憲法学

他人の悪口を言うことは、自由なのか?

~ヘイトスピーチ規制から「表現の自由」を考える

橋本基弘先生 中央大学 法学部

第2回 表現の自由は民主主義社会の生命線~表現を規制するときに注意しなければならないこと

世の中にはいろいろな表現行為があります。その内容は、政府を批判したり、政策を提言したり、自分の考えを述べるものからエンターテインメントやコマーシャル、性的な表現まで様々です。これらの表現には価値の違いがあるともいわれますが、そうでしょうか。

 

政府を批判する表現への規制は違憲

本人からすると、とても価値がある、あるいは意味があると思って表現行為をしているのですから、他人が価値を云々することはできません。ただ、先に述べたように、表現に対する規制が少数意見や反対意見を弾圧する手段として使われてきた経験があるので、政府を批判するような表現への規制は憲法上許されないと考えなければいけません。政府を批判するような政治的表現を規制してはいけないことを「表現の自由の優越的地位」と呼びます。このような表現規制は、違憲です。違憲の規制は効力がありません。裁判所は、そのような規制に対して厳しい目で見ることになります。

 

もちろん、表現活動がまったく規制できないわけではなく、わいせつや名誉毀損、プライバシー侵害の表現行為を制約することはできます。しかし、その場合でも、どうしても制約をしなければ取り返しのつかない損害が生じるというような必要性が必要だといわれています、これは、アメリカ合衆国の最高裁判所で長く裁判官を務めたホームズ判事(Oliver Wendell Holmes Jr.)がある判決の中で明らかにした考え方です。日本の最高裁判決の中にもこの考え方を採用した例もあります。

 

表現の自由は、民主主義社会の生命線です。このラインが破られたとき、独裁政治が待ち構えているはずです。政治家があの放送局は活動できなくしてしまえとか、影響力のある作家が新聞社をつぶしてしまえと口走り始めたなら、その先に待ち構えている悲惨な社会を想像しなければなりません。

 

最後に、ホームズ判事が述べた言葉で締めくくりましょう。「自由とは、自分と考え方を同じくする者の自由ではなく、私たちが憎む考え方に対する自由である」。誰も力で反対者をねじ伏せることなどできないのです。

 

おわり

『高校生からの法学入門』執筆者・橋本先生よりメッセージ

◆橋本先生執筆

「第3章 他人の悪口をいうことは自由なの?」

ネット右翼とか炎上という言葉を知らない人はいないと思います。インターネットが普及して、SNSがあたりまえのコミュニケーション手段として利用されている現代では、自分のつぶやきが全世界を駆け巡ります。これまでとは違い、何気ない一言が特定の人を貶める危険性が増しているのです。その中で、自分が言いたいことを言える自由はどこまで保障されるのでしょうか。誰かを傷つける危険性があるということで、好きなことを話す自由が規制されていいのでしょうか。表現の自由は、ネット社会において難しい問題に直面しています。

 

高校生の皆さんには、ネット社会での表現行為が様々なリスクを持っていることを理解した上で、好きなことを話す自由の大切さやそれに伴う責任の重さについても考えてほしいと思います。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

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興味がわいたら

『憲法と裁判官 ―自由の証人たち』

鵜飼信成(日本評論社)

自由を守るということがいかに努力を要するかが理解できる。

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『明治国家をつくった人びと』

瀧井一博(講談社現代新書)

日本の立憲主義は長い歴史を持っているということがわかる本。

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『最高裁の違憲判決 ―「伝家の宝刀」をなぜ抜かないのか』

山田隆司(光文社新書)

憲法問題が現実の生活といかに結びついているのかが平易に説かれている。[出版社のサイトへ]

橋本先生インタビュー

憲法学でリードする研究者

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