学問本オーサービジット(筑波大学協力)

イスラーム社会が特別視される中、チュニジアの文学作品を読む意味とは

~『青の魔法』を読んで

北アフリカのフランス語文学・青柳悦子先生+春日部共栄高校6人

●オーサー 青柳悦子先生

筑波大学 人文・文化学群 比較文化学類 テクスト文化学コース/人文社会科学研究科 文芸・言語専攻 総合文学領域

●春日部共栄中学高校 図書委員会有志 6人

●実施 2017年2月25日

フランス語圏文学や北アフリカ文学に関連する研究者はこちらから

 

『青の魔法』

エムナ・ベルハージ・ヤヒヤ 青柳悦子:訳 (彩流社)

地中海に面した北アフリカの国チュニジアの女性作家による、チュニジアの現代(1990~2000年頃)を描いた小説です。日本人にも身近な感じのするモラトリアムな女性と落ちこぼれの男子学生の二人を主人公とした、とても読みやすい話です。二人の主人公をめぐる物語が交互に展開しながら進むので、謎が多いですが、飽きさせません。この二人を取り巻く個性いっぱいの多くの人々が登場し、またチュニジアの現代生活が活写されているので、いつの間にか読者は、チュニジアの日常世界を知ることになります。そこからは世界のいろいろな問題への扉が開かれています。物語の最後には希望の光が! 固有名詞を架空のものにするなど、ファンタジックな仕掛けも楽しめる作品です。

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◆先生がオーサービジットで高校生たちと話し合いたい観点は何でしょうか。

 

・イスラーム教徒やイスラーム社会が特別視される昨今の風潮の中で、イスラーム教が普及している国の人びとを描いた作品を読んで、現代社会の一員どうしとしての共感を養う。

 

・すばらしい文学の発信者は欧米先進国だけにいるわけではないことを実感し、世界の文化の新たな構図を認識する。

 

・伝統と近代性との関係、地域性とヨーロッパ的なものを中心とする普遍性との関係、そして人間にとって本当に普遍的なものはなにか、を考える。

 

・現代世界の問題を自分自身と近いものとして考える。国内の経済格差やその他の格差、国際間の経済格差、若者のいきづまり感、移民問題、自分の未来とこれからの社会を作っていくための工夫、など。

 

・文学(小説)が得意とする、人間の内面、人間関係の複雑さ、ものごとの多面性の掘り下げを存分に体感するとともに、言語表現芸術の奥深さを楽しむ。

 

など、話し合いでは、以上のような事柄を共有し、深める機会としたいと考えています。

 

◆先生のご研究の分野名である、文学の中の「文学理論、小説言語論、北アフリカのフランス語文学」を簡単に説明してください。

 

・文学理論:個別の作家や作品の研究ではなく、文学の一般的特質や文学というものの本質に関することを探究します。

 

・小説言語論:小説や物語の内容ではなく、その言語表現の特徴、どのような語り方のルールがあるかなどを研究します。使う言語(英語、フランス語、日本語、アラビア語など)によって、小説の語り方がどう違うかなどについての研究を含みます。

 

・北アフリカのフランス語文学:フランス語圏文学とも言い、フランス語で書かれる文学はフランス以外の国でも生み出されています。とくに北アフリカのチュニジア・アルジェリア・モロッコは、フランスの旧植民地であったため、多くの国民の母語はアラビア語ですが、現在もフランス語が生活や教育において浸透しており、フランス語で書かれる新しい文学が生まれています。

 

◆オーサービジットで取り上げる本から、先生の分野について、何を知ることができますか。

 

・北アフリカのフランス語文学について

チュニジア(独立後)の現代文学の日本語訳は私の翻訳以外にはありません(この作品のほかに、もう一作、同じ作者の『見えない流れ』も翻訳)。チュニジアやアルジェリアの現地から生まれる文学作品を通じて、その地域の人々の視線、問題意識、文学の新たな使命などについて考えることができます。文学の新しい鉱脈の発見にもなります。

 

