刑法学

悪質な飲酒運転に懲役5年は軽すぎる!~刑法の改正・新設

曲田統先生 中央大学 法学部

第2回 飲酒運転で人を死なせても、殺す意思がなければ「殺人罪」にならない~刑法の壁

飲酒運転に対する規定の改正・新設の例を紹介しましたが、当初の刑法に見られたそもそもの問題点についてもう一度振り返ってみましょう。

 

当時は、酩酊運転による死傷事故のケースにも業務上過失致死傷罪で対応するしかなかったのですが、実質的な問題は、最高刑が5年の懲役であったことでした。そこで、それはあまりに生ぬるすぎるとの批判が上がり、危険運転致死傷罪の新設へとつながったのでした。

 

定められた最高刑の壁

ここで意識していただきたいことは、業務上過失致死傷罪が定める最高5年の懲役という壁です。この罪で処罰する以上、この壁は絶対であるという大前提を、しっかり認識していただきたいのです。当たり前のように感じられるかもしれませんが、刑法の世界においては、規定の枠に拘束されるというルールが非常に重要な意味を持っています。たとえ、酩酊運転で死傷事故を起こしたドライバーに5年の懲役はあまりに軽すぎるとの意見が世論を形成していたとしても、規定上5年の懲役が最高刑となっている以上、これを越える刑罰は絶対に認められないのです。

 

また、たとえば、酩酊運転で人を死なすなどというのは殺人と変わらない、だから殺人罪を適用(規定を事件処理のために用いること)すべきだ、などと主張する人が出てきたとしても、その主張が刑法学の世界で採用されることは絶対にありません。殺人罪は刑法199条にあり最高刑は死刑ですので、これを適用すれば重罰に処せますが、殺人罪が成立するには「人を殺す故意(=殺す意思)」が必要ですので、いくら悪質きわまりない運転をしていたドライバーであったとしても、人を殺すつもりがなかった以上、絶対に殺人罪に問うことはできないのです。ここにも、乗り越えられない絶対の壁があるのです。

 

法律が適用できるか見極める必要

危険運転致死傷罪が新設された後にも留意しましょう。この罪は、極めて悪質な酩酊ドライバーに適用するものとして設けられました。ですので、極めて悪質とまではいえない飲酒ドライバーには、適用したくても適用できないのです。だからこそ、さらに自動車運転過失致死傷罪や、準危険運転致死傷罪が新設されたわけです。

 

このように、刑法における各規定には、適用の許される範囲、いわば「適用可能範囲」があり、そうであるからこそ、規定の適用について考える際には、その事件が、その適用可能範囲に本当に入っているかどうかを慎重に見極めることが求められます。規定の適用可能範囲に入っていない事件に対して規定を適用することは、誤った規定の運用であり、法的にアウトなのです。

 

おわり

 

刑法学とは

■刑法とは

 

刑法とは、刑罰が科される行為(つまり犯罪行為)について明記している法律(条文)のことです。やってはいけない犯罪行為が具体的に示されていますし、刑罰も明示されています。私たちは、この刑法が明示しているルールに従って生きていかなければなりません。なにせ、刑法のルールを破りますと、刑罰が科され、前科者として生きていかなければならなくなるのですから。

 

・このように、刑法は、非常に強力なルールを国民に課す(破ったら刑罰を科す)ことで、犯罪を抑制し、私たち一人ひとりの平穏な生活を守っています。このような刑法をどのように使えば、社会はよりよいものになるかを、刑法学は考えます。

 

・他方、刑法には強力な威力があるだけに、使い方は慎重でなければなりません。刑罰の乱発を防ぐことが必要ですし、ラフな条文解釈(適用)もあってはなりません。刑罰の乱発やラフな条文解釈(適用)は、かえって国民を不安にさせ、その活動を萎縮させます。刑法学は、刑法の威力を肝に銘じつつ、国民に信頼される刑法の運用のあり方を追求する学問なのです。

 

■大学ではどのように学ぶのか

 

大学などで行われる刑法の講義も、こうした刑法学の基本的なスタンスを常に意識しながら進められていきます。その上で、刑法の各条文を取り上げ、その解釈のあり方について、いろいろな方向性がありうることを示しながら、共に深く真剣に考えていくことになります。

