学問本オーサービジット(筑波大学協力)

強いつながりよりも弱いつながりの方が強い~必要な「人間関係」って何だ

~『つながりを煽られる子どもたち』を読んで

アイデンティティ論・土井隆義先生+千葉県立小金高校9人 

●オーサー 土井隆義先生

筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

 

●参加者 千葉県立小金高校 9人

●実施 2018年3月16日

人間関係論としての社会学研究者・学べる大学はこちら

 

『つながりを煽られる子どもたち』

土井隆義(岩波ブックレット)

現在の日本人のコミュニケーションは、インターネットの発達によって希薄になっているのではなく、むしろ濃密になっています。子どもたちのネット依存も、LINEのようなアプリの浸透によって人間関係の常時接続が可能になった結果といえます。また、今日のいじめ問題も、そのつながり依存の一形態として捉えることができるでしょう。しかし冷静に考えてみれば、所詮ネットは単なる道具にすぎません。結局はそれを使いこなす人間の問題であるはずです。


では、現代の日本人に「つながり過剰症候群」が広がってきた背景には、いったいどんな事情が潜んでいるのでしょうか。本書は、それを価値観の多様化と社会の流動化という社会現象に求めます。そして、社会学的な観点からつながり依存の心理的メカニズムを解明していきます。抽象的な議論だけではありません。高校生の皆さんや、皆さんが日々接している学校の先生や親など、いろいろな人たちの意識調査の結果を使いながら、今日の人間関係の特徴について考察を行なっています。

 

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◆先生の研究分野である、アイデンティティ論について簡単にご説明ください。

 

通常、アイデンティティの問題は心理学のトピックと考えられています。この用語を一般に広めたのも心理学者のエリクソンです。しかし、社会学においても、アイデンティティの問題は重要なトピックとなっています。人間が社会的存在である以上、アイデンティティもその観点からとらえる必要があります。それは、個人の変数であると同時に、社会の変数でもあるのです。

 

民族紛争や戦争といった国家をまたぐ大きな問題から、犯罪や非行、自傷や自殺といったごく個人的な問題まで、現代社会を生きる人々のアイデンティティをめぐる問題として理解することができます。

 

◆オーサービジットで取り上げる本から、先生の分野について、何を知ることができますか。

 

現代人のアイデンティティの特徴がどのようなものであり、それが過去のものとどのように異なっているのかを知ることができます。またその変容がどのような社会背景から生じた現象なのかを知ることもできます。

 

現代の日本では、社会的な格差が進行し、経済的な生きづらさを抱えた人びとが増えています。そのため、自傷や自殺を企図する者も、過去より高い人数を示しています。しかし同時に、現代の日本では、一般的に幸福度が上昇しており、したがって犯罪や非行は激減しています。このように、表面的には相反しているように見える現象も、その社会背景をよく眺めれば、じつは同根の現象であることが見えてくるのです。

 

現代社会は、複数の意味の層から成り立っています。その層を一枚一枚めくっていく作業が、いわば社会学の醍醐味といえます。ぜひその作業の知的興奮を皆さんにも味わっていただきたいと思います。

 

映画『サマーウォーズ』に地縁的、血縁的つながりに憧れる今の若者をみる

<学問本オーサービジットに参加して>

◆オーサーの話でどのようなことが印象に残っていますか。

 

先生のお話によると、学校で過ごす時間、クラスで過ごす時間が全てだと感じる子どもほど不登校などになりがちなのだそうです。精神的に不安定になることを防いだり、気持ちの依り所を作ったりする。そして何より、信頼できる大人と出会うことが必要だということがわかりました。手放しで親を頼れる子どもが多くない時代、学校の先生、地域の大人、現代を生きる全ての大人に、先生の著書を通して少しても現状を知ってほしいと思いました(3年Eさん)。

 

「ジョハリの窓」に特に興味深く感じました。「自分は知っているけれど他人は知らない自己」こそが自分だと思いがちですが、それは思い込みで、「自分は気づいてないけれど他人には知られている自己」こそ自分なのだということを初めて聞きました。私はよく、自分がどんなふうに存在しているのか、自分は一体何なのかがわからなくなってしまいます。「ジョハリの恋」についての見解から、自分がわからなくなったとき見つめ返すべきは他人だという考えにたどり着きました(1年Mさん)。

 

地縁的、血縁的つながりの拘束がなくなったことで、地縁的、血縁的つながりを自ら求め、憧れるようになったことがわかりました。例として、大家族の絆がテーマの映画『サマーウォーズ』が挙げられました(2年Kさん)。

 

いわゆる「イツメン(いつものメンバー)」は自分の世界におしこまれてしまい、比べる軸を増やす機会を奪ってしまいます。「イツメン」という自分の世界に縛られることなく、視野を広げていくことが、今日の流動的な社会を生きていく上で重要になるということを学びました(2年Cさん)。

