化学生態学/生理活性物質化学、昆虫科学

果樹園を守れ!昆虫のプロポーズ大作戦を知って害虫駆除

西田律夫先生 京都大学 名誉教授(元農学部応用生命科学科)

西田先生の記事が掲載

『化学』2016年3月号(化学同人)

化学に関する月刊誌で、最新トピックスが満載。3月号の巻頭は西田先生の記事「生物たちの言葉を化学で解き明かそう!─ケミカルエコロジーの世界への誘い」。幼いころ、アゲハチョウがなぜミカン科の葉だけを食べるか不思議に思いこの分野に進んだ話や、東南アジアの果樹の害虫を追ってジャングルへ向かった話なども興味深い。

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第1回 ナシヒメシンクイムシの性フェロモンを用いたプロポーズ大作戦!

化学の言葉で生態系を解き明かそうという話をします。かなりいろんな昆虫が登場します。昆虫の好きな人、嫌いな人、いろんな観点から考えていただければと思います。

 

これはたわわに実ったリンゴです。青森県弘前市の岩木山のふもとにある果樹園です。どこを見渡してもリンゴ、リンゴ、リンゴ…、おとぎの国に迷い込んだようですね。

 

リンゴについたナシヒメシンクイ
リンゴについたナシヒメシンクイ

農家の人はおいしいリンゴを作るために大変な苦労をされている。ところがどんどん実が大きくなるころ、虫に狙われるんです。

 

ナシヒメシンクイに食害されたリンゴの幼果
ナシヒメシンクイに食害されたリンゴの幼果

ナシヒメシンクイという蛾の幼虫がリンゴの芯を食ってしまう。害虫は米粒ほどの大きさです。農家の人は殺虫剤を撒きますが、中まで染み透らないから、ナシヒメシンクイはなかなか死んでくれない。最近は浸透性殺虫剤という優れたしかも安全な薬がありますが、出荷前の残留農薬の問題もあるので、何とか別の方法で虫をやっつけられないかと研究は進められています。

 

そこで考えられたのが、ナシヒメシンクイの成虫(蛾)のメスが分泌する性フェロモンという化学物質を利用する方法です。ナシヒメシンクイに限らずいろんな昆虫がそれぞれ特有のフェロモンを出します。これまでに世界で約500種のフェロモンが発見されています。ナシヒメシンクイのメスがお尻から放出したフェロモンの匂いをオスは触角でキャッチするというふうに、オスとメスは性フェロモンで交信しております。言い換えると、メスはフェロモンでオスにプロポーズしているのです。

私たちはフラスコで、このフェロモンを化学合成してみました。フェロモンは10gで何億匹ものオスを誘引できるくらいのパワーがあるんです。ためしに京大の高槻農園で、ほんの1㎎のフェロモンを仕掛けたら、一瞬の間にたくさんのオスが捕まえられることがわかりました。しかし問題が1つありました。オス99匹を捕まえることができても、逃れた1匹のオスが1匹のメスと“結婚”すると、たくさんの卵を産んでしまう。そうすると撲滅作戦は元の木阿弥です。

 

そこで新たに「フェロモン交信かく乱」作戦というものを導入しました。メスのフェロモンを果樹園のあっちこっちに仕掛けておくんです。オスは「煙幕効果」のように合成フェロモンの匂いにかく乱されメスにたどり着けません。結果として卵を産むことができず、リンゴ園は守られました。この交信かく乱の方法は欧米の大きなリンゴやナシ園ではかなり好結果を収めています。

 

興味がわいたら!

『化学』2016年3月号(化学同人)

化学に関する月刊誌で、最新トピックスが満載。3月号の巻頭は西田先生の記事「生物たちの言葉を化学で解き明かそう!─ケミカルエコロジーの世界への誘い」。幼いころ、アゲハチョウがなぜミカン科の葉だけを食べるか不思議に思いこの分野に進んだ話や、東南アジアの果樹の害虫を追ってジャングルへ向かった話なども興味深い。

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『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』

神崎亮平(岩波科学ライブラリー)

オスのカイコガ(絹を作る蚕の成虫)は、数キロ離れた所から漂うフェロモンの匂いを頼りにメスを見つけ出す。米粒ほどの小さな脳でありながら、優れたセンサと巧みな行動戦略をするのが昆虫脳。そのひとつひとつのニューロンをコンピュータ上にモデル化し、シミュレーションすることで明らかする。

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『共進化の謎に迫る―化学の目で見る生態系』

西田律夫、山岡亮平、高林純示(平凡社)

黒澤映画に登場したアリの行列、会話する植物、グルメなアゲハチョウの話など、観察と実験から昆虫と植物を結ぶ目に見えない情報ネットワークを解き明かす化学の試み。西田先生は、このなかで、アゲハチョウの食草の謎を執筆。

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※出版元に在庫無し

『植物を守る 生物資源から考える21世紀の農学第3巻』

佐久間正幸:編(京都大学学術出版会)

害虫や雑草の駆除は、農薬ではなく、「生物学」による防除の時代に。西田先生は、「第3章 昆虫と植物 —攻防と共存の歴史—」を執筆。

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『昆虫はすごい』

丸山宗利(光文社新書)

恋愛、戦争、奴隷、共生…、人間がやっている行動は、ほとんど昆虫が先にやっている。特に面白いのは繁殖行動。相手と出会うためあの手この手を使い、贈り物、同性愛、貞操帯、子殺し、クローン増殖と何でもアリ。養老孟司氏推薦。気鋭の昆虫学者が紹介する虫の世界。続編『昆虫はもっとすごい』も。

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『植物の不思議な生き方』

稲垣栄洋(朝日文庫)

自ら動けない植物は、子孫を残すために、昆虫と駆け引きし、動物も利用する。植物のちょっとグロテスクな生態のほか、春になると黄色い花が咲く理由、甘いスイカの狙いなど、植物学の研究が明らかにした植物の生存戦略が楽しい。

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『ファーブル昆虫記』

奥本大三郎(NHK出版)

著者はフランス文学者にして、『ジュニア版ファーブル昆虫記』を翻訳した、ファーブル昆虫館の館長。古今東西の名著の魅力を、25分×4回の100分で解説する番組の人気テキストで、膨大なファーブル昆虫記の要点が学べる。

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西田先生おススメ 中高生に読んでほしい本

『昨日今日いつかくる明日~読切り「エネルギー・環境」~』

村上信明(現代図書)

著者は、長崎総合科学大学で新エネルギー、バイオマスを研究。これからの地球のこと、人類のこと、問題提起されたエネルギー・食料・環境などを考えながら、いろいろな発展的学習ができる。

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