史、都市地理学、都市経済学など様々な隣接領域があり、特に日本では、工学の中に含まれる都市計画の領域の、都市(や地域)をめぐる政策的・社会的な発言力が非常に強くなっています。もともとはおおざっぱに言えば、土木や建築に関わるいわゆる都市のハード面を見るのが都市計画、都市における人々のコミュニケーションやコミュニティを見るのが都市社会学という役割分担にはなりますが、現状では工学系の人たちがソフト面も含めて論じる傾向が強く、もっと都市社会学は頑張らなければいけないと思います。
クラスや部活動などの人間関係での問題解決にも生かせる

◆オーサーはどのような話をしましたか。
東日本大震災後、柏市で高い放射線量が検知され、ホットスポットとして知られるようになり、生産者と消費者の間の信頼性がなくなってしまいました。また生産者の間でも壁が生じました。そんな中で、五十嵐先生たちは、当初「敵」だと思っていた相手も柏への愛着を持ち、この課題を何とかしていきたいと考える地域住民だという側面を双方に確認しながら、少しずつ両者の関係をときほぐす活動を行っていきました。その過程とその結果について、主に社会学的な観点から話されました。地元農産物を積極的に購買していた人ほど事故後に買い控えの傾向があるということがわかったアンケートの結果など、具体的な現状も説明し、生産者や消費者の考え方を変えるにはどうすればよいか、という話がありました。
◆とくに丁寧に説明があったのは、どのような内容でしたか。
行政の発表が信頼できない中で、柏での問題を解決するには、柏への愛着を共有して協働的かつ科学的な解決を模索することでした。数字に人格的信頼を持たせ、顔を見える関係を築くように活動しました。「ピンチをチャンスへ」という意識が大切であり、起きている問題をどうすれば次につながるきっかけにできるかというように考えを変えることが重要です。生産者は意識を切り替えてプロジェクトに参加し、自信を持って農業に向かえるようになりました。このことは今回の問題だけでなく、クラスや部活動などの人間関係の中で起こる問題解決にも生かせることです。問題を「ずらす」ということも問題解決するときの一つの考え方です。
◆どのようなことをディスカッションしましたか。
・「別の景色が見えている」とは?
みんなの経験の中で意識が食い違ったことはなかったか、話し合いました。
・もし長野で似たような問題が起こったら?
柏と違う長野の特徴は何か。長野の何を売り届けたいか。それをどこに住んでいる人に、どのように届けたいか。どのぐらいのマーケット層、価格帯で届けたいか。伝えるべき価値は何か。そのために必要な物語は何か。そのために有効なメディアは何か。このような観点で具体的に話し合いました。
異なる価値観が、ぶつかり合うことは大切と実感
<学問本オーサービジットに参加して>

◆オーサーの話では、どのような内容が印象に残っていますか。
◆「一つの物事に対しても、立場が違えば、感じ方・考え方も違う」という話は、部活やクラスでの決め事の時など、身近にあるのだなと思いました。普段から物事を考える時には自分の意見を尊重しつつも、自分とは違った立場の人がどう感じ、どんな考え方をしているのかを考えてみるのも大事で、また楽しそうだなと思いました。
私が話し合いで印象に残ったことは「放射線などの被害で信頼を失ってしまったモノが復活するには価格を安くするだけではダメ!」ということです。私や母は安い物を買ってしまうことが多いので、私はいろいろな人に買ってもらえるように、とにかく安くすれば良いのかなと思っていました。しかし、先生のお話を聞いて、安いモノよりも、少し高くても、信頼のあるブランドのようなモノの方が良いなと思うようになりました。特にフランスのボルドーワインの説明はわかりやすく面白かったです。家族もみんな、「安い方が良い」と思っていたみたいですが、このことを説明してみると、みんな納得しました。(坂口礼実さん)
◆何かプロジェクトを成し遂げるためには人が必要ですが、必ずしもみんなを賛成させるのではなく、理解してくれる解釈共同体を広げていくことが大切だということを聞きました。今まで私はこのような考え方をしていなかったので、この考え方を聞いたときに、なるほどと思いました。普段もこの考え方を取り入れてみたいと感じました。(丸山みくさん)
◆五十嵐先生が「自分から関心を持とうとする人には様々な情報が開かれている時代」と最後におっしゃったのを聞いて、ああ本当に先生のおっしゃった通りだなと深く思いました。グローバル化している世界の中で何かを調べよう、研究しようと思えば、今は何でも簡単に調べられ、答えが導き出されます。私たちにはたくさんの情報が与えられています。そんな幸せな時代に生まれた私は本当に幸せだなあと今日のお話を聞いて思いました。(宇佐美 雅さん)
◆オーサーの話から、どんなことを考えましたか。
◆柏での円卓会議のように、異なる価値観を持った人たちが集まり、議論することは私たちの学校生活の中にもたくさんあります。互いにぶつかり合うことが大切だと実感しました。大学へ進学するときには長野から出て、他の場所で生活をすることになると思います。そんな中で、今、改めて長野の特性について考えること、必要とされることに目を向けることは、私にとって大きな気付きでもありました。何か地域のものを届けたいと思ったときに、その地域の物語やイメージを付けることで、興味を持つ人が増えるという話を聞き、まず地域の特性についてよく知ることが大切だと思いました。(三田沙弥さん)
◆私は『みんなで決めた「安心」のかたち』を読む前は、放射能の測定について、理系的な面でアプローチするのかと思いましたが、理系と文系、両方の力が必要でということがわかりました。ただ理系的に放射能の数値を測ってそれを野菜と共に提示して売るだけの話ではなく、不利な立場である農家の方や健康を気にする消費者がよりそって、どこまでなら譲れるか、納得できる測定方法や基準値を作るのには、農家の姿勢や信頼でも決まってくるといった話に、文系的な、人の心理や意見をまとめる力、人との結びつきなどの必要を感じました。(間部真衣さん)

(後列)三田沙弥さん、丸山みくさん、五十嵐先生、田中真央さん、小林姫菜子さん、馬場三菜海さん (前列)宇佐美 雅さん、坂口礼実さん、(先生)、松沢早織さん、間部真衣さん、広沢美咲さん
◆長野清泉女学院高校HPでも、五十嵐先生の学問本オーサービジットが紹介されました。