確率論、金融工学

「期待値」ってどうよ?


中島匠一先生 学習院大学 理学部数学科

第2回 罰金はゼロになってほしいが、賞金はゼロになるのはいや。直感や感情ではなく、期待値をみてみよう

 

賞金を受け取る方法は?


次の問題をやってみましょう。

【問題B】あなたはクイズに当たって、賞金をもらえることになりました。賞金の受け取り方法は、次の2つから選べるそうです。あなたはどちらを選びますか?

(B1)賞金80万円を受け取る。
(B2)さいころを振り、6以外の目が出れば賞金100万円を受け取れるが、6の目が出たら、賞金は「なし」(=0円)になる。

問題Bは何かのクイズで当たって賞金がもらえるのですが、そのまま賞金80万円をもらうか、さいころを振って6以外だったら100万円もらえるが、もし6が出たら賞金なし、というチャレンジに挑むか、どちらをあなたは選びますか、という問題です。

さあ、どちらがいいでしょう。(教室の高校生に向かって)80万円そのまま受け取るっていうほうがいいという方、手を挙げてみてください。では、さいころを振る人はどれくらいいるでしょう? ほう、さいころを振るのは男子が多いようですね。

では問題Bの賞品の期待値について解説します。

B1の、黙って80万円をもらうことは、80万円をもらう確率が1だということです。確率1とは必ず起きることなので、期待値も80万円×1で80万円になります。

一方でB2は、さいころを振って、6以外なら100万円、6ならゼロです。6が出る確率は6分の1で、6以外が出る確率は6分の5。6分の5の確率で100万円もらえるのは、100掛ける6分の5で、6分の1の確率でゼロのほうは、ゼロ掛ける6分の1です。

計算すると、B2の期待値は、83.33万円。ということは、B1の期待値は80万円で、B2は83.33万円だから、この設定であれば、賞金をもらうときにさいころを振ったほうがお得だということです。感情ではなく、経済合理性という論理から考えれば、問題BではB1を選ぶのが正解です。

罰金の支払い方法は?

【問題C】あなたは法令違反を犯してしまい、罰金を払わなければならないことになってしまいました。罰金の支払い方法は、次の2通りから選べる決まりです。あなたはどちらを選びますか?

(C1)罰金を80万円払う。
(C2)さいころを振り、6以外の目が出れば罰金100万円を払わなくてはならないが、6の目が出たら、「無罪放免」(罰金は0円)。

問題Cは問題Bと似たような設問です。80万円という罰金は高校生には不適切かもしれませんが、想像力を働かせて答えてください。さあ、問題Cの状況で、あなたなら、黙って80万円を払う、さいころを振る、のどちらを選びますか?


(高校生に向かって)さいころを振る方はどのくらいいますか? ……C1の罰金80万円を払う人が多いみたいですね。


問題Bと問題Cは人間の感情が絡む問題です。みなさん、計算をせずに直感で選んだ場合はどっちだったでしょう。


私だったら、問題BならB1で、問題CはC2です。賞金がゼロになるのはイヤだし、罰金はゼロになる可能性があるほうがいいかな、と考えて。しかし、直感や感情とは別のところに理論があるのです。それが期待値です。


問題Cは問題Bと全く同じ計算式です。黙って80万円の罰金を払う場合、確率は1。80万円掛ける1で80万円です。さいころを振る場合も同様なので、確率的には83.33万円払うことになります。

ということは、罰金は83.33万円より80万円のほうが少ないので、黙って80万円払ったほうがお得。さいころを振ってゼロにしようなどと思わないほうが論理的に正しい、ということになります。

現代の経済学は、「人間は合理的な判断をして、合理的な行動を取る」という前提に立っていますが、実はそうでもありません。人間は感情で動く動物です。数学とは、人間は感情の動物であることを踏まえて、一応の理屈はこうだと知っていたほうがいいことを教えてくれる学問です。感情はもちろん必要ですし、「さいころを振りたいから振るんだ」という人は、それでも構いませんが、理屈は知っていたほうがいい、ということです。
 

その基礎を、高校の確率論ではやっているわけです。実際の世の中では、さいころのように確率が必ず6分の1と決まっているわけではありません。確率が変動したりするあたりが問題なのです。

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