化学生態学/生理活性物質化学、昆虫科学
果樹園を守れ!昆虫のプロポーズ大作戦を知って害虫駆除
西田律夫先生 京都大学 名誉教授(元農学部応用生命科学科)
第3回 トロピカルフルーツに大打撃を与えたミカンコミバエの不思議~害虫駆除が逆に植物の生態をおびやかす可能性も
小笠原諸島や沖縄など南の島のトロピカルフルーツに、とても深刻な被害を与えた虫がいました。その名をミカンコミバエと言います。ミカンコミバエはミカンなど熱帯性の果実に産卵します。それも果実の表面に産むのでなく、お尻にある針のようなものを果実に突き刺し、ぶちゅぶちゅと産みつけるんです。だから殺虫剤をしてもなかなか防除できなかったんです。40年ほど前の話です。

そこで、ミカンコミバエの撲滅大作戦が練られました。「オス特異的誘引剤を用いた大量誘殺によるミカンコミバエ根絶事業」と言います。10年かけた国家プロジェクトでした。どういうものか話しましょう。
ミカンコミバエのオスは、フルーツのような甘い香りがするメチルオイゲノールというベンゼン環の化合物に強く誘引されます。これに少量の殺虫剤と混ぜたものを、硬いボール紙に染み込ませて置いておきました。そこへミカンコミバエのオスが殺到して、ぺろぺろなめるんですね。オスはあっという間に死にました。メスは交尾されないまま受精卵を産むことができなくなり、一網打尽に滅びしてしまいました。このミカンコミバエの大量誘殺法は、他の環境にあまり影響を与えずに害虫を抹殺できたということで、画期的な技術と今でも高く評価されています。
そもそもミバエのオスたちはどうして自分の身を滅ぼすほどメチルオイゲノールに執着するのでしょうか。当初、メスの分泌するフェロモンと思われていましたが、メスはこの物質をまったく持っていません。むしろ逆のことがわかってきました。オスはメチルオイゲノールを一生懸命なめて体に取り込み、メスが大好きな物質に化学変換してメスにプロポーズするのです。自然界にはメチルオイゲノールを含む植物がたくさんあり、オスはせっせとフェロモンの原料を集めます。
ミカンコミバエの生息する熱帯地方には、ミバエランという可憐なランの花が咲いています。ミバエランは、受粉のためメチルオイゲノールを出して、ミカンコミバエのオスを巧みに誘引します。受粉を手伝ったオスは褒美にメチルオイゲノールをなめさせてもらい、体内でフェロモンに変化させます。そしてメスのミバエはこのすてきな匂いの“花束プレゼント”でプロポーズするオスを好んで受け入れます。

ここでみなさんに考えてほしいことがあります。つまり、ミバエランとミカンコミバエは、お互いに持ちつ持たれつの共生関係にあります。ということは、ミカンコミバエを大量誘殺することが、稀少なミバエランの滅亡も招いてしまう危険性があるわけです。
そういうところまで考えると、私たちは目先の害虫のことだけでなく、できるだけマクロな目で生態系を理解する必要があります。こうした生物と生物のつなぐ目に見えない無数の糸を化学の言葉で解き明かしていきたいと考えているのです。
おわり
興味がわいたら!

『化学』2016年3月号(化学同人)
化学に関する月刊誌で、最新トピックスが満載。3月号の巻頭は西田先生の記事「生物たちの言葉を化学で解き明かそう!─ケミカルエコロジーの世界への誘い」。幼いころ、アゲハチョウがなぜミカン科の葉だけを食べるか不思議に思いこの分野に進んだ話や、東南アジアの果樹の害虫を追ってジャングルへ向かった話なども興味深い。
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『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』
神崎亮平(岩波科学ライブラリー)
オスのカイコガ(絹を作る蚕の成虫)は、数キロ離れた所から漂うフェロモンの匂いを頼りにメスを見つけ出す。米粒ほどの小さな脳でありながら、優れたセンサと巧みな行動戦略をするのが昆虫脳。そのひとつひとつのニューロンをコンピュータ上にモデル化し、シミュレーションすることで明らかする。
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『共進化の謎に迫る―化学の目で見る生態系』
西田律夫、山岡亮平、高林純示(平凡社)
黒澤映画に登場したアリの行列、会話する植物、グルメなアゲハチョウの話など、観察と実験から昆虫と植物を結ぶ目に見えない情報ネットワークを解き明かす化学の試み。西田先生は、このなかで、アゲハチョウの食草の謎を執筆。
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※出版元に在庫無し

『植物を守る 生物資源から考える21世紀の農学第3巻』
佐久間正幸:編(京都大学学術出版会)
害虫や雑草の駆除は、農薬ではなく、「生物学」による防除の時代に。西田先生は、「第3章 昆虫と植物 —攻防と共存の歴史—」を執筆。
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『昆虫はすごい』
丸山宗利(光文社新書)
恋愛、戦争、奴隷、共生…、人間がやっている行動は、ほとんど昆虫が先にやっている。特に面白いのは繁殖行動。相手と出会うためあの手この手を使い、贈り物、同性愛、貞操帯、子殺し、クローン増殖と何でもアリ。養老孟司氏推薦。気鋭の昆虫学者が紹介する虫の世界。続編『昆虫はもっとすごい』も。
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『植物の不思議な生き方』
稲垣栄洋(朝日文庫)
自ら動けない植物は、子孫を残すために、昆虫と駆け引きし、動物も利用する。植物のちょっとグロテスクな生態のほか、春になると黄色い花が咲く理由、甘いスイカの狙いなど、植物学の研究が明らかにした植物の生存戦略が楽しい。
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『ファーブル昆虫記』
奥本大三郎(NHK出版)
著者はフランス文学者にして、『ジュニア版ファーブル昆虫記』を翻訳した、ファーブル昆虫館の館長。古今東西の名著の魅力を、25分×4回の100分で解説する番組の人気テキストで、膨大なファーブル昆虫記の要点が学べる。
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西田先生おススメ 中高生に読んでほしい本

『昨日今日いつかくる明日~読切り「エネルギー・環境」~』
村上信明(現代図書)
著者は、長崎総合科学大学で新エネルギー、バイオマスを研究。これからの地球のこと、人類のこと、問題提起されたエネルギー・食料・環境などを考えながら、いろいろな発展的学習ができる。
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