民法学

山本君、ケガしたってよ ~誰が損害を負担するのか/損害の賠償責任

遠藤研一郎先生 中央大学 法学部

第4回 社会にとって「あるべきルール」を探求する

~法学とは何だろう

法学部では、法律の条文を丸暗記するのか?

 

ところで、みなさんの中に、「将来、法学部で学びたい(または、選択肢の1つである)」と考えている人はいますか? では、そもそも法学部では、どんなことを学修するのでしょうか? 最近の大学教員は、高校へ模擬講義(出張講義)などに行く機会がたくさんありますが、その際に、高校生から、「法学部では、一生懸命、法律の条文を丸暗記すると聞いたのですけれど、本当ですか?」という質問をよく受けます。答えは、「No」です。学部生が条文を必死に暗記している姿は、ほとんど見かけません。では、法学部では、何を学修するのでしょうか?

 

解釈論

 

法学の1つの領域に、「解釈論(解釈法学、法解釈学)」というものがあります。そもそも法は、1つの条文で、多くの事件を処理するために、抽象的に書かれている場合が多いのですが、そのぶん、解釈の必要性が生まれます。裁判でも、時として、事実の有無でなく、法の解釈が争われます。

 

たとえば、学校が生徒に遅刻のペナルティとしてトイレ掃除を課すことができるかどうかを判断するために、トイレ掃除が「体罰」に該当しないかを解釈しなければなりません。契約は「申込み」と「承諾」によって成立しますが、「申込み」と「承諾」とは何かは、解釈によって明らかにされなければなりません。ある人の行為が「わいせつ物陳列罪」や「窃盗罪」に該当するかどうかを判断するために、そもそも「わいせつ」や「窃盗」とは何かを解釈しなければなりません。胎内の子を死亡させた者に対して「殺人罪」を問い得るかを判断するために、「人」とは何かを解釈しなければなりません。これが、解釈論です。

 

立法論

 

他方、解釈論だけではなく、「立法論(立法学)」も法学の内容です。時代の流れによって、社会に必要とされるルールの内容は刻々と変わります。ある程度は「解釈」によって、その時代に適合させることは可能ですが、それにも一定の限界があります。その場合には、「立法」が必要になります。

 

近時の立法の一例を見るだけでも、児童虐待という社会問題に対応した「児童虐待の防止等に関する法律」の制定(2000年)、性的マイノリティの権利が注目されるようになる中での「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2003年)の制定、過労死が社会問題となる中での「過労死等防止対策推進法」(2014年)の制定など、様々なものがあります。私たちを規律する法は、内容が固定しているわけではなく、常にダイナミズムを持っています。そのようなダイナミズムを前提として、法学は、現在のある法だけを対象とするのではなく、未来志向的に、どのような立法がなされるべきかをも考察の対象とします。

 

結局、法学とは何だろう?

 

結局、法学とは、何でしょうか。実は、この質問に答えることは、とても難しい(学説上で以前から争いがあります)のですが、敢えていえば、私は、「私たちの社会にとって『あるべきルール』を自分自身で提示すること」だと思っています。

 

先ほど紹介した解釈論にしても立法論にしても、根本的には何も変わるところがありません。歴史的観点、科学的観点、哲学的観点、他国の制度との比較など、様々なアプローチから、「私たちの社会にとって『あるべきルール』はどのようなものか」を探求するのです。

 

そして、その対象は、国内に関するものにとどまりません。国際社会が進展する中で、国際問題に対応するルールの必要性は増すばかりですし、また、そのような国際的素養を持った人材を育成することも、法学部の目的の1つです。

 

また、法学と他の学問領域との関係にも意識して欲しいです。法学は、社会科学の中でも、特に、「政治学」や「経済学」との距離が近いと言われています。また、企業(会社)という切り口から社会問題を見た場合、「経営学」や「会計学」との連結も見過ごすことができません。

 

もちろん、「あるべきルール」を見つけ出すことは、決して容易な作業ではありません。社会に適合したルールを示すためには、まず、社会で起こっていることを熟知していなければなりませんが、その調査には一定の限界があります。また、時として、個々の権利や利益は、激しく対立します(「表現の自由vsプライバシー」、「所有権vs公共の福祉」、「企業の利益vs労働者・消費者の保護」など)。その場合には、相反する利益の調整を図らなければなりません。さらに、様々な人が、様々な環境の中で、様々な価値観を持って生きていますから、何が「あるべきルール」なのかに対する、絶対的な回答が存在せず、自分の正しさを100%実証することが難しくもあります。法学は、このような不確かさの中に存在します。しかしそれでも、他者を(そして社会全体を)説得するにはどのようにすればよいのかを探究するところに、法学の醍醐味があるのです。

 

最後になりますが、私たちの住んでいる社会は、決してユートピアではありません。社会は多くの(多すぎる?)問題を抱えています。しかし、明日がやってくる以上、私たちは、社会の構成員として、その種々の問題から目を背けるわけにはいきません。そのような中で、法学は、みなさんが社会問題に目を向け、その問題をしっかりと向き合う機会を提供してくれるはずです。

  