 

・学生たちは、刑法学を含めた法律学の勉強は、決して正解の暗記作業ではない、ということにすぐに気づきます。そして、あるべき解釈について突き詰めて考えていくことに、大いに興味を抱いてくれます。

 

・社会をより良くするために刑法学はあります。そのためには、若いエネルギッシュな学生たちの知恵が必要です。

 

『高校生からの法学入門』執筆者・曲田先生よりメッセージ

◆曲田先生執筆「第6章 いじめを軽くみるな!」

飲酒運転の厳罰化の話題と共に、いじめについても書いている第6章には、大きく、次の2つ願いを込めています。

第一に、いじめについて(もっともっと)真剣に考えてほしいということ。そして第二に、刑法という法律の特性を知ってほしいということです。

 

◇第一:いじめについて(もっともっと)真剣に考えてほしい

・いじめられる側(被害者)の辛く悲しい思いを想像できない者が、まだまだたくさんいる。読者一人ひとりに対して、あえて「あなたは大丈夫か。あなたのクラスは大丈夫か」と問いかけるような気持ちで、書き進めました。自分の日々の行動を、そして友人間の関係性を、誠実に振り返りながら、読んでほしいと思っています。

 

・実はいじめの多くが犯罪である、ということも是非知ってください。どんな行為が犯罪に当たるか、例示しました(103ページ以下)。いじめの実態を直視し、若い皆さんの力で、いじめをなくしていってほしいと強く願います。

 

◇第二:刑法という法律の特性を知ってほしい

・世の中を良くするには、犯罪が少なくならなければならない。刑法は、そういう観点から、犯罪に対して刑罰という厳しい制裁をもって臨む法律です。

 

・ただ、刑法が予定している刑罰は、人の利益を強制的に奪うものです。犯罪者本人がいやだといっても、死刑によって生命が奪われたり、懲役刑によって自由が制限されたり、罰金刑によって財産が剥奪されたりするのです。

 

・このような厳しい制裁が刑罰であり、刑罰を科すための法律が刑法ですから、刑法はことさら慎重に用いられなければなりません。刑法をルーズに解釈し、漠たる根拠のみで人に刑罰を科していくようなことになれば、人々は刑法の存在を恐れ、生き生きと生活することができなくなります。こうしたことにならいよう、刑法は、厳密な解釈をもって用いられなければならないのです。

 

・本章では、以上のような刑法の特性を(いじめ問題と並んで)理解してほしいと思いながら執筆しました。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

[出版社のサイトへ]

 

興味がわいたら BOOKGUIDE

『入門刑法学・総論』

井田良(有斐閣)

刑法の基本について、親しみやすい文章によって、わかりやすく解説している本です。専門家でも唸るような本格的な分析が多々ちりばめられつつも、読者目線で丁寧に解説が加えられています。「いずれ法学部に入るかも」と考えている人におすすめできる、刑法の入門書です。

[出版社のサイトへ]

 

『いじめとは何か』

森田洋司(中公新書)

いじめを社会がどのように把握してきか、いじめに対して社会はどのように対応し(ようとし)てきたかについて、具体的に、かつわかりやすく記述されています。いじめの特性や、いかにして歯止めをかけるべきかについて、本書とともに考えていくことができます。

[出版社のサイトへ]

 

『複雑系社会の倫理学』

小林道憲(ミネルヴァ書房)

法はルールだとすると、法について考える際、一方で、何が正しいか、善とは何かといった問いが頭をもたげてきます。しかし、正と不正をどう区別するか、善と悪は何が違うのか。簡単に答えられる問いではありません。

本書は、現代社会の特質として、変動性・流動性という性質を掲げます。そういう特性をもつ現代社会において正・善をどう理解すべきか、人間の行為の意味について示唆を与えてくれます。

飛ばし読みでもよいでしょう。あえて肩の力を抜いて、こんな考え方もあるのか…こんなふうに考えられるのか…などと、発見を重ねながら読んでほしい一冊です。

[出版社のサイトへ]

 

『高校生からの法学入門』(中央大学法学部:編)他の先生の記事を読む