確率論、金融工学

「期待値」ってどうよ?

中島匠一先生 学習院大学 理学部数学科

「学校では教わらない、“使える"確率――期待値基準」についてもわかる

『数学的決断の技術  やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』

小島寛之(朝日新書) 

ギャンブル、自らの進路を決めるとき、重要なプロジェクトを進めるとき、投資するとき…。あまたある決断を、数学的手法をもとに合理的に判断していこうというのが本書。数式が苦手な文系でも大丈夫。

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第1回 「ゲームでいくらもらえるか」を期待して計算

 ~「期待値」とは?

「期待値ってどうよ?」というタイトルをつけましたが、私は普段こういう物言いはしません。が、ちょっとウケを狙って(笑)、「どうよ」って2ちゃんねる用語ですかね、流行っているらしいので使ってみました。


とはいえ「期待値ってどうよ?」には別の思いがあります。高校の新課程から期待値が抜けたので、勉強しなくなってしまうのではないでしょうか。旧課程には入っていたのに、新課程で失われたことについて、私はけしからんと思っていまして、期待値こそ確率論をやる上で重要なのです。「期待値をやらなくてどうすんの」くらいに考えているのです。

せっかくの機会ですから、皆さんにはぜひ「期待値」の意味合いを理解していただきたい。私が大学で教えていてびっくりするのは、学生たちは期待値の計算はできるのですが、「期待値って何に使うの?」って聞くと、何もわかってなかったりすることです。それは恐ろしいと思っています。実社会で起こることの多くは、確率や統計と関わっています。したがって、確率論には実用的な応用がたくさんあるのですが、その確率論の中で非常に重要な役割を果たすのが期待値なのです。

面白いことに、高校では確率と無関係に教えられている数学の内容の多くが、確率論で利用されています。確率と積分につながりがあると思いますか。「確率って、割ったり足したりするだけでは?」と思っている方もいるかもしれませんが、実は積分なのです。私たち数学者は、期待値イコール積分のことと考えています。期待値とは積分することと、ほぼ一緒です。

ゲームの参加費はいくらなら妥当?


下にある問題を見てください。

【問題A】
1枚のコインを(続けて)投げて、次のルールで賞金がもらえるゲームがあるとします。

1回目で(いきなり)表が出る … 賞金は、100円
2回目で(はじめて)表が出る … 賞金は、200円
3回目で(はじめて)表が出る … 賞金は、400円
4回目で(はじめて)表が出る … 賞金は、800円
5回目で(はじめて)表が出る … 賞金は、1600円

5回とも全部裏が出る … 賞金は、0円(ゲーム終了)

上のゲームを行なうには「参加料」が必要です。あなたは参加料がいくら以下だったら、「ゲームに参加したい」と思いますか?
(1)直感で答えてください。
(2)理論に基づいて答えてください。

まず、このゲームを理解してください。コインを最大5回まで投げることができて、その出た目に応じた賞金がもらえるゲームです。コインだから当然、表と裏があって、1回目投げて表が出たら100円もらえますが、そこでゲームオーバーです。しかし、最初に裏が出たら、もう1回投げられます。次に表が出た場合、2回目で表ですから、賞金は200円になります。こういうルールで続けていって、4回目も裏で、5回目で表が出たら、1600円がもらえるのです。ただし、5回で終わりなので、5回全部が裏だったら、賞金なしで打ち止め。100円、200円、400円、800円、1600円と、賞金が倍々で上がっていくゲームです。


このゲームに無料で参加したら儲かるに決まっていますよね。5回続けて裏が出たら0円ですが、確率的にはなかなか出ないはずですから。5回のうちどこかで表が出さえすれば、いくらかはもらえるので損はしません。


しかし、そんなうまい話は世の中にはありません。このゲームには参加料が必要なのです。もしかしたら0円かもしれないけれども、最大では1600円もらえる可能性のある、このゲームにあなたはいくら払いますかという問題です。


(教室内のある高校生に向かって)「あなたならいくら払いますか? 直感で結構です」
(高校生)「100円です」
 
最低賞金の100円ですね。確かに、それだと損することはなさそうです。直感で答えると、性格が出てしまいますね(笑)。でも、参加費が安すぎると、主催者(=胴元)が嫌がって逃げてしまうかもしれませんよ。「もっと払ってもいい」という方はいらっしゃいませんか。