・小説言語論について

母語がフランス語でない作者によるフランス語作品には、西欧言語で一般的に共有されている物語叙述のルールを柔軟に改変する特質があります。内面描写と客観叙述の間のより頻繁な移動や、多重視点、語りのポジションの移動(超越的な位置と物語世界への密着)など。これらは日本文学にも近似した特質であり、世界の物語言語をより広く捉え、探究することができます。

 

・文学理論について

多言語・多文化地域ならではの哲学や世界観を考える土台になります。また、この作品という具体例を通して、文学・文化に関する地球規模での新たな生産と流通の構図を考えることができます。

 

文学からは、その国の理解だけではなく、自国を見つめ直すこともできる

◆オーサーはどのような話をしましたか。

 

海外の文学作品を読むことで、文化的な価値観のずれがわかります。とりわけ、本書からは、ヨーロッパやアメリカなどの先進国とアフリカなどの途上国について、文化や思想、考え方の違いを比較することもできます。また、文学の良いところは、その国を理解できる材料であり、その地域の特性などを第三者的に見ることにより、他国だけでなく自国をも見つめ直すことができるところだということでした。

 

青柳先生はフランス文学を専攻していました。そして、母国語がフランス語のチュニジアに行き、チュニジア人の人柄に触れ、チュニジアの本を翻訳し自ら発信しよう思い至ったという、経緯をお話ししてくださいました。さらに、舞台となっているチュニジアの地理、現実や社会問題などの資料を配っていただき、説明がありました。

 

◆とくに丁寧に説明があったのは、どのような内容でしたか。

 

日本は宗教が自由であるのに対して、チュニジアや周辺の国々では、イスラーム教を信仰しているという違いがあります。そうしたイスラーム教に対する認識、チュニジアの人々の特徴なども含め、チュニジアから見える世界や、文化の表面的な部分ではなく根本的な価値観の構造について説明がありました。

 

『青の魔法』では登場人物が考えたり、悩んだり、日本人と何ら変わらない感情や思いを描いています。文学によって国境を越え親近感が持てることや、経済が安定していない国々の社会的側面を理解し、他国との交流や社会環境をより良くするための工夫などを学んでいくことも大事であるという話がありました。

 

◆どのようなことをディスカッションしましたか。

 

本から読み取ることのできるチュニジアの内情や、チュニジア等の文学作品を読むことで何が見えてくるのか話し合いました。また、好きな登場人物や印象に残ったシーンについてなど、本の感想を語り合いました。

 

日本と同じような生活観や考え方から、親近感が生まれた

<学問本オーサービジットに参加して>

◆オーサーの話では、どんな内容が印象に残っていますか。

 

◆海外の文学作品を読むとき、欧米のものが多いですが、アフリカ等の地域でも素晴らしい作品があるということがわかりました。視野を広げる、視点を変えることでかけがえないものを見つけることができると思いました。先進国かそうでないかに関係なく、その国や文化それぞれに違いと同じところを見つけることができるのだと思います。(中村若菜さん 1年)

 

◆外国人との関わりにおいて、文化の違いを心配することはない。これからは、どんどん多くの国の文化が入り混じるため、引け目に思う必要はないという話が印象に残っています。(鈴木友香さん 2年)

 

◆翻訳者は、自分の知識のみを信じて手探りの状態で一から訳していかなければならないと知って驚いた。(箕輪隼人くん 2年)

 

◆今後は他の先進国諸国の真似だけでなく、アフリカなどの発展途上国からも教育などで学ぶことはたくさんあるという話が印象に残っています。(大原惇くん 2年)

 

◆日本でふだん手に入る情報は、どこかの国を経由したものがほとんどです。その点、現地で書かれた文学は、その地の生の情報を得られることもあるということです。(木内愛さん 2年)

 

左から 北川紘己くん(2年)、箕輪隼人くん(2年)、青柳先生、木内愛さん(2年)、鈴木友香さん(2年)
左から 北川紘己くん(2年)、箕輪隼人くん(2年)、青柳先生、木内愛さん(2年)、鈴木友香さん(2年)

