学問本オーサービジット(筑波大学協力)
多言語社会アフリカ。交通網が整備されれば、使われる言語も変わる
~『安定を模索するアフリカ』を読んで
社会言語学・木田剛先生+岐阜県立可児高校6人

●オーサー 木田剛先生
獨協大学 外国語学部 フランス語学科
(元筑波大学 グローバル教育院 地球規模課題学位プログラム/人文社会科学研究科 文芸言語専攻)
●参加者 岐阜県立可児高校6人
中島優太くん、柳生泰輝くん、新藤碧斗くん、西垣剛大くん、池下陽斗くん、高橋由樹くん(全員1年)
●実施 2018年1月25日
『安定を模索するアフリカ』
木田剛(ミネルヴァ書房)
グローバル化の波はサハラ以南のアフリカにも押し寄せ、多くの面で変化が生じています。長期にわたる植民地を経験したことから、いまだ経済的・政治的に脆弱であるものの、地域統合や新たな国際関係が進展し、政治ガヴァナンスにも改善の兆しが見えはじめました。本書では、アフリカ地域の現状を知るとともに、アフリカが抱える課題と可能性を見据えながら、様々な変容の背後にあるメカニズムを分析します。
[amazonへ]
識字率が低くても、多くは複数の言語を話す多言語話者
◆オーサービジットではどのような講義やディスカッションがされましたか。

ご紹介する本にはアフリカに関する様々なテーマを扱った章がありますが、その中で言語についてお話ししました。
アフリカの国々は多くの言語が話されている多言語社会です。日本では日本語が通じない場所はほとんどないので、日本語1つだけが共通語と言っていいと思いますが、アフリカでは1つの国に40前後の言語があるところもあれば、200以上も話されている国もあります。
このような社会では人びとがコミュニケーションしにくいという問題が起きます。買い物にいっても、売り場の人が同じ言語を話せないとしたらどうしますか。身振り手振りを使ってなんとか相手に買いたい物を伝えようと努力するかもしれませんが、これが日常茶飯事だと困りますよね。この場合、どちらかが相手の言語を知っていると商談は成立します。このように、アフリカの人びとは複数の言語が話せる多言語話者である場合が多いといわれています。
ところで近年は、一部の言語を好んで話されるようになりつつあります。人びとが他の言語を学ばなければならない状況が生まれたからです。
例えば、落花生生産が盛んな西アフリカのセネガルでは、商品の輸送のために交通網が整備され、出稼ぎのために多くの人びとが落花生の産地に移動しました。そうすると、人びとは日常生活でコミュニケーションを円滑にするため、生産地で話されている言語であるウォロフ語を使うようになりました。
また、宗教的な側面もあります。セネガルで最も信仰されているのはイスラーム(イスラム教)ですが、教祖がウォロフ語で教えを説くことが多かったので、次第にこの言語を理解しようと思う人びとが増えていきました。言語が社会で人びとを結びつける基盤として機能するようになるわけです。
このようにことばの研究には社会、文化、経済、輸送交通網と関係がある都市計画などの複合的な要因があることを理解してほしいと思います。
◆先生の研究分野である、社会言語学について簡単にご説明ください。
言語学は人間のことばについて研究する学問ですが、もう少し広く捉えると、コミュニケーションについて研究するので、人間同士のやり取りを越えた現象まで研究対象にします。
みなさんの生活の中でどのようなコミュニケーションがあるか考えてみてください。いろいろな形があるでしょう。これらの中にどのような決まりや規則があるのかを考えるのが言語学です。
その中で社会言語学は、とくに社会とことばの関係を考える分野です。しかし、ここでは社会という言葉を単に国や地域のように広い地理的空間と捉えるだけでなく、複数の人間がいることで生まれる社会的な関係も指します。
例えば、友だち同士の関係、先生との関係、兄弟や姉妹の間の関係、親や親戚との関係、知らない人との関係、有名な人との関係などです。これらの社会的関係に従い、われわれは言葉使いを変えていると思いますが、なんらかの決まりがあるということにお気づきでしょう。
このような言語使用の規則性を考えることが社会言語学のテーマのひとつです。他にもいろいろな規則性があると思いますが、どのようなものがあるのか考えてみてください。
◆生徒からの質問で、印象的だったものはどんな内容でしたか。

アフリカでは識字率がどうして低いのかというのはよい質問です。この問題は1国に多くの言語が話されている多言語状況と関係していると思います。
識字率を向上させるには、まず言語の正書法(アルファベットやかなシステム)を確立する必要がありますが、そのためには正書法を整理する研究が必要でしょうし、正書法ができたとしても、言語の数だけ先生を養成しなければなりません。これらを行うためには膨大な教育・研究予算が必要になるでしょう。アフリカの経済状況にはそこまでする余裕がないというのが答えになります(それを実施したとしても、おそらく複雑すぎて、識字率の向上は成功しないかもしれません)。
ただ、識字率が低くても、多くの人びとは複数の言語を話す多言語話者であることが多いのがアフリカ人の特徴かもしれません。日本人の中で2,3の言語を話せる人は稀であることとは対象的だと思います。
アフリカ人はあまりテレビなど買うことができないのに、なぜ携帯電話を持っているのかという質問も面白いと思いました。私の答えとして、以前からある出稼ぎなどの経済移民がアフリカには現在もあり、家族との通話だけでなく、送金のために使われていることがあります。アフリカでは銀行へ行くより携帯電話で送金した方が手軽です。
「アフリカのほとんどの言語には書き言葉がない」に驚き
<学問本オーサービジットに参加して>
◆オーサーの話でどのようなことが印象に残っていますか。

