憲法学

他人の悪口を言うことは、自由なのか?

~ヘイトスピーチ規制から「表現の自由」を考える

橋本基弘先生 中央大学 法学部

『高校生からの法学入門』

中央大学法学部:編(中央大学出版部)

いじめ、SNS、ブラックバイト、そして18歳選挙権・・・。法律は、高校生の日常にも大きく関わっています。さらに、民主的で、平等な社会を作っていくための様々な工夫や知恵が、織り込まれています。本書は、高校生のうちから、日常生活の中で訪れる些細なことを「法的に考える」重要性を知ってもらいたく、中央大学法学部の憲法、民法、刑法、商法(会社法)、民事訴訟法、刑事訴訟法、労働法を専門とする9人の先生が執筆しました。憲法がご専門の橋本先生は、「第3章 他人の悪口をいうことは自由なの?-表現の自由」を担当。

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第1回 ヘイトスピーチは規制できるのだろうか?

特定の人種や宗教、出自などを理由に差別をあおる表現を行うことをヘイトスピーチと呼んでいます。汚い言葉で在日外国人の人たちを罵ったり、大音量のスピーカーを用いて、これらの人たちを傷つける街宣活動を行うことをイメージしてください。では、ヘイトスピーチは法律で規制してよいのでしょうか。

 

他人の名誉を傷つけることは処罰の対象になりますし、損害賠償請求を求められることにもなります。したがって、ヘイトスピーチが個人に向けられたときには、刑事罰や損害賠償を求めることができます。しかし、その内容が特定の個人ではなく、個人が所属する団体(人種、宗教など)に向けられたときには、ただちに対応する制度は、今の日本にはありません。威力業務妨害罪という罪がありますが、それは団体の名誉を守るための刑罰法規ではなく、業務が邪魔されないことを守るための規定です。人種や宗教などを理由とした差別的表現を規制するためには、特別な法制度が必要です。

 

ナチズムを経験したヨーロッパでは、ユダヤ人差別のきっかけとなったのがヘイトスピーチであったことなどを重く見て、ヘイトスピーチ規制を早くから制定してきました。アジアの多くの国でもヘイトスピーチ規制が置かれるようになっています。しかし、日本は、ヘイトスピーチ規制には及び腰でした。そこにはどのような問題があるのでしょうか(日本でも、2016年5月、ヘイトスピーチに対応する法律が成立しました)。

 

国家が表現規制をするとどうなるか

まず、はっきりと言っておかなければならないことは、個人であれ、集団であれ、誰かを誹謗中傷するような権利は認められないということです。憲法は、自由の限界を「公共の福祉」という言葉で表現していますが、表現の自由にも当然限界はあります。他人を傷つけたり、おとしめたりするような表現は自由を主張してはいけない。

 

でも、そのような表現を国家が規制しようとすると、難しい問題が待ち構えています。ヘイトスピーチってどんな表現でしょうか。人種や宗教を理由に特定の団体に属している人々を誹謗中傷して、差別をあおるような表現をヘイトスピーチと呼ぶことにしても、何が誹謗中傷か、差別をあおるかどうかは、はっきりしないことの方が多いのです。定義もはっきりしないのに、国家が表現を処罰するとどうなるのでしょうか。国家が自分に都合の悪い表現をヘイトスピーチだと認定して、表現者をどんどん処罰することにならないとは断言できません。そうです、あらゆる表現規制は、国家が反対者を抑圧するために使われることを忘れてはいけません。

 

また、ヘイトスピーチ規制で本当に差別を防止できるのでしょうか。おおっぴらに発言できなければ、人は陰湿な差別に向かう危険性があります。見えないところで、執拗な嫌がらせをすることになるかもしれない。学校でのいじめや職場のパワハラと同じことが起きてしまいます。

 

安易に国家の規制を求めてはいけない

ですから、私は、ヘイトスピーチ規制には反対です。失うコストが高すぎるからです。ではどうしたらいいのでしょうか。きれい事かもしれませんが、ヘイトスピーチには、堂々と言論で対抗するしかありません。対抗言論(カウンタースピーチ)です。炎上をおそれない。言論には言論を。遠回りかもしれませんし、多くの労力を必要としますが、安易に国家の規制を求めてはいけないのです。もちろん、学校や病院のように、静けさが必要な場所の周囲でのスピーカー使用は規制できるでしょう。あまりに大きな騒音で授業が妨害されたり、患者の体調に影響を与えるような表現活動は論外です。それには、業務妨害罪を適用しても差し支えないでしょう(内容中立的な規制)。要するに、ある表現をヘイトスピーチと認定して、その表現活動を完全に封じ込めるような規制は、やり過ぎを通り越して、危険なのです。

 

『高校生からの法学入門』執筆者・橋本先生よりメッセージ

 

◆橋本先生執筆

「第3章 他人の悪口をいうことは自由なの?」

ネット右翼とか炎上という言葉を知らない人はいないと思います。インターネットが普及して、SNSがあたりまえのコミュニケーション手段として利用されている現代では、自分のつぶやきが全世界を駆け巡ります。これまでとは違い、何気ない一言が特定の人を貶める危険性が増しているのです。その中で、自分が言いたいことを言える自由はどこまで保障されるのでしょうか。誰かを傷つける危険性があるということで、好きなことを話す自由が規制されていいのでしょうか。表現の自由は、ネット社会において難しい問題に直面しています。

 

高校生の皆さんには、ネット社会での表現行為が様々なリスクを持っていることを理解した上で、好きなことを話す自由の大切さやそれに伴う責任の重さについても考えてほしいと思います。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

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興味がわいたら BOOKGUIDE

『憲法と裁判官 ―自由の証人たち』

鵜飼信成(日本評論社)

自由を守るということがいかに努力を要するかが理解できる。

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『明治国家をつくった人びと』

瀧井一博(講談社現代新書)

日本の立憲主義は長い歴史を持っているということがわかる本。

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『最高裁の違憲判決 ―「伝家の宝刀」をなぜ抜かないのか』

山田隆司(光文社新書)

憲法問題が現実の生活といかに結びついているのかが平易に説かれている。[出版社のサイトへ]

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