◆オーサーの話から、どのようなことを考えましたか。

 

◆海外の特にヨーロッパ以外の文学に触れることで、他国の人々の価値観やその思考がどのように育っていくのかと文化の違いから生まれる差について、目を向けるきっかけになりました。また、そのようなきっかけができたことで、これからのグローバル化社会での生き方を身につけることができるのではないかと思いました。(中村若菜さん 1年)

 

◆遠く離れているチュニジアにも、同じ感覚を持っている人がいることがわかりました。今、世界では大きな紛争が幾度も起こっています。文化や言語の垣根を越えて手を取り合えれば、もっと平和な世界を作り出せるのではないかと考えました。(鈴木友香さん 2年)

 

◆異国の地でも、日本と同じような生活観や考え方を持っていることがわかって、親近感が生まれました。(箕輪隼人くん 2年)

 

◆教育に関係する仕事に就きたいと考えていたので、いろいろな場面で経験を積み考えることが必要であると気づくことができました。(大原惇くん 2年)

 

◆チュニジアについて地理的な資料を配っていただいたので、わかりやすかった。現実の地形や社会を踏まえた説明により、最初に読んだときにはよく理解できなかったことが腑に落ちたり、気にも留めていなかったところに、新たな視点を向けたりできる手助けにもなった。(北川紘己くん 2年)

 

◆国や人種が違っても、互いを尊重し合えば必ずわかり合えることができるという実体験を聞けたことで、私ももっと他の国へ目を向けてみようと思いました。(木内愛さん 2年)

 

左から 大原惇くん(2年)、北川紘己くん(2年)、箕輪隼人くん(2年)、木内愛さん(2年)、鈴木友香さん(2年)、中村若菜さん(1年)
左から 大原惇くん(2年)、北川紘己くん(2年)、箕輪隼人くん(2年)、木内愛さん(2年)、鈴木友香さん(2年)、中村若菜さん(1年)

チュニジア、アルジェリアをもっと知る

『チュニジアン・ドア』

高田京子:写真・詩(彩流社)

チュニジアは美しい観光国。その伝統をもっともよく表すものとして独特のドアがある。うっとりと引き込まれてしまう素晴らしい写真とそれに添えられたごく短い詩を通じて、チュニジアがきっと好きになる写真集。イメージから地中海の国に近づきたい人に。

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『美しきアルジェリア――7つの世界遺産を巡る旅』

地球の歩き方編集室(ダイヤモンド・ビッグ社)

アルジェリアは素朴な国。日本人にはあまり知られていないこの国の魅力的な姿を、カメラマン大塚雅貴氏の写真であなたも発見することができます。苛酷な歴史や衝撃的な事件によってではなく、人々の積み重ねてきた文化や生活の場として新しい国を知りたい人に。

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『アズールとアスマール』

ミシェル・オスロ監督(2006年)

アニメ映画。あまりにも美しい映像に誰もが息をのむ、フランスアニメーション界の大ヒット作。アラビア語を話す召使い(乳母)に育てられた西欧の裕福な青年アズールが、乳母の故郷である北アフリカの地に単身渡って繰り広げるファンタジックな冒険の物語。異文化の発見と人間の成長を温かく描いた傑作。

 

『アルジェの戦い』

ジッロ・ポンテコルヴォ監督の映画(1966年)

フランスの植民地支配からアルジェリアが独立するには、7年に及ぶ戦争(1954-1962)を経なくてはならなかった。この映画は、アルジェリア民衆の側に立って独立戦争後半の激しい闘争の時期を描いた映画史上の大傑作とされる作品。植民地支配の苛酷な実情と現地の民衆の抵抗のありようを知りたい社会派のあなたに。

 

フランス語圏文学や北アフリカ文学に関連する研究者

フランス語圏文学や北アフリカ文学に関連する研究者や、多文化地域の文学・文化研究を、従来の文学研究の枠にとどまらない柔軟な視点で教育していると思われる学部・学科から。フランスの大学も紹介。詳しくはこちらから