 

今の学生が昔よりも向上心が少ないと感じるのは、時代の変化(高度経済成長→バブル→現在)が関係しているという点で、人間の思考や生き方に、経済が大きく関係していることが新しい発見でした。社会に出ると“オタク”体質の人が、“キャピキャピー群”よりも力を発揮する理由が、自分だけの強み(個性)を持っているからという話もとても興味深かったです(2年Tさん)。

 

土井先生がディスカッションの中で、「強いつながりよりも弱いつながりの方が強い」(強いつながり=狭いコミュニティーの中だけで生活するよりも、弱いつながり=広いコミュニティーを持っていた方がより幅広い多くの情報は知識を得ることができる)とおっしゃっていて、そのような言葉を聞いたのは初めてだったので、とても面白かったです(1年Nさん)。

 

今と昔では未来の捉え方が違うということがわかる映画の例として、『時をかける少女』が紹介されました。比較的新しい、細田監督のアニメーション映画では、未来から来た男の子は普通の高校生として出てきますが、昔の大林監督の実写映画の方では男の子は不思議な未知の感じで出てきます。ここから、今私たちの時代は「未来」とは今の延長であるということ、かつての「未来」とは今とは違うもので何か変化があると思われていたとわかります(2年Sさん)。

 

 

◆オーサービジットで取り上げられた本について、とりわけ面白いと感じたところはどこですか。

 

親子関係が以前に比べフラットになり、いわゆる「友達親子」が増えたことにより、子どもたちが親や学校の先生に全面的に頼ることができなくなっているとありました。「以前は学校の先生も親ももっと高圧的で、不満を抱く子どもたちも多かったようですが、いざという時は周りの大人に頼り切ることができていた」「近年では大人や社会に不満を抱く若者は減ったものの、不安を抱く若者は多い」「親や教師との関係がタテのつながりから友人のようなヨコのつながりにシフトしている。そのため親や教師には褒められても以前ほどの喜びや誇らしさは得られないのではないか」など。タイトルには「子どもたち」をありますが、子どもたちだけの問題ではなく、社会の問題だということがわかります。大人も子どもも他人事だとはおもわず、ぜひ読んでいただきたいです(3年Eさん)。

 

 

現代の子どもたちが人間関係を求める理由について詳しく書かれています。人間関係を求めるのが当然だと思っていましたが、それは時代が生んだ考え方だということが、昔の時代の子どもたちと対比して、わかりやすく書かれています(2年Kさん)。

 

「一旦人間関係から落ちこぼれてしまったら、もうあとは生きていくことができない。そんな危機感が強まっているように思われます」という文を読んで、クラスメイトが「一軍の子と明らかに趣味が合わないと思った時、高校生活が終わったと思った」と言っていたことを思い出しました。私たちが、新学期、新しい生活が始まる場面で一番不安に思うのは、「友達の輪の中に入れるかどうか」ではないかと思います。気にしすぎて泣きたくなったり、絶望して外をシャットアウトしたりしてしまいたくなる人もいると思います。だから、私たちはもっと外の世界を知るべきです。いろいろな価値観、様々な尺度、それを知ることの大切さ、この本は教えてくれると思います(1年Sさん)。

 

 

◆オーサービジットを振り返って、読書やオーサーの話、ディスカッションから、どんなことを考えましたか。

 

本を読んで面白いなと感じたのは、「人間関係とは良い衝突を契機にそのあり方が見直され、再構築されていくもの」という言葉です。これは心の中に留めておかなければならない考えです。また、若者が以前と比べてつながりをより意識するようになったのは、「今の若者は“今”を重視しすぎているから、つながりへのこだわりが増してきた」という考えに至りました。「今がずっと続くわけではなく、この先の新しい環境や出会いによって、物事の見え方は変わってくる」という言葉が印象に残っています(1年Mさん)。

 

社会学を学びたいという思いが強くなり、土井先生の著書を他にも読もうと思いました。批判的、客観的に物事を捉えて言語化し、説明できる力を身に付けたいです。知識を得て、自ら深く考え、アウトプットすることでその知識はより高いものになると思いました(2年Kさん)。

 

大学ではメディア論を専攻する予定です。きっとまた、様々な視点が必要になると思いますが、今回学んだことは一つの視点として生かしていきたいと思います。ゆるく開かれた人間関係を目指し、これまでやってきたことを深めて新たな面を発見し、また新しい世界に踏み込むことで、常識と違うようなことも学んでいきたいと思います。活動範囲が広がる今だからこそ、ボランティアなどやってみたいです(3年Kさん)。

 

今回は社会学的な目線からSNSと人とのつながりを学んだので、心理的な面でも同じテーマで研究してみたいです(2年Tさん)。

 

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