学問本オーサービジット(筑波大学協力)

「ことば」で伝えようとするものは何なのか。自分のことばを見つめ直して

~『ことばのエクササイズ』を読んで

言語学・青木三郎先生+茨城県立緑岡高校図書委員会6人

●オーサー 青木三郎先生

筑波大学 人文・文化学群 人文学類 言語学主専攻/人文社会科学研究科 文芸・言語専攻

 

●参加者 茨城県立緑岡高校図書委員会6人

佐野正宗くん、藤枝一輝くん、品川達哉くん、小林陽菜さん、荘司さやかさん、飛田春花さん(全員2年生)

 

●実施 2017年12月21日

言語学<意味論/言語コミュニケーション論>でリードする大学・研究者はこちら

 

『ことばのエクササイズ』

青木三郎(ひつじ書房)

本書は、ふだん自分が自由に使っていると思っている「ことば」について、ふと立ち止まって考えてみようという趣旨で書いたものです。読んでほしい読者は、これから大学で言語学を履修するであろう学生の皆さん、さらに、一般に、ことばによるコミュニケーションに興味をお持ちのすべての人たちです。

 

「ことば」の学びは生涯続くものです。そう思い「ことば」について考えるために16のエクササイズを提案しました。各エクササイズは、ことばの働きに関して、とても大切な、基本的な問題を含んでいます。

 


例えば「エクササイズ1」は「事物へのアプローチ」というテーマ。どうして見たこと、聞いたこと、感じたことなどを、「ことば」によって漏らすことなく、すべてを伝えることができないのだろうということを考えていきます。道案内では、地図を見せた方がわかりやすく、口で説明するのはややこしくなるばかりです。それはなぜなのでしょう。深い悲しみや大きな喜びも、「ことば」で表すことが難しいです。けれども人は、絶えず、「ことば」で伝え合おうとします。

 

それでは「ことば」がなかったら、どうでしょうか。それこそ多くのことを伝え合うことができなくなってしまいます。「ことば」で伝えられないもの、伝えられるもの、伝えたいもの、伝えようとするものは何なのか。エクササイズを通して、理解を自然と深めていき、最後は「ことばにならない世界」と「ことばの世界」の接点に降り立ち、自分のことばを見つめ直せるようにしてあります。

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◆先生の研究分野である、総合言語科学について教えてください。

 

ことばは、人間が概念を想像・創造し、それをもって思考し、人と人をつなぐ働きをするものです。世界がますますグローバル化し、多様化する中で、異質な価値観や文化的背景を持つ人々がお互いに理解し合い、また交流するためには、ことばについて深く知ることはとても重要なことです。これを脳科学、心理学、社会学、記号学そして言語学などを通じて総合的に理解していこうとするのが総合言語科学です。

 

そのためには多くの研究分野を専門的に学ぶトレーニングが必要ですが、大事なことは、そのようなことばを誰もが使っている(!)ということに驚くことです。『ことばのエクササイズ』は、高校生の皆さんが、大学に進学し、新しい知識を身につけていきながら、深く人類の意思疎通という難問に取り組むきっかけとなることを願って執筆したものです。

 

青木先生インタビューはこちら

 

◆オーサービジットではどのような講義やディスカッションがされましたか。 

私の方からは、次のような質問を投げかけました。

 

「皆さん、ふだんの生活で物や人に名前がなかったら、困りませんか。」

 

「名前を持つものと、名前を持たないものがある。(窓のカーテンを示し)これはカーテンという名前がつけられていますね。でもこのカーテンの一部は、いったい何という名前でしょうか。名前がついていませんよね。どうしてだろう。」

 

「おでん、好きですか? 竹輪やコンニャクなど食べて、その味をことばにしてみてください。『おいしい』だけでは伝わらないですね。あなたが口に入れたときの、その味。なかなかことばにしづらいですよね。でも工夫してみてください。」

 

「大震災で被災した方々が、それぞれの思いを短歌や俳句にしています。そうして、歌でつながっています。歌の力ってすごいですね。皆さんはどう思いますか。」

 

生徒の皆さんは、その場で、考えていました。すぐに答えを言うのは、実はとても難しい問題ばかりです。時間をかけてもいいから、自分のことばで説明できるようになってほしいとと思いました。

 

また、「日本人の名前の付け方」「商品などのネーミング」についての話題で、ディスカッションは盛り上がりました。

 

日本人の名前は、青木、石田、臼山、江口、小畑など、自然の要素を組み合わせたものが多いです。世界のいろいろな文化での名前の付け方を知ると、もっと世界が深くなります。商品などのネーミングは、商品を手にとってみたくなるような、試乗してみたくなるような、試し書きしてみたくなるような素敵なネーミングになっているかどうか。覚えやすい名前かどうか。カタカナ語か漢字語か、それとも英語とかフランス語とかを使っているか、などなど、いろいろ観察して、考察してみるとことばの面白さの一端に触れることができます。

 

大学で研究者として仕事をしている人は、皆、面白い!と思ったことをひたすら追究しています。ことばに関しては、日常生活のすべてのことが面白いテーマです。

 

<学問本オーサービジットに参加して>

ことばで言い表せないものが圧倒的に多いが、ことばで伝えようとする姿勢が大切

◆オーサーの話では、どんな内容が印象に残っていますか。

 