アフリカには一カ国に数十、数百の言語が存在しています。そのことはアフリカにおける識字率の低さに繋がり、また、この原因としては、教育水準の低さや経済の不安定さも考えられる、といったように、アフリカのいろいろな問題が互いにリンクしていることを教えていただき、見方が広がりました。
アフリカの市場でのやりとりの中で、英語や現地語など、複数の言語が入り交じって登場するという説明が印象的でした。アフリカには国というまとまりとは全く別に、言語や宗教に基づいた、多様なまとまりが重なり合って存在するという状況を端的に表す場面であり、とても興味深いと思いました。(中島優太くん)
ガーナについてです。カカオが有名な輸出品で、稼ぐためにはカカオをたくさん植えればいいけれど、そうすると、土地の肥料が少なくなって育たなくなり、今度は自分たちが食べる食べ物を育てられなくなってしまう、という話が興味深かったです。(柳生泰輝くん)
アフリカはなぜ識字率が低いのかという質問について、先生がおっしゃった「アフリカのほとんどの言語には書き言葉がない。」ということに対して面白いと思いました。僕たちは日常で書くことが当然だと思っていたので、びっくりしました。(西垣剛大くん)
日本はアフリカの国々とどう関わっていくべきか、という質問で、先進国として支援していくのも大切だが、日本でアフリカの人を雇うなどすれば日本は人手不足を解消でき、アフリカの人も職を得られるという双方に利点があると感じた。(高橋由樹くん)
◆オーサービジットで取り上げられた本について、とりわけ面白いと感じたところはどこですか。
特に面白いと感じたのは、第7章の言語の章です。アフリカの店で買い物をする時のやりとりについて、人々は状況に合わせて違う言語を使うと書いてありました。日本では日本語が主で、外国人に対して少し外国語を話すぐらいなので、その違和感が新鮮で、日本との他の違いについても考えさせられ、面白かったです。(柳生泰輝くん)
一つの視点から多角的に物事を見るということの重要性を知ることができる。言語というすべてのコミュニケーションの根本から、政治、経済、教育など多岐にわたる分野との関連性と一つ一つ見つけながらアフリカという国の構造を解明している。言語だけではなく、多方面とのつながりもより理解しやすくなっている。(新藤碧斗くん)
◆オーサービジットを振り返って、読書やオーサーの話、ディスカッションから、どんなことを考えましたか。

アフリカのこれからの成長や安定につながることをしたいと思いました。簡単なところは、ユニセフの募金をしたり文化交流センターに行ったりするなどです。僕個人では、スポーツに興味を持っていて、その点でもアフリカに注目しているので、スポーツの交流、将来的には日本とアフリカをスポーツで結ぶようなこともしたいと思いました。(西垣剛大くん)
一つの視点にとらわれないということの大切さを知った。多くの物事との関連性を見つけ、一つ一つ事象をつむいでいくことで、今まで見ることのできなかった新しい事実を知ることができるということを強く感じた。(新藤碧斗くん)
医療関係の話ではアフリカの医療グループに協力するために、協力隊が働きかけていることを初めて知りました。日本も、医療面だけでなく、教育面や仕事の面で人材の提供、働く場所を提供していることを知り、驚きました。
特に、医療についての考えが深まりました。外国の医療について少しではありますが、目を向けることができ、視野を広げることができました。(池下陽斗くん)

興味がわいたら
『言語からみた民族と国家』
田中克彦(岩波現代文庫)
「言語は、すでにできあがった自明の道具に過ぎず、単に使われるべくそこにあるだけの、受動的な手段だと思うにとどまる社会科学に本質的な発展はなく、また自らが社会科学として何をやっているのかを考えてもみもしない言語研究は学問ではないのである」。社会とことば(あるいは言語)の関係に関心がある人にはお勧め。
[amazonへ]
『言葉に心の声を聞く』
阿部宏(東北大学出版会)
ことばのいろいろな側面を言語学者の視点から説明した内容。平易な文章なので、ことばの問題に関心のある人、言語学とはどういうものか知らない高校生や大学生にも勧められます。
[amazonへ]
『視覚的思考 創造心理学の世界』
ルドルフ・アルンハイム 関計夫:訳(美術出版社)
受動的だと考えられがちな「見る」という行為を、能動的と捉えて、人間の生活の中で視覚が果たしている役割について、いろいろな状況を説明したもの。常識を見直して見る点で、物事を科学してみようと思う人にはよいと思います。