妥当な金額=期待値


では、問題Aを解説していきましょう。いくらが適正な参加料なのでしょう。

問題Aは高校で確率を習った方はできるはずだと思います。最近、教科書によっては、期待値のことを「平均値」と書いてあるかもしれません。私はどうも平均値という言葉がぴんと来なくて、どうしても期待値と呼びたくなります。期待値は、英語では expectation というのですが、カッコよく聞こえませんか。英語の辞書には、ちゃんと、数学用語としても載っているはずです。

例えばこのゲームを1000人でやった場合に、結果的にその人たちがいくらもらったかの平均値を取れば、それがゲームの適正な参加料になりそうですよね。そういう意味では期待値=平均値ですが、このゲームをやった場合に、平均的にいくらもらえることが期待できるかという意味で「期待値」なのです。

さて、「250円なら参加費として妥当である」が問題Aの答えです。もちろん参加費が250円より安ければ得、250円より高ければ損。250円が「ちょうどよい金額」ということになります。


では、なぜ、250円が(参加費の)妥当な金額となるのでしょうか。もちろん、そこにはちゃんとした理屈があるわけで、それが確率論なのです。


では、下の表を見てください。

一番上から見ていただくと、最初に表が出る確率は2分の1ですね。裏・表と出る確率は、裏が出る確率は2分の1、次の表も2分の1だから、2分の1同士をかけ算して4分の1になります。


裏・裏・表の場合は、これも2分の1を3回掛けるので8分の1。以下、表の通りです。これ以外の出方はありません。最後は、裏・裏・裏・裏・裏で、全部裏が出る確率は32分の1ですが、その期待値はゼロ円です。そうすると、確率2分の1で100円がもらえるということは、100円をもらえる確率が2分の1ですから、かけ算して、平均的に50円もらえると考えていいわけです。


200円をもらえる確率が4分の1ということは、平均すればやはり50円。たまたまみんな50円ですが、50円・50円・50円・50円・50円と来て、最後がゼロ円と考えれば、50円を5回出すと想定して、250円が妥当な参加料であろうというわけです。


もし怪しいと思う方がいらしたら、実際にコインを5回投げるのを100セットくらいやってみて、平均がいくらになるかを試してみればいいのです。意外と理論と合致するものですよ。


というわけで、問題Aの答えは、250円が妥当な金額、となります。

 

興味がわいたら

『数学的決断の技術  やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』

小島寛之(朝日新書) 

著者は、経済学博士、数学エッセイストとして、入門書の執筆も多い帝京大学の先生。ギャンブル、自らの進路を決めるとき、重要なプロジェクトを進めるとき、投資するとき…。あまたある決断を、数学的手法をもとに合理的に判断していこうというのが本書。数式が苦手な文系でも大丈夫。「学校では教わらない、“使える"確率――期待値基準」にも触れている。

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『マンガでわかる微分積分』

石山たいら、大上丈彦:著、メダカカレッジ:監修(サイエンス・アイ新書)

微分積分の入門書だが、教科書のおさらいはせず、微分積分の意味を考えることで、この学問領域が表したいことを解説。意味が理解できれば暗記は不要で、知識の一部として公式が頭に入るという。「わかりやすい入門書を作る」がモットーの会社・メダカカレッジの本。

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『やわらかく考える金融工学 ~ツキと後悔のリスク分析』

土方薫(PHP研究所)

株式投資からギャンブル、恋愛まで、日常の取引には、リスクがいっぱい。しかし、リスクは軽視しても、過剰な警戒心を持ってもいけない。投資のリスクを研究する「金融工学」という学問は、将来のリスク(不確実性)を分析するのに有効。そのエッセンスを使って、リスクとは何か考える。

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『確率論の基礎概念』

A. N. コルモゴロフ、訳:坂本實(ちくま学芸文庫)

コルモゴロフとは、現代確率論の基礎を築いたロシアの数学者。1933年に初版が刊行されて以来、今日もなお確率論研究において絶大な意義と影響力を持ち続けている本の新訳。

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