・ことばが人と人をつなぐ特別な力を持っているという、新しい考え方を知りました。ことばがないと大変だなと考えていましたが、ことばがあっても大変だと考えが変わりました。(佐野正宗くん)

 

「ことばは、伝えられないものの方が圧倒的に多い」というお話を聴いて、私たちが日々使っていることばの曖昧さ・不確かさを改めて実感しました。初めから「どうせ伝わらない」とあきらめてしまうのではなく、相手に何とか伝えよう、分かち合おうとする姿勢が大切なのだと学びました。そのためには自分の語彙を豊かにし、相手に伝えるための様々な技術を磨いていくことが必要であると感じました。(飛田春花さん)

 

「ことばは、物理的に1つしか意味を持ち合わせていない」と聞いて、「ダブルミーニング」は違うのかを聞いてみました。「うちの娘、男の子なんですよ」というおばさんの会話から、「状況によって、ことばの意味が決定される」ということを知りました。(これは「娘が男の子を出産した喜びのことば」だったそうです。)

また、東日本大震災で被災された方々が、自発的に短歌を作り、それがまとめられて出版され世界で大きな反響を得ていることも知りました。日本人が、昔から大切にしている精神(ことだま=ことばに魂が宿るという考え)などについてのお話も興味深かったです。(品川達哉くん)

 

 

◆オーサービジットで取り上げられた本について、とりわけ面白いと感じたところはどこですか。

 

「エクササイズ8」の「広告のことば」が面白いと思いました。どこかで見たり聞いたりしたことのある、キャッチフレーズについて分析している章で、消費者の目に止まるよう、工夫して表現されていることがわかりました(藤枝一輝くん)。

 

この本を読むと、ことばを様々な面から考えることができ、自分のことばが何を表し伝えられるかを知ることができます。また、どうしてもことばで伝わらないこと、味や状況や絵などがあるのに、ことばだから伝わり共感できたり影響されたりするものがあることについても深く考えさせられます(品川達哉くん)。

 

第3章「恋文のすすめ」が印象に残っています。何かを本当に伝えたいときの思いの強さと、それを表現しうるだけの技術があって、はじめて相手に届くのかなと感じました。ことばでは伝えられないこともあるけど、ことばによって絶望的な現実を書き換え、希望に変えることができる、ことばの力について興味を持つことができました。(小林陽菜さん)

 

◆オーサービジットでは、どんなことを考えましたか。

 

先生が「この世にはことばで言い表せないものが圧倒的に多いが、ことばで伝えようと努力する気持ちが大切だ」と話されたことが印象的でした。私はことばでうまく表現することができず、「やばい」「すごい」などたった1つの単語で済ましていましたが、これからは相手に伝わりやすいように、詳しく自分のことばで説明できるようにしたいです。(小林陽菜さん)

 

その国の持つ独特な感性などは、他国語に訳すのは難しいというお話を聞き、ことばだけでは伝わらないことは世界中にたくさんあり、どうしたら伝えることができるのだろうと考えました。(荘司さやかさん)

 

年齢や時代を超えて分かち合うことばとは、どんなものだろうかと考えました。複雑なレトリックや難解なことばでは、逆に伝わらないことも多く、本当のわかりやすさとは何だろうと意識するきっかけとなりました。(飛田春花さん)

 

興味がわいたら

映画『君の名は』

(東宝株式会社)

目に見えない絆(きずな)とことばとタマシイの深い交感の世界が、2人の高校生の間に繰り広げられるます。深読みすると、文化人類学の本質に迫ります。

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映画『千と千尋の神隠し』

(東宝株式会社)

「千」という名前で生きる少女と、「千尋」という名前で生きる少女の物語です。名前の持つ力について深く考えるきっかけとなります。

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『子どもとことば』

岡本夏木(岩波新書)

子どもの発達の中での「ことば」を捉えた心理学の名著。一人ひとりの子どもが獲得していくことばのシステムに目を向け、ことばの性質と役割について考えていきす。読み終わると人間は一人で生きているのではなく、多様なインタラクションの中で生を営んでいることが深く理解できようになります。

 

すべての人に向けて話されたことばが、個人つまり「私自身」に対してこそ話されたものとして受けとめられます。これが「生命あることば」が息づいている、ということにほかならない、と著者は心底からメッセージを送っています。

 

子どもは成長して大人として完成するのではなく、子どもの世界は大人の世界とはちがった豊かな世界があります。子どもに対する見方を変えると、子どもの世界だけではなく、社会全体の捉え方さえも変わってきます。その変化は、21世紀の急激に変容する社会をどのように捉えればよいかという問題にもつながっているのです。本書は一流の心理学者であり教育学者である著者の手によるわかりやすい文章で、実に愛情深く子どもの世界に接し、その魅力を論じてくれています。

 

ことばの研究をするためには、言語学の専門書を読むのは大学の専門課程か大学院に入ってからでも遅くありません。それよりも、自然科学から文学に至るまで、いろいろな現象に興味を持ち、その面白さを感じてください。相手に伝えるときは、いつも(必ずとは限りませんけれども)ことばを使います。そのときにことばのエクササイズをなさってください。

 

知っていても、説明することが難しくて困ったことがあります。幼稚園に入った長女が、あるとき、「お父さん、今って、いつ?」と聞くのです。高校生はそんなことを聞かないと思いますけれども、どのように答えればよいか、考えてみてください。

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