『高校生からの法学入門』執筆者・遠藤先生よりメッセージ

◆遠藤先生執筆

「第9章 山本君、ケガしたってよ」

第9章では、「損害賠償」の世界を取り上げています。私たちは、故意(わざと)または過失(不注意)で他人の権利などを侵害した場合には、損害賠償しなければなりません。そして、損害賠償の問題は、私たちの社会で、様々な場面で登場します。自動車事故、名誉棄損、プライバシー侵害、公害、医療過誤、いじめ・・・。その際に、誰が、どのようなことを前提として、どれくらいの額の損害賠償を負担するのが適切なのかについての仕組みづくりは、被害者救済のために、とても重要になります。本章では、学校事故を例にして、責任の主体が誰かを探っています。責任の広がり(または、その限界)を感じ取ってもらえればと思います。

 

また、「顕在化したリスクの負担」という視点からは、解決方法は、損害賠償に限りません。保険、被害者救済制度、社会保障など、様々なアプローチがあります。事故が起きたら、起こした人(加害者)が責任を負え!という発想ではなく、誰にでも起こるリスクなのであれば、みんなで負担し合いましょうという発想です。その仕組み(ルール)作りは、法学部で専門的に学びますが、本書で、損害賠償制度を「相対化する」という見方もしてもらいたいです。また、誰がどのようなリスクを負担するのが、社会にとって有益なのかというバランス感覚が大切であるということを感じとってもらいたいと思います。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

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法学に興味がわいたら

『ドキュメント 裁判官 人が人をどう裁くのか』

読売新聞社社会部(中公新書)

裁判では、「人」が「人」を裁かなければなりません。みなさんは、その難しさを想像したことがありますか? 裁判官は、決して神ではなく、人間です。この本には、裁判官の重責と苦悩が描かれています。法学を学ぶことの重みと大切さがわかる本だと思います。

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『A Few Good Men』

ロブ・ライナー監督作品。私が学生時代に見た映画の1本です。軍事法廷サスペンスですが、「ルールとは何か」「守るべきものは何か」「何が正義か」を強く考えさせられる映画です。(ジャック・ニコルソン演じる)ジェセップ大佐の You can't handle the truth! は、今も名台詞として評価されています。

 

遠藤先生の専門の民法学に興味がわいたら

『ヴェニスの商人』

ウィリアム・シェイクスピア 福田恆存:訳(新潮文庫刊)

本作品の主題とは別に、法学的な観点からも素材として挙げられることの多い作品です。シャイロックとアントーニオの間で交わす「契約」、海難事故、ポーシャが行う「法の解釈」などが興味深いです。本でもDVD(映画)でも劇でもいいですから、一度、作品に触れてみることをお薦めします。

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『居住福祉法学の構想』

吉田邦彦(東信堂)

例えば、みなさんが、震災で家が倒壊して、住むところがなくなったとしたらどうしますか? 自分の家の財力で、新たな住まいを確保しますか? では、財力がない人はどうすればいいのでしょう? 社会で助け合うべきですか? 民法研究者である筆者が、市場主義の現状を批判し、「居住福祉法学」を構想します。

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『レインメーカー』

フランシス・F・コッポラ監督作品。白血病に罹患した患者が、保険会社から保険金の支払いを拒絶されたために、治療を受けられずに死亡します。保険会社は、ある保険約款条項を盾に正当性を主張するのですが・・・。1997年制作。マッド・デイモン主演。ジョン・グリシャムの小説『原告側弁護人』の映画化。

 

『白い巨塔』

山崎豊子(新潮文庫刊)

財前と里見という2人の対照的な医者を軸として展開される、医学界の腐敗を鋭く追及した社会派長編小説。何度もテレビドラマ化されています。ストーリーの中の、医療過誤訴訟が損害賠償・民事訴訟の参考になったり、また、医学部内部の権力闘争が、選挙制度や組織法とも通じる部分があったりと、法学を学ぶ者にとって、様々な材料を提供してくれます。

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その他には、

◆広く民事法に興味があれば

『ハゲタカ』(真山仁著、講談社文庫、NHKで大森南朋主演でドラマ化)、『ウォール街』『ウォール・ストリート』(どちらもオリバー・ストーン監督)、『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』(リチャード・ギア主演)、『金融腐蝕列島 呪縛』(役所広司主演)など企業買収、乗っ取り関係の作品は多数あります。

◆民法の中でも「家族」ついて興味があれば

(C)毛利甚八・魚戸おさむ/小学館
(C)毛利甚八・魚戸おさむ/小学館

『家栽の人』(毛利甚八:作 魚戸おさむ:画、小学館ビッグコミックス)家庭裁判所判事を主人公とし、家事事件、少年事件について描かれています。他に、『クレイマー、クレイマー』(ダスティン・ホフマン主演)など。

◆契約や債権回収に興味があれば

『ナニワ金融道』(青木雄二著、講談社モーニングKC)、『レオン』(ジャン・レノ主演)、『幸福の条件』(ロバート・レッドフォード主演)など。

 

遠藤先生インタビュー

民法学でリードする大学・研究者

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